第151話 王宮の料理より美味しい

「ふぁぁぁっ、ふかふかです~」


 ベッドに備え付けられていた毛布に顔を埋め、幸せそうな声を出すのは、ハーフデーモンの少女たちの中でも比較的年嵩の女性だった。

 境遇を考えれば珍しいことに、随分とおっとりとしたタイプの彼女は、リリアーナと言った。


「こんな毛布で眠れるなんて……まるで夢みたいですぅ……」


 さっきまでの緊張感をあっさりと手放して毛布と戯れる彼女。

 そこへ厳しい口調で訴えたのは、ノアナだった。


「ちょっと! なに簡単に相手の術中にはまってるのよ! これもわたしたちを油断させるためのものよ!」


 頬が緩んだ顔だけを向けて、リリアーナがそれに応じる。


「うーん……正直、あの方たちに、そんなことする意味なんてない気がするんですけど……」


 油断させるも何も、彼女たちの腕にはその行動を縛るための腕輪が嵌められていた。

 魔法の使用や、他者への攻撃を封じられてしまっている。


 すでに抵抗する力もないのだから、わざわざ回りくどいことをする必要はないと、リリアーナは自分の考えを述べる。

 それに同意する声もあった。


「そこまで気を抜くのはどうかと思うが、私も彼女に同意する」


 十六歳であるノアナと同年齢の少女・ビアンザだ。

 彼女たちの中では珍しく髪が短めで、ボーイッシュな印象があった。


「あ、あんたまでっ……」


 ノアナは鋭く彼女を睨みつける。


「わ、わたしは……人間が怖いです……。でも……あの人たちは、嘘を吐いてるようには……見えなかったです……」


 おずおずと口を開いたのは、十四歳くらいの少女。

 彼女は名前をアリスと言った。


 彼女もノアナたちとよく似た容姿をしているが、年齢を考えても、いくらか小柄だった。

 ただしその割に胸だけは随分としっかり実っている。


 この四人は同じ部屋へと割り当てられていた。


 ノアナは裏切られた気持ちになって、眦を吊り上げる。


「何よ、みんなして! わたしより、あいつらの方を信用するっていうの!?」


 憤慨する彼女へ、ビアンザが宥めるように言った。


「とりあえず落ち着け。お前のように喚いてばかりでは相手も警戒するだけだ。もしここから逃げるのだとしも、そんな状況では難しいだろう?」

「っ……わ、分かったわよ」


 不満そうにしながらも、ノアナは頷く。


 確かにここでいがみ合うのは得策ではないと考えたのだ。

 この状況を打開するには、彼女たちと力を合わせることが不可欠だろう。


 そして同時に心の中で、


 ――絶対、ここから逃げ出してやるわ!


 そう固く決意するのだった。







「お、美味しそう……」


 思わずそんな言葉が漏れ、口から唾液が溢れ出してくる。

 中にはお腹を鳴らす者もいた。


 ハーフデーモンの少女たちは今、テーブルに並ぶのは豪華な料理の数々を前に圧倒されてしまっていた。


 そこは孤児院内に設けられた食堂だ。

 夕食の時間だからと、彼女たちはここに集められたのだった。


「あのお肉、食べたいなぁ……」

「こんなの食べれる人、ほんと羨ましいよぉ……」


 しかしまさかそれが、自分たちのために用意されたものだとは思えなかったらしい。

 長年ひもじい生活を送ってきた彼女たちにとって、あまりに現実感がなかったのだろう。


「いえ、皆さんのために作ったんですよ」


 レベカが言う。


「皆さんの歓迎も兼ねて、今日は腕によりをかけたんですから」

「僕たちも手伝ったんだよ!」

「ねー」

「お姉ちゃんたち、いっぱい食べてね!」


 レベカと子供たちの言葉に、ハーフデーモンの少女たちは目を丸くする。


「こ、これを私たちが食べていいの……?」

「ほ、本当に……?」

「もちろんです」


 半信半疑ながらも、その匂いは抗えなかったのか、彼女たちはふらふらとテーブルに近づいていった。

 それでも残った理性が警鐘を鳴らしたのか、ハッと我に返ると互いに顔を見合わせあう。


 そんな彼女たちを見兼ねたのか、


「早く食べないとなくなっちゃうよ!」

「「「いただきまーす」」」


 子供たちがさっさと料理を食べ始めてしまった。


「おいしい!」

「やっぱレベカ姉ちゃんの料理はおいしいや!」


 あまりにも美味しそうに食べる様子を目の前で見せられては、ハーフデーモンの少女たちもそれ以上、欲望には逆らうことができなかった。


 口火を切ったのはリリアーナだ。



「ん~~~~~~~っ! 美味しいですぅ~~~~~っ!」



 直後、まるで堰を切ったかのように、皆が一斉に目の前の料理に跳びついた。


「「「お、美味し~~~~い!?」」」


 頬が落ちそうなほどの味に、彼女たちの声が重なる。


「今まで食べたことのある肉と全然違うし!」

「ふぁぁぁ……中から肉汁が溢れ出してくるよぉ……」

「そもそも私、お肉なんて久しぶりに食べました……」


 彼女たちが舌鼓を打つのは、赤ワインやトマトをベースにして、牛肉やじゃがいも、にんじんなどを煮込んだビーフシチューだ。

 具沢山で、野菜にまでしっかりと味が染み込んでいる。


「何このパン!? 柔らかいし、ふわっふわだよ!?」

「スープに浸けなくても食べるなんて! しかも美味しい!」


 焼きたてのパンにも次々と驚きの声が上がった。


「ありがとうございます。喜んでいただけたなら嬉しいです」


 そんな少女たちの様子に、満足そうな笑みを見せるのはレベカである。


「レベカ姉ちゃんの料理すごいでしょ!」

「うんうん! まるで料理人さんみたい!」


 同じ食事を食べていた子供たちが彼女を褒めちぎった。


「それはさすがに言い過ぎですよ」


 料理を作ったのはレベカだった。

 いつも孤児院の子供たちの分と、それからクラン幹部の食事は彼女が作っているのだ。


 その味は一流のレストランすら凌駕していて、よく遊びにくるシルステル女王のディアナですら「王宮の料理より美味しいです」と絶賛するほど。


 それもそのはず。

 レベカは元から〈料理〉スキルを持ってはいたが、レイジが〈賜物授与〉を使って〈料理+10〉にまで上げてしまったのだ。


 そのことを知らないレベカは謙遜しているが、今やシルステル一の料理の腕を持っているのだった。


「うぅ……美味しいよぉ……」

「わたし、今日これから死ぬとしても、きっと安らかに逝けると思います……」


 そんな彼女が全力で作った料理を食べたハーフデーモンの少女たちの中には、あまりの美味しさに涙を流すもいるほどだ。


 だがそんな中、一人だけ険しい表情をしている人物がいた。

 ノアナである。


 強い警戒心から、まだ料理に手を付けていないのだ。

 ここで料理を口にしてしまったら相手の思惑通りになってしまう。


 しかし鼻腔を擽る美味そうな匂いに、さっきから唾液の分泌が止まらない。


「くっ……ダメよっ……これを食べたらっ……わ、わたしまでおかしくなっちゃうかもしれないわっ……」


 周りの仲間たちが料理を口にした途端、次々と様子がおかしくなったことから、何かおかしな薬でも入っているのではないかと、疑ってもいるのだった。


「んな心配要らねぇっての。ほら」


 そこへ横からスプーンを伸ばし、ノアナのビーフシチューをすくったのはシーナである。

 Aランク冒険者である彼女は、ハーフデーモンたちの監視も兼ねているのだろうが、歓迎会に参加していた。


「うん、美味ぇ」


 ノアナのビーフシチューを口に入れ、シーナが太鼓判を押す。

 さらに彼女はもう一口とばかりに再びスプーンを伸ばして、


「ちょっとっ……あんた自分のがあるでしょっ!?」

「何だ? 食べねぇなら良いかと思って」

「っ……」


 このままでは本当にすべて食べられてしまうかもしれない。


 って、それでいいのよ! わたしは食べないわ!

 でも、あの柔らかそうな牛肉、物凄く美味しそうだし……せめて一口だけなら。

 だ、ダメに決まってるでしょ!? 一口食べたら負けよ!


 ノアナの中で、そんな葛藤が繰り広げられる。

 と、そのとき。


 ぐううううううっ!


 お腹が盛大に鳴った。


「……無理してないで食べたらどうだ? それに何も食わないと持たないぞ」


 同部屋のビアンサに諭され、


「わ、分かったわよっ! 食べるわよ!」


 ノアナはようやく最初の一口を口にしたのだった。


「~~~~~~~~~~~っ!?」


 物凄く美味しかった。

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