第164話 天人族

 露店や屋台などで賑わう市場だった。

 今は阿鼻叫喚の巷と化している。


 天使は全部で二十人ほど。

 男女比は6:4といったところだろうか。

 驚くほどの美男美女揃いで、背中に生えた純白の翼もまたとても美しい。


 だがやっていることは強盗だ。

 町の冒険者たちの抵抗も虚しく、奪った食べ物などを袋に詰め込み、今にも空へと逃げようとしていた。何人か負傷者もいるようだ。


「ルノア、怪我人の治療をお願いできるか?」

「わかったの」


 ルノアの返事を聞きつつ、天使たちのステータスを確認した。


 彼らのレベルはだいたい30~40といったところ。

 この町の冒険者たちには手の余る相手であるが、俺たちの敵ではなさそうだ。


「ん。させない」

「がっ!?」


 真っ先に飛び込んでいったファンが、正面にいた天使の頭を剣の腹で打って昏倒させる。

 そのまま全速力で駆けながら、直線上にいる天使たちを次々と倒していく。


「何だこいつは!?」

「強いぞ!?」


 天使たちはすぐにファンを取り囲んで、剣や槍などの武器で一斉に攻撃を仕掛けた。

 しかし俊敏な動きで回避する彼女を捉えることはできない。


「撤退だ!」


 叶わぬと見たか、即座に空へと逃げ去ろうとする天使たち。


「逃がしはせぬ。天使と言えど、盗みは盗み。大人しく成敗されるがいい」

「なっ!?」


 だがそこに待ち構えていたのは刀華だ。

 スカイスライムのスラさんの翼を借り、空へと先回りしていたのである。


 空なら自分たちの土俵だと、刀華に飛びかかった天使たちだったが、近づく傍から斬撃を喰らって地上へと落ちていく。


「まさか地上にこんな連中がいたなんて……! 俺だけでも戻って皆に知らせねば……」

「あんたがリーダーだな?」

「っ!?」


 集団のリーダー格を思われる天使が、こっそり町の裏道を通って逃げようとしていた。

 先ほど「撤退だ!」と叫んだ奴である。


 レベルは48。

 この中で最も高い。


「いつの間に!? ……くっ! そこを退け! さもなければ痛い目を――」

「スラぽんボール」

「なっ……ぐおおおおおおっ!?」


 俺がブン投げたスラぽんが天使を吹っ飛ばした。






ラスベルク 43歳

 種族:天人族

 レベル:48

 武技スキル:〈槍技+5〉

 魔法スキル:〈光魔法+5〉〈雷魔法+3〉〈風魔法+4〉

 魔法補助スキル:〈高速詠唱+2〉

 攻撃スキル:〈突進+4〉

 移動スキル:〈翼飛行+8〉

 身体能力スキル:〈俊敏+3〉〈集中力+3〉〈動体視力+3〉〈回避+4〉

 特殊スキル:〈聖気+3〉〈指揮+3〉


 天使の一団のリーダーはラスベルクというらしい。

 しかしこいつらの種族、天使ではなく、天人族となっているぞ?


 Q:天人族って?

 A:天界から追放された天使たちがこの世界に逃げ込み、人間と交わることによって生まれた種族。現在、全世界で数千人程度存在している。


 どうやら純粋な天使ではないらしい。

 だが天使の血を受け継いでいるようで、見目の良さや背中の翼はその証とも言える。

 全体的に年齢より見た目が若いのは、そのお陰で長寿だからだろう。


 俺たちは一人たりとも逃がすことなく、現在は結界で完全に封じ込めている。

 彼らが奪った食べ物などは回収し、町の人たちの手へと戻っていた。


「さて。お前たちの住処を教えてもらおうか? どっから来たんだ?」


 俺はラスベルクを問い詰めた。


「……殺せ。一族を危機に晒すくらいならば、ここで死んだ方がマシだ」


 殊勝にも彼はそう断言する。


「そうか。だが楽に死ねると思ったら大間違いだぞ? そうだな……まずは手始めにその翼をすべて毟り取ってみるか」


 ちょっと脅してみた。


「……っ」


 おっ、いきなりかなり動揺したぞ。


 他の天人の青年が声を裏返しながら叫んだ。


「そ、それだけはやめてくれ! 俺たち天人族にとってこの翼は誇りなんだ! それを毟り取られるなんて……」


 想像するだに悍ましいといった顔で嘆願してくる。

 どうやら翼は彼らにとってかなり重要な部位らしい。


 俺は嗜虐的に嗤ってみせた。


「なるほどな。そりゃ、毟りがいがあるというものだ」

「ひぃっ!」

「命ばかりか、我らの誇りまで奪うというのか!?」

「この悪魔め!」


 いいえ、邪神です。


「まぁそんなことする気も必要ないけどな。ルノア」

「はいなの」


 ルノアが闇魔法を使う。

 するとラスベルクの目が虚ろになった。


「おうちまで連れていくの」

「かしこまりましたぁー」


 ラスベルクはあっさりとルノアの命令に頭を下げた。

 他の天人たちが驚愕する。


「た、隊長!?」

「どうされたのですか!?」


 もちろん洗脳したのである。


 ラスベルクを結界から解放する。

 するとルノアの命令に忠実になった彼は翼を広げ、俺たちを先導しようと飛び上がった。


「スラぽん」

『ぷるぷる!』


「な、なんだこのスライムはっ?」

「ど、どんどんでかくなって……うわあああっ!?」


 スラぽんの大きさが周囲の家屋の屋根を越えた。

 触手(?)を伸ばすと、天人たちを捕まえては身体の中へと放り込んでいく。


「ひいいいいっ!?」

「嫌だっ!? あんなのに喰われたくないぃっ!」


 天人たちが絶叫しているが、別に食っているわけではないので安心を。

 一時的に保管庫の中に入れておくだけだ。


 スラぽんが再び小さくなると、


「スラさん、頼む」

『ぷるぷる!』


 今度はスカイスライムのスラさんが巨大な鳥の姿と化す。

 俺たちはその背中に乗った。


 そしてラスベルクを追い駆けようとしたとき、


「あーっ!」


 フェーネが癇癪を起こしたようにいきなり叫んだ。

 何だと思っていると、彼女の全身から炎が上がり、人からフェニックスの姿へ。

 以前より成長して、今や畳み一枚分くらいの大きさになっていた。


「ぴいぴいっ!」

「自分に乗れって?」


 どうやらスラさんに対抗しているらしい。


「仕方ないな……」


 俺はスラさんの上からフェーネの方へと移動した。


 ……熱い。


 フェニックスである彼女は、常に全身が炎に包まれていて、その表面は非常に高熱だ。

 俺は〈炎熱耐性+10〉のスキルがあるため火傷することもないが、普通の人間だったらすでに黒焦げになっているかもしれない。


「ぴいぴい!」


 俺を背中に乗っけたことでフェーネは凄く満足そうだ。

 スラさんに対して勝ち誇ったような顔を向けている。


「むー」


 一方でルノアが頬を膨らませていた。

 悪魔の翼を広げて「自分も飛べるぞ」とアピールしてくるが、残念ながら彼女の小さな身体に乗るわけにはいかない。


 準備が整うの待って上空で待機してくれていたラスベルクが、こちらが飛翔するのを確認して北西の方角へと進んだ。


 誘拐された人たちを救出するため、俺たちはこれから天人たちの拠点へと乗り込むつもりだった。

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