第161話 孵化
卵を抱えた男たちは街道から大きく逸れて、山の方へと入っていった。
鬱蒼と生い茂った木々の中を進んでいく。
やがて彼らが足を止めた。
山の斜面にぽっかりと穴が開いていた。
洞窟のようだ。
草木で覆われているため、容易には見つかりそうにない。
どうやら彼らはその中に入るつもりらしい。
そこで右目の過去視を解除した。
現在へと意識を戻す。
もちろん洞窟は今もそこに存在している。
「この洞窟の中が奴らの根城になっているのか?」
念のため〈隠密〉スキルで気配を消して、俺はその中へと踏み入った。
かなり狭い。
腰を屈めていなければ進むことができないほど。
だがしばし奥へと進んでいると、開けた空間に出た。
「……ここは?」
そこは明らかに人の手が加わってできた場所だった。
石を積み上げて床や壁が作られ、所々に燭台なんかも設けられている。
随分と古いが、どうやら遺跡のようだ。
振り返ると、壁の一部に穴が開いていて、そこがちょうど俺が通っていた洞窟へと繋がっていた。
正規の入り口ではないのだろう。
何らかの理由で遺跡の壁が崩れ、天然の洞窟と連結してしまったようだ。
どれほどの広さの遺跡なのか分からないが、ここなら人が生活できるかもしれない。
しかも隠れるには持ってこいだろう。
俺は遺跡の奥へと進んでいく。
所々のトラップの痕跡が残っていたが、いずれも今はもう作動していないようだ。
やがて、人の気配を感知した。
卵を持ち帰った連中だな。
しかしもっと数が多い。
それなりに大きな集団がこの場所を根城にしているようだ。
「卵を返してもらうとするか」
どうせ盗賊だ。
無理やり取り返してやればいい。
同時に盗賊団を壊滅させておけば、まさに一石二鳥だ。
「つ、強ぇ……」
「何だこの化け物は……?」
「痛ぇよぉ……」
俺の足元で、男たちが呻き声を上げながら転がっていた。
遺跡の奥にいた盗賊たちを全滅させたのである。
全部で二十人以上はいたが、この程度の連中なら何人いようが関係ない。
スラぽんの出番もなかった。
「お、オレは元Aランク冒険者だぞ……っ? それが手も足も出ねぇなんてっ……」
苦悶の表情で喚いているのは、この盗賊団をまとめていたと思われる男だった。
元Aランクか。
確かにこの中ではそこそこの強さだったが、正直、今の俺からすればどんぐりの背比べでしかなかったぞ。
「スラぽん。こいつらとりあえず保管庫の中に容れといてくれ」
『ぷるぷる!』
俺の肩から飛び降りたスラぽんは、見る見るうちに巨大化していく。
「なっ!?」
「スライムだと! 一体どこから!?」
「てか、デカ過ぎだろっ?」
驚愕する盗賊たちの方へ、スラぽんは身体中から触手を伸ばした。
磯巾着みたいでちょっと気持ち悪い。
「ひぃぃぃっ!?」
「やめてくれぇっ!?」
「死にたくねぇよぉっ!」
一瞬にして阿鼻叫喚に。
男たちは痛む身体に鞭打って必死に逃げようとする。
そりゃそうか。
普通は食い殺されると思ってしまうよな。
実際には〈亜空間〉の中に入れておくだけなのだが。
まぁでも自業自得だし、わざわざ教える必要はないか。
盗賊たちの悲鳴を聞き流しながら、俺は目的の卵を探すことにした。
といっても、あっという間に見つかった。
盗賊たちが根城にしていた一帯の奥に、恐らくは略奪品と思われる物が雑然と置かれているのだが、その近くに無造作に転がっていたのだ。
おいおい、卵なんだからもうちょっと気をつけて置いておけよ。
熱に強い材質でできた手袋をして卵を抱え上げる。
近づくと皮膚を焼かれそうな高熱を放出しているが、俺には〈炎熱耐性+10〉があるため大丈夫だ。
「ん? 動いているな」
卵が小刻みに振動していた。
・フェニックスの卵:孵化寸前
「って、孵る直前じゃねーか」
そのとき殻の一部が破壊され、周囲に真っ赤な欠片が飛び散った。
開いた穴から生まれたての鳥の頭が飛び出してくる。
まだ親と違って身体を覆う炎は弱い。
目が合った。
「ピィピィピィッ!」
「クエクエクエッ!」
孵化した赤ん坊を連れて帰ると、フェニックスは大いに喜んでくれた。
本当は卵を持ち帰るという約束だったが、孵ってしまったのだから仕方がない。
「これでもうこの辺りには用がないだろ?」
「クエクエッ!」
フェニックスは生まれたばかりの赤子を連れて、大人しく去っていった。
「ピィピィピィッ!」
……その際、赤ん坊がやけに鳴き叫んでいたのは気になったが。
しかしこれで任務完了だな。
盗賊たちも捕えたし、報告のため帝都に戻ろう。
転移魔法で帝都ロアナに飛んだ。
爺さんの執務室へ。
「さすがはレイジじゃ。本当にあのフェニックスを追い払ってしまうとは。……今度こそ大丈夫なんじゃな?」
「ええ。もう戻ってこないはずです」
俺は卵のことを伝えた。
すると爺さんは納得した様子で、
「なるほどのう。それであのようなところに居座っておったのか。しかし大きな卵とはいえ、お主はよく見つけられたのう?」
「運が良かったんです」
〈神眼〉のことはもちろん、〈過去視〉のことも黙っておこう。
非常に便利な能力だし、頼られ出すとキリが無さそうだからな。
「そうそう。ついでに盗賊団も壊滅しておきました」
「なに?」
俺はスラぽんに頼み、盗賊たちを〈亜空間〉から出してもらった。
全員、縄で縛って拘束してある。
「……今、どこから出てきた?」
「細かいことは気にしないでください」
親玉の男を見た爺さんの目が見開かれる。
「こやつ! もしや、元Aランク冒険者のゴザックではないか!」
「知っているのか?」
「もちろんじゃ。これでもギルドのトップじゃからの。Aランクになる冒険者くらいは把握しておる。こやつは事件を起こしてギルドを追放されたのじゃが、まさか盗賊をしておったとは……」
盗賊たちは冒険者たちによって連行されていった。
「今後の調査次第じゃが、もしかしたらあやつら、以前から街道で略奪を繰り返していた連中かもしれぬ。なかなか慎重な連中で、まるで居場所が掴めずに困っておったのじゃよ」
確かに拠点がかなり見つけ辛いところにあったからな。
「そうじゃ。アッシュたちのことも礼を言わねばならぬの。助けてくれたそうではないか」
「アッシュ? ああ、あのAランクの……」
あの三人組だ。
「今のお主らの力では叶わぬと、しっかり伝えたはずじゃったんじゃがのう。勝手に向かってしまったようなのじゃ」
やはり無許可だったらしい。
「なまじ才能があるせいか、今まで苦労したことがあまりなかったのじゃろう。どうも自分たちの力を過信しているきらいがあっての」
「あの年代にはありがちなことですね」
「……お主もその年代じゃと思うが」
爺さんはぼそりと言ってから、
「しかし今回の件で、あやつらもまだまだ上には上がいることが分かったじゃろう。自分たちには手に負えぬ魔物がいることもな」
こうして無事に任務を終え、俺はシルステルへと戻ったのだが……
「また現れた?」
その数日後、またしても呼び出されることになったのだった。
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