第150話 ルノアシスターズ

「ほ、本当にわたしたち何もされないのかな……?」

「き、きっとそうよ! だって、嘘つくはずないもん! ね? そうだよねっ?」

「……う、うん。たぶん……そのはず……」


 よく似た外見の少女たちが不安そうに言い合っていた。


 全部で十六人。

 十二歳くらいから二十歳くらいまでと、そのほとんどが十代。

 鮮血のような真っ赤な髪色に端正な顔立ちをしていて、まるで姉妹のようだった。


 いや、実際に姉妹なのである。

 母親は違うものの、彼女たちは共通した父親を持つ。

 しかもその父親は公爵級の悪魔だった。


 その父親に操られる形で、彼女たちはシルステルの王都での暴動に加担した。

 だがそれは失敗に終わり、父親は死亡。

 彼女たちもまた人間によって捕えられてしまったのだ。


 ハーフデーモンである自分たちは、きっと処刑されるに違いない。

 そう確信していたのだが、どういうわけか、彼女たちを捕えた男が「そのつもりはない」と断言したのだ。


 今はその男が所持しているらしい建物の地下に集められていた。

 男が立ち去った後、監視を付けられた状態で待機させられている。


「……あんな男の言うことなんて信じられるはずがないわ。これから絶対、酷い目に遭わせられるのよ」


 そう最悪の事態を予想し、口にしたのは、ノアナという名の少女だった。


「た、例えば……?」


 恐る恐る訊いてきた少女に、ノアナは言った。


「人体実験とか……せ、性奴隷とかよっ……」


 その悍ましい未来を想像してしまったのか、ひぃっ、と何人かが悲鳴を漏らす。

 自分で言いながらも、ノアナ自身も怖かったのか、少し声が上ずっていた。


「はははっ、安心しろって。んなことしねぇからよ」


 快活に笑って否定してきたのは、彼女たちを監視している側の人間だった。

 乱暴な口調だが、女性である。


「っと、まだ名乗って無かったな。あたしはシーナ。Aランク冒険者で、このクランのメンバーだ。よろしくな」


 ノアナはシーナと名乗るその女性を睨みつける。


「信用なんてできないわよ。だいたいあんた女だけど悪党っぽいし」


 その指摘にシーナは、うっ、と顔を顰めた。


「いや、確かに元海賊だけどよ……今はまっとうな冒険者やってんだぜ? か、彼氏だってできたしよ……」


 もちろんそのお相手は異世界から来た勇者テツオである。

 最近は彼のために女磨きを頑張っていることもあって、悪党っぽいと言われたことにちょっと傷つくシーナだった。


 と、そこへ一人の女性がやってきた。


「シーナさん、準備ができました」

「レベカ」


 レベカと呼ばれた彼女は、シーナより少し若く、見た目も随分と温厚そうだった。

 町娘といった印象である。


「ではみなさん、こちらにどうぞ」


 彼女に促されて、ハーフデーモンの少女たちは互いに顔を見合わせた。

 悪い予想をしたのか、緊張が走る。


「心配要りませんよ。これからあなた方が生活する場所にお連れするだけですので」


 と言って、レベカは柔らかく微笑んだ。


 いずれにしても従うしかない。

 ノアナたちは大人しくその後について行った。


 階段を三度上がる。

 元々地下にいたため、三階に当たるフロアだ。


 おっかなびっくり階段を上がってきた彼女たちだったが、直後、予想だにしない事態に直面することになる。


「「「わ~~~~いっ!」」」


 突然、大勢の子供たちが押し寄せてきたのだ。


「えっ?」

「こ、子供っ?」


 途惑う彼女たちを取り囲んで、子供たちが無邪気な声を響かせる。


「こんにちは!」

「すごーい! きれーなお姉ちゃんばっかり!」

「ほんと!」

「お姉ちゃんたち、これからここで一緒に暮らすんだよねっ?」

「あたしララっていうの! よろしくね!」


 大きくても十二、三歳くらい。

 まだ三歳かそこらの幼い子供もいた。

 全部で三十人はいるだろうか。


 嬉しそうな子供たちに群がられて、さすがのノアナも毒気を抜かれてしまう。

 中には抱きついてくる子供もいたが、振り払うわけにもいかなかった。


「こ、これは一体どういうことよっ?」


 代わりにシーナとレベカを問い詰めた。


「ここはレイジさんが作って下さった孤児院なんです。本来、預かるのは子供たちだけなんですけど、他に場所もありませんし、皆さんにもここで生活していただくことになります。さすがに人数も多いので、少し不自由な部分もあると思いますが……」


 レベカが申し訳なさそうに言う。


「こ、子供と一緒に暮らす!? それ、本気で言ってんの!? だって、わたしたちは――」


 悪魔なのよ? という継ぎ句はすんでのところで飲み込む。


 ノアナもそうだが、ここにいるハーフデーモンの少女たちは皆、各々の故郷で迫害され、恐怖されてきたのだ。


 あの娘に絶対に近づくな……そう大人から教えられた子供たちによって、彼女たちは常に仲間外れにされてきた。もちろん虐められることもあった。

 幼い少女たちにとって、自分だけが同年代の子供と遊べないことがどれほど辛かったことか。


「ねぇ、お姉ちゃんたち、はーふでーもんなんだよね?」


 一人の少年が口にした問いに、ノアナたちの表情が凍りつく。

 そして次に続くであろう罵倒や侮蔑の言葉を想像し、反射的に身体が硬くなって――



「「「かっくいい~~っ!」」」



 ――その言葉に呆気にとられた。


「「「え……?」」」


 耳を疑うノアナたち。

 一方の子供たちはまるで表裏のない笑顔を浮かべて、


「ハーフデーモンってすっごく強いんでしょ? ルノアちゃんみたいにさ!」

「ていうか、お姉ちゃんたち、ルノアちゃんにそっくり!」

「ほんと! ルノアちゃんも大きくなったらこんなに美人さんになるのかな~?」


 ルノア……という名には覚えがあった。

 彼女たちと同じハーフデーモンでありながら、人間側に付いていたまだ幼い少女だ。


 実は孤児院の子供たちは、ルノアがハーフデーモンであり、これから孤児院に来ることになる彼女たちもまたそうなのだということを、すでに知らされていたのである。

 そして偏見を持たない子供だからこそ、すんなりを受け入れたのだった。


「ルノアちゃんはあの歳でレイジさんたちに付いていける力を持っているので、この子たちにとっては憧れなんですよ」


 そうレベカが説明すると、とりわけ男の子を中心に、


「ほんと、羨ましいよなー」

「俺もハーフデーモンだったら、レイジ兄ちゃんたちと一緒に冒険できるのに!」


 などと応じる声が上がる。


「な、何なのよ、ここは……?」


 自分たちが経験してきた子供時代とのあまりの違いに、ノアナたちは大いに混乱させられていた。


「はいはい。お話しするなら後にしてください。まずはお姉さんたちにここを案内しないといけませんから」

「「「はーい」」」


 ようやく子供の輪から解放されて、ハーフデーモンの少女たちはホッと安堵の息を吐く。


「では、皆さんはこちらに」


 未だ混乱から抜け切れない状態のまま、少女たちは大人しくレベカの後に付いていった。


「も、もしかして……私たち本当に受け入れてもらえるのかな……?」

「う、うん……そうかも……」


 さすがにあの子供たちに裏があるとは思えず、そんな言葉を交す少女たちもいた。


「だ、騙されちゃダメよ!」


 それに異を唱えたのはノアナだ。


「こ、こんなの、絶対わたしたちを油断させるための作戦だわ! それに、どうせ牢屋みたいなところに入れられて――」

「ここが皆さんの部屋になります」

「――っ!?」


 彼女たちが連れていかれたのは、二段ベッドが左右に一台ずつ置かれた部屋だった。

 しかし十分な広さがあるため、まったく圧迫感はない。

 それどころかファンシーな柄の壁紙や絨毯、カーテンなどによって、可愛らしく小奇麗な空間となっていた。


「子供用にデザインされてますので、ちょっと可愛過ぎるかもしれませんが……」


 とレベカは言うが、少女たちの中にそんなことを気にする者はいなかった。


 十六人で使うには少々狭いが、それでも牢屋と比べれば遥かにマシだ。

 ベッドに二人ずつ寝れば八人。

 床には残り八人が眠るスペースは十分にある。


 想像以上の好待遇に驚いていると、


「四人で一部屋ずつ使ってください。他の部屋は横並びになっています」

「えっ、これ四人で使っていいの!?」


 ノアナたちは揃って目を丸くした。

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