第166話 天人族の事情
「人間の女にブルッドベルク様が手も足も出ないなんて……」
「こんなことが……」
「これじゃあたとえ俺たちが束になっても……」
圧倒的な力の差を見せつけられて、天人たちは大いに動揺していた。
「お、お前たちの目的は一体なんだ……?」
刀華に瞬殺されたブルッドベルクが、痛々しげに巨体を起こしながら問うてくる。
「説明しなくても理解しているだろう? 街を襲ったのはそっちが先だからな」
「っ……」
ブルッドベルクは苦々しげに顔を歪めた。
「だが、別にその仕返しをしようってわけじゃない。お仲間もちゃんと生かしているしな。スラぽん、出してやってくれ」
『ぷるぷる!』
了解! とばかりに震えたあと、スラぽんは保管庫から天人たちをドサドサと放り出した。
彼らの山ができあがる。
「なっ!?」
「安心しろ。全員ちゃんと生きているはずだ」
……たぶんな。
ファンやルノアは手加減が苦手なので、彼女たちにやられた連中はちょっと心配だった。
「まず誘拐した人たちを返してもらおうか。……無事だろうな?」
「も、もちろんだ」
「そうか。だったらすぐに彼らのところに案内してくれ」
「分かった……」
天人族最強の戦士であるブルッドベルクが呆気なく敗北を喫したとあって、完全に他の天人たちも大人しくなっていた。
それでも警戒するように、俺たちの後へと付いてくる。
ブルッドベルクに案内されてやってきたのは、町の一番奥にある屋敷だった。
他の家々よりずっと大きく、庭も広い。
「……族長の屋敷だ」
中に入る。
すると玄関のところで、ばったり出会ったのは――
「あれっ、レイジさん!? どうされたんですか!?」
誘拐されたはずの青年だった。
驚いた顔をして俺の名を呼んでくる。
俺のクランのメンバー・リゼルだ。
もっとも顔までは覚えていなかったので、ステータスを見て分かったのだが。
いや、人数が多くてさすがに全員の顔と名前を完全に覚えているわけじゃないからな。
ちなみに信仰度は85%。
かなり高い。
「どうしたも何も、助けにきたんだが」
「レイジさん直々に僕をですか!?」
「あ、ああ」
他の人たちもだけどな。
リゼルはちょっと泣きそうになりながら、
「ああっ、本当に感激です!」
「……元気そうだな?」
「はい! こっちに連れて来られてからは特に危害は加えられてませんので! 他の人たちも無事だと思います!」
それにしてもなぜ族長の屋敷に?
しかも見たところ、まったく拘束されている様子はない。
「どのみち逃げようはありませんからね……空、飛べませんし……」
リゼルはそう苦笑して、
「それにしてもちょうど良かったです! レイジさんならきっと話が早いですし!」
「どういうことだ?」
「あっ、でもこんなところで説明するのもあれですし、上がって下さい!」
なぜかリゼルに促され、俺たちは屋敷へと上がった。
「……話は聞いておりますじゃ」
部屋に入るなり、奥の椅子に腰かけていた老人が重々しいを発した。
彼が天人族の族長で、名はゼーゲベルクというらしい。
どうやら誰かが先回りして、俺が来ることを伝えてくれていたようだ。
「まさか、ブルッドベルクですら歯が立たぬとはの……」
ゼーゲベルクが嘆息すると、彼を警護するように後ろに控えたブルッドベルクは、バツが悪そうに顔を俯けた。
「そこのリゼル殿の言う通りだったようですな」
俺はリゼルに視線で説明を求めた。
「すぐにでも人間の町や村を襲うのはやめた方がいいって警告したんですよ。シルステルにはとんでもない方がいるからって!」
「それはもしかして俺のことか?」
「もちろんですよ! 他に誰がいるっていうんですか! 魔王すらも屈服させた世界最強のSランク冒険者! レイジさんを怒らせたら、ここの人たちなんて一溜りもないですからね!」
……誘拐されたにしては随分と彼らのことを気遣っているな?
「彼らの事情を聞くと、ちょっと同情すべきところもあるかなって思いまして……」
「リゼル殿、そのことについては、ぜひ儂の口から話させていただきたいのじゃが。……レイジ殿、構いませぬか?」
「ええ、もちろんです。こっちも知りたかったことですから」
そうしてゼーゲベルク族長が話してくれたところによると。
彼らは本来、ここよりもずっと南の空の上にいたという。
そこは気候が穏やかで、住みやすかったためだ。
だがある日のこと。
この町は、これまで遭遇したことのなかった空の魔物の襲撃を受けたのだという。
「恐るべき力を持った魔物でした。我ら一族の戦士たちでは歯が立たず、一時的に場所を移ることを余儀なくされてしまったのですじゃ。しかし不運なことに、いつまで待っても、その魔物が離れる気配はない。どうやらその一帯を縄張りとしてしまったようで……」
そこで現在のこの場所に、長期に渡って留まらざるを得なくなったという。
島ごと移動できるとは言っても、気流や空の魔物などの問題から、停留できる場所は限られているそうなのだ。
「しかしその結果、作物が大打撃を受けてしまいましてな……」
族長は疲れたように言う。
この空の島では、主食を含む幾種類かの農作物を栽培しているらしい。
だが例年とは気候が大きく違う場所に留まってしまったせいで、それらが十分に育たず、今年は普段の十分の一以下の収穫しか得られていないのだという。
今までそんなことは一度もなく、蓄えもなかったため、天人たちは大飢饉に襲われることとなった。
このままでは餓えで全滅してしまう。
そこれ彼らは恥を忍んで、地上に降りて人間たちから食糧を奪うという強硬手段に出たのだった。
「無論、いつまでも続けるつもりはなかったのですじゃ。あくまでも緊急であり、いずれは人間たちときちんと交渉するつもりだったのです」
「僕を初めとして何人か連れて来られたのは、人間の世界のことを僕らから知るためだったようです」
と、リゼル。
ゆえに危害を加えられることもなく、むしろ丁重に持て成されていたという。
「彼らはずっと外界との接触が無かったため、まるで人間の国や文化のことが分からなかったので」
国という概念すらなかったらしい。
都市はそれぞれ独立していて、ゆえにどこかの都市で略奪を働いたところで、他の都市との交渉は可能だと考えていたのだとか。
……なるほど、確かに何も知らないっぽいな。
「それでレイジさんにお願いがあります。ディアナ王女陛下と交渉する橋渡しをしていただけないでしょうか?」
「だから先ほど『ちょうど良かった』と言ったのか」
まぁ俺から話をすれば、ディアナならすぐに応じてくれるだろう。
「もちろんこの場所でも育つ作物を見つけ、いずれ自給自足ができるようにするつもりですじゃ。しかし、それまでは……」
「分かりました。俺の方から援助をお願いしてみようと思います」
「ほ、本当ですかの……?」
「ええ。ただ、新たな作物を育て始めても、結果が出るのは何年も先のことでしょう。そもそも上手くいかないかもしれません。そんな不確かなことを期待するより、もっと手っ取り早い方法があるかと」
俺は言った。
「その元凶の魔物を、俺たちが倒すか追い払うかしてきましょう」
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