短編 料理を作るのです

 いつも借りている宿の一室にて。

 突然、ニーナが宣言した。


「ルノアちゃんに、ニーナのことをお姉ちゃんと呼ばせてみせるのです!」

「お、おう……」


 その気合の入りように、俺はちょっとたじろいだ。

 ドワーフであるニーナは年齢こそ十五歳なのだが、小柄で愛くるしい見た目のせいで、半分くらいの年齢のルノアから同世代のように思われているのだ。

 同い年のファンからも、妹のように扱われてしまっている。


「何をするつもりなんだ?」

「料理なのです!」

「……料理?」

「そうなのです! 料理ができるのは、まさしく大人の女性であることの証なのです! ニーナが料理上手だと知れば、きっとルノアちゃんのニーナを見る目が変わるはずなのです!」


 ふんす、と鼻息荒く宣言するニーナ。

 しかし俺には嫌な予感しかしない。


「ちなみに、料理はしたことあるのか?」

「これから練習するのです!」


 あ、これはダメなパターンだ……。

 そもそも俺の〈神眼〉によれば、残念ながらニーナの〈料理〉スキルへの才能はE。

 致命的とも言える才能の乏しさだった。


「……ほ、他のことにした方がいいんじゃないか?」

「安心してほしいのです! もうメニューも決めて、食材も用意したのです!」


 そうか、もう買ってきちゃったのか……。

 ふとそこで俺はあることに気づく。


「料理する場所は?」


 俺たちは宿を借りて寝泊まりしている身だ。当然、使えるキッチンなどない。

 ニーナは自信満々に言った。


「心配は要らないのです! キッチンが無くても、料理はできるのです!」


 むしろ心配しかない台詞だった。

 確かに俺たちは職業柄、外で飯を作ることもある。スラぽんの保管庫に入れてある保存食だけだと飽きてくるせいだ。

 とは言えそれはせいぜい、肉や魚を焼いたり、適当に具材を入れてスープを作ったりする程度である。本格的な料理など望むべくもない。


 いや、つまり屋外でも作れるような簡単な料理ってことか?

 それなら失敗する可能性も低いかもしれないな。


 俺たちは街の外に移動した。

 スラぽんの保管庫から机を取り出し、簡易の料理スペースとする。


「トマトパスタを作るのです!」


 ぱ、パスタか……ちょっと難易度は高そうだが、まぁ作れないこともないだろう。

 早速とばかりに、ニーナは腕を捲ると食材を取り出した。


 トマト、ナス、ベーコン、ニンニク、チーズ、小麦粉、鶏卵――


「ちょっと待った」

「……? どうしたのです?」

「何で小麦粉? まさか小麦粉からパスタを作る気か?」

「もちろんなのです!」

「はいアウト」

「どうしてなのです!?」

「作れる訳ないだろ! せめて最初は市販のもので作れよ」

「うー、分かりましたのです。一応、そういうこともあろうかとちゃんと買っておいたのです!」


 ニーナは少し不満そうに口を尖らせつつも、市販の乾燥パスタを取り出す。

 色々と不安だが、メシマズの最大の要因は食材だ。食材さえまともなら、その後の調理工程がいかに下手くそでも、何とか食べられる物ができあがるはず。

 見たところ、ニーナが用意した食材や調味料自体はまともそうなので……


「まだあるのです」


 ――柘榴、チョコレート、レッドペッパー、砂糖、マスタード。


 全然まともじゃなかった。甘くしたいのか辛くしたいのかどっちだ。

 もちろん強制的に排除させてもらった。


「まずは野菜を斬るのです!」


 まな板の上に野菜を置いて、両手斧を力強く振り上げるニーナ。


「待て待て待て!? それで切る気か!?」

「? はいなのです」

「オーバーキル過ぎるだろ! 包丁を使え、包丁を!」


 まな板どころか、机ごと破壊されかねない。

 ニーナは斧から普通の包丁に持ち替えると、


「えいっ、なのです!」


 まな板の上のトマト目がけて思いきり振り下ろした。

 ぶしゅぁぁぁっ! 血の雨が降った。

 いや違う、トマトが破裂して中身が弾け飛んだのだ。


「なんでそうなる!?」

「失敗したのです。でも次は上手く行くはずなのです」


 ニーナは二個目のトマトに包丁を振り下ろす。

 ぶしゅぁぁぁっ!


「今度こそなのです!」


 ぶしゅぁぁぁっ!


「次こそなのです!」


 ぶしゅぁぁぁっ!


 気づけば辺りには凄惨な光景が広がっていた。

 返りトマト汁を浴び、包丁を手にするニーナはさながら殺人鬼である。

 それでもどうにかトマトを斬り終えたニーナ。……残ったトマトは、買っていた量の半分以下に減ってしまったが。


 その後も七転八倒ありつつ、ついにニーナのトマトパスタが完成したのだった。

 ……見た目は血塗れの脳みそみたいだが。


「味見して欲しいのです!」

「お、おう」


 まったく気が進まないが、彼女が一生懸命作ったのだ。食べるしかないだろう。

 俺は恐る恐るパスタを口に運んだ。

 ……うん、微妙。


 恐らく茹で過ぎたせいだろうが、パスタはふにゃふにゃだし、あれだけ失ったのにそれでもトマトの量が多過ぎてトマトの味しかしない。

 まぁでも食べられないことはないか。


「は、初めてにしては頑張ったんじゃないか?」

「もっと練習して、ルノアちゃんに食べてもらうのです!」


 そして後日。ついにその日がやって来て。


「自信作なのです!」


 ニーナが出してきた皿に乗っていたのは、紫色をした謎パスタだった。悪臭が漂っている。


「何で退化してんだよ!? 挑戦的な食材を使うなとあれほど言ったのに!」

「……きょ、きょうはもう、おなかいっぱいなの……」


 食べる前に危険を察知し、ルノアが逃げ出した。


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 前話と今話を含めて、全部で5本ほど短編が入ります。内容は1章の頃の話なので、その認識でお読みいただければと思います。

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