短編 雷が怖いのです

 昼頃までは晴れていたのだが、夕刻になって急に空模様が怪しくなってきた。

 視線を上に向けると、空を覆い尽くす真っ黒い雲。それが徐々にこちらへと近付いてくる。


「あ、降ってきたのです」


 ニーナが呟くと同時、俺も頬に冷たい感触を覚えた。

 ぽつぽつと雨が降り始める。


 かと思うと、そこからは一気に土砂降りとなった。

 木陰に入って雨宿りすることにしたが、これはしばらく止みそうにないな。


 俺は今、ニーナ、ファン、ルノア、それから従魔のスライムたちを引き連れ、二泊三日の遠征に来ているところだった。

 目的は主に魔物を狩ってのレベル上げ。

 だが生憎とこの天候である。ちょうど日没も近いので、今日はここで切り上げて休むことにしよう。


「こりゃ、テントじゃダメだな」


 テントを張ろうとしたのだが、雨が強いのでこのままでは浸水しかねない。風も強いし、下手するとテントが壊されてしまいそうだ。


「ルノア、手伝ってくれるか?」

「もちろんなの」


 俺はルノアと協力して土魔法を使い、まずは地面の上に高さ一メートルほどの土台を作った。

 さらにその四方をこれまた土の壁で囲むと、そこに天井を被せる。


 出来あがったのは簡易の家というか、土蔵のようなものだった。

 この中にテントを張れば完璧。これで雨にも風にも耐えられるだろう。


「ふぅ、それにしても凄い雨だな……」


 天井を叩く音が中まで響いてくる。

 そのとき空が光った。少し遅れて、ゴロゴロゴロゴロッ! と凄まじい音が鳴り響く。


 雷だ。


「ひゃう!?」


 ニーナが悲鳴を上げ、耳を塞ぎながらテントの端で蹲った。

 どうやら雷が苦手らしい。


「ん、ニーナ、大丈夫?」

「だだだ、大丈夫なのでふっ!」


 ファンに心配されるが、ニーナは首を振って問題ないとアピールする。

 直後、再び空が瞬いた。


 ピカッ――ゴロゴロゴロッ!


「ひいっ」


 またも悲鳴を上げるニーナ。やっぱり雷が怖いようだ。


「よしよし。ニーナ、怖くない。私が一緒」

「こ、子供扱いしないでほしいのです! ニーナはファンと同い年なのです!」


 頭一つ背の高いファンに頭を撫でられ、ニーナは憤慨する。


「る、ルノアちゃんこそ、大丈夫なのです!? 雷、怖くないのです!?」

「へいきなの」


 まだ七歳のルノアだが、ニーナと違って平然としていた。


「何で平気なのです!?」

「? あたらなければ、どうってことないの」

「ぐ……せ、正論なのです……。こ、これは、お姉ちゃんとして負けられないのですっ……」


 ニーナが拳を握りしめた。


 ピカッ――バリバリバリバリッ!


 空が裂けるような凄まじい轟音。

 今のはすぐ近くで落ちたっぽいな。


「お? ニーナ、今のは大丈夫だったのか?」

「な、何の話なのです? ニーナ、雷なんて怖くないのです」


 惚けた様に言うニーナ。

 しかし、だらだらだらと盛大に汗を流し、顔は思いきり引き攣っていた。


 明らかに痩せ我慢している。

 ルノアが平気なのに自分だけ怖がるのは年上として恥ずかしいのだろうが、別に無理しなくても……。


 さらに激しい雷鳴が耳朶を打つ。

 バリバリバリバリバリッ!


「っ!」


 ニーナは一瞬ビクッとしたが、何とか耐えている。……汗びっしょりだが。


「ニーナ、だいじょうぶなの?」


 ルノアが心配そうに訊くが、ニーナは「だだだ、大丈夫に決まってるのです!」と蒼い顔で応える。さらに何を思ったか、彼女は自慢げに主張した。


「お姉ちゃんは雷なんて怖がったりしないのです! むしろ雷が好きなくらいなのです!」

「そうなの?」

「そうなのです! か、雷、雷、嬉しいなっ! もっとどんどん落ちて欲しいのです……っ!」


 声を震わせながら相変わらず強がるニーナである。

 するとどうやらルノアはそれを言葉通りに受け取ったらしく、


「なら、てつだってあげるの」

「……ふえ?」


 ルノアが魔力を集束させる。そして放ったのは、


「サンダーストームなの」


 バリバリバリバリバリバリバリチュドオオオオオオオオンッッッ!!!!!


 中級の雷魔法である。


 その名に恥じず、辺り一帯に激しい雷撃が降り注ぐ。

 すぐ目の前で発動されたというのもあるが、さっきから鳴り響いている雷鳴とは比べ物にならない轟音で鼓膜が痛い。

 巻き起こった衝撃に、それなりに堅固に作った土蔵が震えたほどだ。


 しかしニーナはそれでもまったく悲鳴を上げなかった。

 凄いな。俺でも少しびっくりしたってのに。あれだけ雷を怖がっていたニーナが、今のを耐えてみせるなんて……。

 ルノアの前でお姉ちゃんらしいところを見せたいという想いが、雷への恐怖を克服したのかもしれない。


「……ニーナ?」


 しかしふと違和感を覚える。雷鳴の余韻が消えた今も、ニーナが微動だにしていないのだ。


「ん。ニーナ」


 ファンがニーナの顔の前で手を振ってみた。しかし目を開けたまま、ニーナはまったく反応しない。瞬きすらしない。


「気絶してる」


 ニーナは立ったまま気を失っていた。

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