短編 アマゾネスの恋

「勝負しなさい! 今度こそ、あたしが勝ってみせるんだから!」


 アンジュが俺に向かってビシッと指を差し、そう宣言してくる。

 先日の昇格試験で、試験官でありながら受験者の俺に敗北した彼女は、あれから幾度となく俺に勝負を挑んできていた。

 ……その度に返り討ちに遭っているのだが。


「いいけど、また負けて泣くなよ?」

「ななな、泣いてなんかいないわよっ!」


 懲りない奴だなと思いつつ、俺は仕方なく応じることに。


 ――そして五分後。


「何でよぉっ! 何で勝てないのよぉっ!?」


 やはり敗北を喫したアンジュは、涙目で叫んでいた。


「ほら、泣いてる」

「泣いてないし! ううううっ、お、覚えてなさいよおおおおっ!」


 アンジュは逃げるようにして去っていった。


     ◆ ◆ ◆


「ああああああ何なのよおおおおおおおおおっ!」


 レイジの元から逃げ出したアンジュは、太陽に向かって叫んでいた。

 あれだけ必死に鍛え直したのに、またしても敗北した。

 その悔しさが涙となって零れ落ちる。


「うぅ、このままだと……」


 アマゾネスは女だけの戦闘民族。そして自分より強い男に惹かれ、自分の意志に反して発情してしまうという性質を持つ。

 そのせいで、アンジュの頭からはずっとレイジのことが離れない。

 胸もドキドキしてしまう。


「こ、これは全部そのせいなんだから! あんな奴、本当に好きになるわけないじゃない! 絶っ対、あいつに勝ってこんなの振り払ってやるんだから!」


 この状態から逃れるためには、相手より強くなるしかない。

 しかし言うのは簡単だが、現実は厳しい。

 というのも、


「あいつ、何でまた前よりも強くなってるのよ!? 一体どんな訓練してんのっ!」


 解せないのはその点だった。

 アンジュはここしばらくの間、ずっと血の滲むようなトレーニングを自分に課していた。

 その甲斐あって、体感でも分かるほど強くなったという自負がある。


 けれどあの男もまた、そんな自分に匹敵する速さで強くなっているのだ。

 ……それは〈献物納受〉という神スキルのせいなのだが、もちろんアンジュに知る由はない。


 と、そこでアンジュの脳裏に、ある閃きが走った。


「……そ、そうよ。別に戦いで勝たなくても……単純にあいつをヤってしまえば……」


 剣呑な光を宿す目をして、物騒なことを呟くアンジュ。


「ふ、ふふふふ……これなら……ふふふふ……」


 そして勝算が見えたのか、不気味な笑いを零すのだった。


 翌日、彼女は早速その作戦を決行することにした。


「あ、あんたのために作ったのよ! だから食べなさい!」

「どういう風の吹き回しだ?」


 手料理である。


 もちろんただの料理ではない。

 中には強力な睡眠薬が入っていた。

 眠らせた上で……確実に仕留めるつもりだ。


「い、いつもあたしに付き合ってくれているほんのお礼よ!」

「ふーん。てっきり毒でも入ってるのかと思ったけどな」

「そそそそそそ、そんなことする訳ないじゃないの!?」


 ほぼ核心を突かれて、思いきり目を泳がせるアンジュ。


「……まぁ、そんなに言うなら」


 しぶしぶといった様子で、レイジがアンジュの料理を口に運ぶ。


「普通だな」

「は、始めて作ったんだから、これでも上出来よっ!」


 味は悪くなかったのか、レイジはそのまま手を止めずにすべて食べ切ってしまった。

 しばらくして。

 薬が効いてきたのか、レイジが眠たそうに目を擦り始めた。


「何か眠いな……。ちょっと五分ほど寝させてくれ」


 そして芝生の上でごろりと横になってしまった。

 五分と言ったが、睡眠薬の量からして一時間以上は確実に起きないだろう。


 今ならヤれる……!


 湧き上がる殺意。

 周囲に人気は無く、ターゲットは無防備に眠っている。


「あ、あんたが悪いんだから……」


 アンジュは拳を振り上げて――


 果たしてこんな解決方法で良いのか?

 ふと我に返り、拳を振り上げたままアンジュは自問自答する。

 相手に正々堂々と勝負を挑み、そして勝ってこそ、戦闘民族たるアマゾネスに相応しいのではないか。


「何やってんのよ、あたし……」


 アンジュは溜息とともに拳を下ろした。


「……そうよ、こいつに勝てないって決めつけていること自体が、何よりも大きな敗北じゃない。あたしは絶対、実力で克服してみせるわ!」


 反省し、決意を新たにするアンジュ。

 次こそはあたしが勝ってみせるんだから! と強い意志を込めた瞳で、眠っているレイジを睨みつけた――までは良かったのだが、その唇へと目をやってしまったのがいけなかった。


 い、今なら、ヤれる……。


 湧き上がる情動。

 周囲に人気は無く、ターゲットは無防備に眠っている。


 アンジュは顔を近付けて――


「……何やってんだ?」


 突然、レイジが目を開いた。


「ひゃう!?」


 驚きのあまり思わず変な声を上げて、咄嗟に身を離すアンジュ。


「な、何でもう起きてんのよ!? 一時間は目を覚まさない量のはずなのにっ……」

「言っとくが、俺には睡眠薬なんて効かないぞ」

「へ? って、ことは……」

「単に寝たふりをしていただけだ。眠った俺に何をするのか気になってな」

「い、いやああああああああっ!!!」


 アンジュは顔を真っ赤にして逃げ出したのだった。

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