第162話 フェニックス母娘

「ピィピィピィィィッ!」


 転移魔法であの場所に飛ぶと、俺に気づいたフェニックスの子供が鳴きながら飛びかかってきた。


 攻撃されるのかと一瞬身構えたのだが、そうではなかった。

 俺の胸に飛び込んできただけだ。


 もう先日より一回り大きくなっていた。

 その全身からは数日前より遥かに強い炎が燃え上がっていて、幾ら〈炎熱耐性〉のスキルを持っているといっても、かなり熱い。


「クエクエクエッ」


 そこへ母鳥がやってきた。


「……もう来ないって約束じゃなかったのか?」

「クエクエッ!」

「ずっと俺に会いたがって鳴き続けるから連れてきた?」

「クエッ」

「ピィピィピィッ!」


 そのフェニックスの子供は、確かに会いたかったよとばかりに、俺の胸に顔を擦りつけながらずっと鳴き続けている。

 まるで俺のことを母鳥だと思っているかのようだ。


 ……もしかしてあれか。

 刷り込みってやつか。


 そういえば、フェンリルの子供もアンジュに懐いて母親と勘違いしてたっけ。

 しかもこちらは鳥だし、卵から孵った直後に俺の顔を見てしまったしな……。


「クエクエクエッ」

「どうにかならないかって?」


 そんなこと言われても困る。


「さすがにうちに連れて帰るってわけにも……いかなくはないのか」


 フェンリルもそうだが、どうせうちのクランは魔物だらけだ。

 スライムブラザーズはもちろん、伝説級の魔物だってごろごろいる。


「クエクエクエッ」

「我が子が望むなら自分はどこにでも行く?」


 そろってクラン本部に連れて帰って面倒を見れば、今度こそ無事に任務を果たすことができるだろう。


 しかし問題はこの大きさだ。

 子供の方はともかく、母鳥はデカ過ぎる。


「人化はできないのか?」

「クエ?」


 何だそれは、という顔をされてしまった。

 どうやら存在すら知らないらしい。


「ならスキルを授与するしかないな」


 こういうこともあろうかと、〈人化〉スキルを取っておいたのだ。


「ピィ?」


 まずは、不思議そうに首を傾げているフェニックス(子)に、〈賜物授与〉で〈人化〉のスキルを渡す。

 もちろん信者にしか授与できないのだが、すでに信仰度が80%に到達しているので問題はない。


フェニックス(子)

 スキル獲得:〈人化+3〉


 身体が変化する。


「おー?」


 煌めく橙色の髪の子供が俺の腕の中に現れた。

 生まれたばかりだが、人間に換算するとすでに二、三歳といったところだろうか。


 可愛らしい女の子だ。


 ……雌だったのか。

 レヴィやルファもそうだが、雌ばっかだな……。


「わー、おー、あーっ」


 自分が人型に変身したことに驚きながらも、嬉しそうに俺の首の後ろに手を回して抱きついてくる。

 その姿を気に入ったようだ。


「クエクエッ?」


 母鳥は我が子がいきなり人間になってしまったので驚いている。


 さて、次はその母鳥の方だ。


 幸いにも信仰度が1%になっていたので、どうにかこちらにもスキルを授与することができそうだ。


フェニックス(母)

 スキル獲得:〈人化+3〉


 巨体が縮んでいく。

 やがてそこに現れたのは、やはり煌めく橙色の髪をした、若い女性だった。


 外見年齢的には二十歳かそこらだろうか。

 人化すると子供っぽくなるレヴィやルファと違って、すらりとした体型の長身美人である。


 彼女は目を白黒させて、


「わわわ、私まで人の姿にっ……?」

「人化の術ってやつだ。これなら人間に紛れていても怪しまれないだろう。……たぶん」


 こんな髪の色をした人は、この異世界と言えどさすがに見かけないよなぁ。






「わーっ?」


 突然、周囲の景色が変わって室内に飛んだので、相変わらず俺に抱きついたままのフェニックス(子)がびっくりしている。


「こ、ここは一体っ……?」


 そして周囲をキョロキョロ見渡しながら、おっかなびっくり訊いてくるフェニックス(母)

 見た目に反して小心者なのだろう。


「まぁ俺の家みたいなもんだ。そう緊張しなくていいぞ」


 シルステルのクラン本部である。

 転移魔法を使い、母娘を引き連れて戻ってきたのだ。


「所長、お帰りになっていたのですね」


 真っ先に俺たちを出迎えてくれたのは秘書のキエラだった。


「ああ。今、帰ったところだ。留守の間、何かあったか?」

「いえ。ディアナ陛下がいらっしゃって、所長が不在だと知って残念そうにお帰りになられたくらいです。特に重要な要件があったわけではないようですが」

「そうか」


 彼女は二人の見慣れない母娘がいることに気づいて、


「……彼女たちは?」

「あー、端的に言うと、今日からここで面倒を見ることになった」

「そうですか」


 ルノアシスターズの一件もあったし、いきなり人が増えることには慣れているのだろう。

 随分とあっさりとした反応だ。


「あと、この母娘、フェニックスだから。別に暴れたりはしないと思うが、何かあったら俺か幹部クラスを呼んでくれ」

「畏まりました」


 伝説の級の魔物も初めてではないので、キエラは特に驚く様子もない。


「では、お二人をお部屋に案内しますので、どうぞこちらへ」

「よ、よろしくお願いします」

「う~っ!」


 キエラが二人を連れていこうとしたのだが、フェニックス(子)の方がそれを嫌がった。

 俺から梃子でも離れようとしないのだ。

 ギュッと強い力で抱きついてくる。


「……仕方ないな。まぁそのうち誰が本当の母親なのか理解できるようになるだろ」






 ――と、思っていたのだが。


 一か月もすれば、フェニックス(子)は人間でいう五、六歳くらいにまで成長していた。

 どうやら人間よりも成長が早いらしい。

 すでに一部だが言葉もしゃべれるようになっていた。


「ぱぱ! ぱぱ、あしょぶ! ぱぱ!」


 そして俺のことをすっかり父親だと思い込んでしまっている。


「いいか? お前の親はあっちだぞ?」


 とフェニックス(母)を指差して言い聞かせてみるも、


「あれはまま! ぱぱは、ぱぱ!」


 ちゃんと母親のことは母親だと認識するようになったのだが、俺が父親だという点はどうしても譲らないのだ。


 まぁすでにルノアという前例もいるし、別にもう一人くらい養女がいても構わないか。


「そんなの絶対に許しません!」

「ボクも反対だっ! それじゃまるでそいつと夫婦になったみたいじゃないかっ!」

「そうよっ! 娘だけならともかく、その母親まで一緒だなんて……っ! そ、そもそもあんたにはすでにあたしとリルが……ぶつぶつ……」


 ディアナやルファ、アンジュが大反対してきた。

 いつものことなので放っておこう。


「ルノアがお姉ちゃんってことだな」

「いもうと?」

「ああ、妹だな」

「よろしくなの!」


 ルノアが嬉しそうに頭を撫でようとすると、フェニックス(子)は急に頭を振って、


「いやーっ!」


 俺に抱きついてくる。


 その様子に「むー」と不満げに頬を膨らませてから、対抗するようにルノアもまた逆側から抱きついてくる。

 それを見たフェニックス(子)がギロッと睨み付けた。

 ルノアもまた睨み返す。


 おいおい、仲良くしろよな。


「……むしろあの子たちの方が危険なのでは……」

「……大きくなる前に決着を付けないと……」





 ちなみにいつまでもフェニックス(子)やフェニックス(母)などと呼ぶのもあれなので、フェニックス(子)にはフェーネ、フェニックス(母)にはフェリアという名を付けてやった。

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