第153話 邪神の帰還
地下世界からシルステルの王都へと帰ってきた。
といっても、まだまだあっちでやることは沢山あるため、また行かなければならないが。
なにせ俺は魔王になってしまったらな。
まぁ転移魔法を使えば一瞬だ。
わざわざ奈落や邪竜の渓谷を抜ける必要はない。
「がはははっ! レイジ、お前さんのお陰でなかなか良い経験ができたぜ! 今回の件でオレもまだまだだってことが分かったからな! これからさらに鍛え直すことにするぜ!」
サルードはそう豪快に笑って去っていった。
またどこかのダンジョンにでも潜るつもりなのかもしれない。
「シーナさん! 無事に帰ってきましたよ!」
テツオはそんなに早く恋人のシーナに会いたかったのか、クラン本部に駆け込んでいった。
「帰ったぞー」
クラン本部二階。
地下世界に行っていたメンバーたちがぞろぞろと帰還すると、仕事中だった内勤の職員たちが手を止め、慌てて駆け寄ってきた。
「所長! お帰りなさいませ!」
「ご無事で何よりです!」
「地下世界はどうでした!?」
さすがに今回は世界最大のダンジョンを踏破し、地下世界へと入るという高難度の遠征だったため、皆、興奮した様子である。
ただし、あまり不安を煽っても仕方ないかと思い、魔王の地上侵略を阻止してくるという最大の目的は伝えていなかったが。
「へえ、ここが地上なのだわ?」
「あれ? 所長、その方は……?」
出発時とは違うメンバーが交じっていることに気づいた職員が、首を傾げて訊いてきた。
あ、しまった。
彼女も付いて来てしまったんだった。
しかも角とか尻尾とか、隠してない。
「っ!? まさか、悪魔……?」
「な、なんで悪魔がっ……」
まぁ驚いて当然だろう。
悪魔に対する一般的なイメージを考えれば仕方のないことだ。
だからこそ、ルノアやルノアシスターズ(まとめてそう呼ぶことにした)たちには、魔法を使って角や翼などを隠蔽させているのだ。
彼女たちがハーフデーモンであることを知っているのはクラン内でも限られた者たちだけであり、一般の職員にはまだ黙っているのだった。
……まぁしかし、潮時かもしれないな。
ここにいる職員たちは信仰度も高いし、俺がしっかり伝えれば大丈夫だろう。
「彼女はマーラ。地上侵略を目論んでいた魔王だが、俺たちに負けたことで今は大人しくなっているから心配しなくていいぞ」
「「「魔王!? しかも倒した!?」」」
職員たちは一瞬呆然としたが、
「って、もはや所長なら何をしてもおかしくないですよね……」
「しかも今回はこれだけのメンバーを揃えての遠征ですし」
いやいや、もうちょっとくらい驚いてくれていいと思うんだが?
「あたくし、レイジの妻になることにしたのだわ」
マーラが勝手に宣言する。
「いや違うからな? こいつが勝手に言ってることだからな?」
俺はすぐに訂正した。
「さすが所長……まさか魔王まで手籠めにするなんて……」
「女の戦いがさらに加速する予感……」
「私はアンジュリーナさんを応援してます! ……給料一か月分、賭けてますし」
「やっぱりディアナ様でしょ! ……わたしなんて給料二か月分よ?」
「俺は大穴狙いでルファさんに金貨三枚を……」
おい、なに勝手に人をダシにして賭け事やってんだ?
それから俺たちは三階へ。
子供たちが我先にと駆け寄ってきた。
「「「おかえりなさーい!!!」」」
みんな元気そうだな。
「ルノアちゃん、おかえり!」
「ただいまなの」
「ねぇねぇ、ちかせかい、ってどんなだった?」
「暗かったの」
ルノアが子供たちに群がられ、質問攻めにあっている。
彼女は人気者なのだ。
「どうだ? ここでの暮らしには慣れてきたか?」
俺が声をかけたのは、現在この孤児院で生活しているルノアシスターズだった。
「あああああああああああああっ! 何やってんのよ、わたしぃぃぃぃぃぃっ!?」
するとその中の一人が絶叫を轟かせた。
ノアナだ。
ルノアシスターズの中で最も反抗的だった少女である。
……何かあったのだろうか?
「レイジ! レイジ!」
窓から外を覗きながら、なぜかマーラが俺の名を連呼してきた。
「上が青いのだわ!」
そういえば地下世界には空がない。
彼女は空を見るのが初めてなのか。
「あのふわふわとした白いものは何なのだわ?」
「あれは雲だ」
「蜘蛛!? あんな大きくて飛行できる蜘蛛がいるなんて、思っていたより地上はとんでもないところなのだわ!」
「いや、あれは水滴が集まってできているもので、昆虫の蜘蛛じゃないぞ」
「あんなところに発光してる物体があるのだわ!? っ……眩しい!」
無邪気なものだな。
前魔王といっても彼女は見た目通り子供だった。
実際には本当の姿は妖艶な美女で、年齢も俺より上らしいのだが、どうやら姿を変えるとそれに合わせて精神年齢も下がってしまうのだとか。
「レイジ! 下の方も見たいのだわ!」
子供の姿の彼女は、ぎりぎり窓枠に届くかどうかといった背の高さだった。
なので街並みが見えないらしい。
俺に抱っこを要求してくる。
仕方なく後ろから脇を掴む感じで持ち上げようとすると、「お姫様抱っこがいいのだわ!」と言われてしまった。
「そ、そんな抱っこは許しません! ……わたくしだってしてもったことないのに」
「夫婦だったらお姫様抱っこくらい当然のことだわ?」
ディアナに咎められるが、マーラは当たり前のように返す。
だから夫婦になった覚えはないっての。
俺は近くから椅子を持ってきて、窓の手前に置いてやった。
「う~、こんなやり方は望んでないのだわ」
不満げに唸りながらも、早く外が見たかったのか、マーラは椅子の上に跳び乗った。
「へぇ、随分とたくさん人がいるのだわ? それにこんなに綺麗な都市、魔界にはまずないのだわ」
王都の街並みを興味深そうに見ながら、マーラは感心したように言う。
そもそも地下世界と地上では人口が違うからな。
悪魔は高い戦闘力を持っているが、その代りあまり繁殖力が高くないのだ。
「当然です。なにせこのわたくしが女王を務める都市ですもの」
さっきまで喧嘩していたが、満更でもなさそうにディアナは胸を張った。
「魔界の都市なら道に死体の一つや一つ、転がっているものなのだわ」
「……それと比較されて褒められたのだとしたら、正直まったく嬉しくないですね……」
クラン本部の建物を前にして、マーラが首を傾げる。
「それにしても、レイジ。あそこに城が見えるのだわ? なぜあなたを差し置いて、あんなところに城が立っているのかしら?」
「いや、俺は別にこの国の王じゃないからな」
「ですがそうなるのは時間の問題です。女王であるわたくしと婚姻を結びますので」
ディアナ、しれっとさも当然のように言うな。
マーラはそんな発言など聞き流して、
「決めたのだわ! あたくし、ここに住むのだわ!」
だからどいつもこいつも勝手に決めるなと。
「ボクは絶対に反対だ! これ以上、レイジ君の周りに雌が増えるなんて絶対にダメだ!」
「そ、そうよ! そもそも、あたしはまだこいつのこと信用してないんだからっ!」
真っ先に異を唱えたのはルファとアンジュである。
「住むも何も、マーラは転移魔法が使えるだろ」
一度行った場所なら転移魔法で移動できる。
なのでここに住まずとも、いつでも好きなときに来れるはずだった。
「それではだめなのだわ。だって夫婦は一つ屋根の下で暮らすものと決まってるのだわ」
まず夫婦という部分が決まってない。
「確かに……! くっ……こうなったらわたくしもここに住むしかありません!」
ディアナはハッとした顔になったかと思うと、そんなことを宣言した。
「何で君までそんなこと言ってんのさ! 二人ともダメったらダメ!」
「あたしも反対よ!」
ルファとアンジュが声を荒らげる。
……めんどくさい。
正直、俺的には魔王になったことより、こっちの対応の方が大変かもしれない。
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