第159話 不死の炎鳳

 巨大な鳥がこちら目がけて滑空してきた。

 翼を広げた状態だと、二十メートルはあるだろうか。

 確かに全身が炎に包まれていて、羽ばたくたびに周囲に火花が飛び散っている。


 鑑定してみた。



フェニックス

 レベル:99

 スキル:〈炎の息+10〉〈突進+10〉〈翼飛行+10〉〈自己再生+10〉

 称号:不死の炎鳳



 フェニックスか。

 レベルがカンストしているし、やはりレヴィやルファに匹敵する伝説級の魔物のようだ。


「キェェェェェェェェェェッ!!」


 甲高い鳴き声を響かせながら、迫りくる巨鳥。


「君は早く逃げるんだ!」


 俺をそう促しながら、アッシュが剣を構える。

 一方のディオルはすでに魔法の詠唱を開始していた。


「ふん、馬鹿正直に真っ直ぐ向かってくるとは、好都合だ。オレの得意魔法の餌食にしてやるぜ。――アイスストーム」


 フェニックス目がけ、氷塊交じりの猛烈な竜巻が巻き起こった。

 氷魔法と風魔法を融合させた魔法だ。


 それがフェニックスに直撃する。


「ああいう魔物は氷魔法に弱いと相場が決まって――――なにっ?」


 大ダメージを期待したのだろうが、フェニックスを止めることすらできなかった。


「ば、馬鹿なっ!? まるで効いていないだとっ!?」

「く、来るぞっ!」

「うわっ」


 彼らは咄嗟にその場に蹲る。

 すぐ頭上をフェニックスの巨体が通り過ぎていった。


「はぁぁぁっ!」


 その際、熱風に肌を炙られながらもアッシュが斬撃を繰り出していた。

 フェニックスの腹部を刃が斬り裂く。


「がぁっ……! くぅっ……だが、手応えはあった……!」

「グレイトヒール!」


 ナナが慌てて回復魔法を唱え、淡い光が三人の身体を包み込む。


 フェニックスはいったん空に舞い上がると、Uターンして再び飛びかかってくる。

 その身体には傷一つなかった。


「馬鹿な!? 確かに斬ったはず……っ!?」

「クエエエエエエッ!!」

「っ……まずい! 炎の息がくるぞっ!」

「あ、アイスシールドっ!」


 フェニックスが口から炎の息を吐き出そうとする。

 ディオルはすぐさま氷の盾を作り出し、それを防ごうとするが、


「なんて炎だ……っ!?」

「ちょっ、こんな盾じゃどう考えても無理でしょっ!?」


 襲いくる猛烈な炎を前に、自分たちを護るはずの氷の盾の貧弱さに気づき、彼らは愕然と立ち竦む。

 なにせ〈炎の息+10〉だからな。

 せいぜい〈氷魔法+4〉では荷が重過ぎる。


 仕方ない。

〈氷魔法+10〉の力を見せてやるか。


「アイスウォール」


 俺が生み出した氷の壁は、高さ五メートル、幅四メートル、そして暑さは二メートルにも及んでいた。

 空中から向かってくる炎を防ぐので、四十五度くらい傾けてある。


 直後、劫火が氷壁に激突。

 一瞬にして氷が水蒸気へと代わり、辺りが真っ白になる。


 視界が晴れた頃、氷の壁はどろどろに溶けてしまっていた。

 だがどうにか炎を防ぎ切ったようだ。


「クエェッ?」


 炎の息を防がれるとは思っていなかったのか、フェニックスが驚いたように鳴く。


「な……一瞬であんな氷の壁を!?」

「い、今のはお前がっ……?」

「嘘でしょ……?」


 三人組が驚愕の表情をこちらへと向けてきた。


「お前たちじゃ荷が重い相手だということが分かっただろう? あとは俺に任せておけ」


 言いながら、俺はすぐにここから逃げるようにと三人を促す。


「き、君は一体……?」

「おっと、言い忘れていたな」


 恐る恐る訊いてくるアッシュへ、俺はようやく名乗った。


「Sランク冒険者のレイジだ。ジールア会長からの依頼で、あの巨鳥――フェニックスを討伐しにきた」

「え、Sランク!?」

「しかもレイジだとっ!?」

「それってまさか、あの……!?」


 どうやら名前くらいは知っていたらしい。


 ていうか、早く逃げて欲しいんだがな。

 いや、戦場を空に移せば良いのか。


「テレポート」


 俺は転移魔法を使い、こちらの様子を窺うように上空で滞空しているフェニックスのすぐ目の前へと飛んだ。


「消えた!?」

「いや、あそこにいるぞ!?」

「転移魔法!?」


 フェニックスは突然眼前へと現れた俺に戸惑っている。


「クエェッ!?」

「パーマフロースト」


 その隙を見逃さず、俺は氷の超級魔法――永久凍土(パーマフロースト)を放った。


 空気中の水蒸気が一瞬にして凍りつき、空一帯が真っ白に染め上がる。

 炎の怪鳥の全身も氷結した。


「な、何だ今の氷魔法は!?」

「まさか、超級魔法!?」

「でも今、詠唱してないよねっ!?」


 地上から三人組の驚く声が響いてくる。


 だから早く逃げろって。

 幾ら空に移動したからって、巻き込まれる可能性もあるんだぞ。


「ていうか、フェニックスって伝説級の魔物よねっ? それをあっさり倒しちゃったんだけど!」

「あれが、Sランク冒険者の力……」


 いや、まだ倒せてねぇから。


「クエエエエエエエエッ!」


 ほら見ろ。


 凍ったはずの怪鳥だったが、表面に罅が入ったかと思うと、内側から甲高い鳴き声とともに燃え盛る炎が上がった。

 氷が溶け、まったくの無傷のフェニックスが姿を現す。


「氷魔法ではだめか。ならこれならどうだ」


 俺はその場で剣を振るった。

 十メートル近い距離があったため当然、刃は届かなかったが、代わりに射出された闘気の刃がフェニックスを襲う。


〈飛刃〉だ。


 闘気の刃はフェニックスの身体を斬り裂いた。


「……やはりか」


 念のため、さらに何発か放ってみる。

 フェニックスの全身に無数の刃が次々と直撃していく。


 普通なら身体が細切れになっているはず。

 しかしフェニックスは何事も無かったかのように、悠々とその場に滞空していた。


「間違いなく〈自己再生+10〉スキルのせいだな。これは随分と厄介だ」


〈自己再生〉は恐らく、俺が持つ〈自己修復〉の上位に当たるスキルだろう。

 ほとんど一瞬にして再生しているようで、ステータスを見ていても生命値が減っている瞬間が分からないほどだ。


 不死の炎鳳の称号は伊達ではなかったということか。


「あの爺さんが逃げ帰るわけだ」


 魔法でも物理攻撃でも、まったくダメージを与えることができないのだから、そもそも討伐のしようがない。


「クエエエッ!」


 一方で、相手は並の人間なら一瞬で黒焦げにしてしまうだろう、超高熱の炎の息を吐き出してくる。


「おい!? 炎の息をまともに喰らったぞ!?」

「まさか、Sランク冒険者が負けた……っ?」

「やばいってば!? あたしら早く逃げないとっ!」


 俺が炎の息の直撃を受けたことで、地上から悲鳴が聞こえてきた。

 フェニックスもようやく俺を仕留めたと思ったのか、勝ち誇るような鳴き声を出す。


「いや、これくらいじゃ死なないぞ」

「クエッ!?」


 結界で防いだので、俺はまったくの無傷だ。

 まぁたとえ本当に直撃を喰らっていたとしても、〈炎熱耐性+10〉のお陰でダメージは大幅に軽減されるし、〈自己修復+10〉ですぐに回復できただろうが。


「しかしどうするかな……。これじゃさすがに討伐できないし……」


 フェニックスはフェニックスで、炎の息を防がれては打つ手がないのか、敵対心を剥き出しにしながらもこちらの様子を窺っている。


 仕方がない。

 とりあえず転移魔法を使って、人里離れた場所に置いてくるか。


「ロングテレポート」

「ッ!?」


 誰もいない荒野である。


「じゃあな」


 戸惑うフェニックスを放置して、俺は転移魔法で元の場所に戻った。

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