短編 大食い対決!
「今年もやってまいりました! ファース名物、大食い大会!」
進行役の女性が宣言すると、会場がわっと湧いた。
「五回目の開催となる今回は、何と過去最高のエントリー数となりました! 総勢62名ものチャレンジャーたちが大食いに挑戦します! そして優勝者には――」
勿体ぶるような溜めの後、彼女は商品を明らかにする。
「――ファース内の飲食店であればどこでも使用可能な、銀貨50枚相当の食券を差し上げます! さらにさらに! もし規定数以上の皿を完食された方は、何と一年間、どの飲食店でも無料で食事ができるようになります!」
一際大きな歓声が会場を包み込む。
出場者たちは俄然、やる気に満ちた表情となった。
俺もその一人である。
と言っても、別に食券が欲しい訳ではない。大食い大会が開催されると聞いて、興味本位で参加してみただけだ。
ちなみに出場料は銀貨2枚。
しかし一年間無料って……大食いチャンプにそんなの与えて大丈夫なのか?
「それでは今回、皆様に食べていただく料理を紹介させていただきます! こちらです!」
進行役がドームカバーを外す。
すると中から現れたのは、500グラムくらいはありそうな分厚いステーキだった。
「オーク肉のステーキです!」
豚の魔物であるオーク肉は、この世界では一般的な食材だった。
食いしん坊の挑戦者たちが、目の前に並べられていくジューシーなステーキ肉を前に涎を垂らす。
「それではスタートです!」
進行役の合図とともに、皆が一斉にオーク肉を喰らい始めた。
オーク肉の特徴は、飼育された豚と比べると、脂身が少なくて硬いことだろう。筋肉が多いせいだ。
そのため皆、かなり食べるのに苦戦していた。なかなか噛み千切れないのである。
「そんな中、レイジ選手はあっという間に一枚目を平らげてしまいました! これは速い!」
くっくっく。俺の咬合力は舐めてもらっては困るぜ。
筋力値が高いほど、噛む力も高いのだ。
二皿目、三皿目と、他の出場者らを大きく引き離していく。
「去年のチャンピオン、バルドック選手ですらまるで付いていけていません!」
って、去年のチャンプってバルドックだったのかよ。彼は俺も良く知る冒険者だ。
まぁでも、今年の優勝は俺が貰ったぜ。
「おおっと、しかしこちらに、そんなレイジ選手に必死に喰らいつく選手が! 珍しい女性出場者の一人、ニーナ選手です!」
「やるじゃないか、もぐもぐ、ニーナ」
「ご主人さまこそ、もぐもぐ、なのです!」
大会にはニーナも出場していた。
小さな口を目いっぱい開けて、オーク肉に豪快に齧り付いている。
だが俺には〈噛み付き〉スキルもあるんだ。噛む速度では負けやしない。
「それでも少しずつ差が開いていく! レイジ選手、単独トップとなる6皿目を完食しました! 誰か、このレイジ選手の独走を止める者はいないのでしょうか!?」
「このあたしに任せなさい! あんな奴に、絶対に負けないんだからっ! ――うぷっ、おえええええっ」
「ああああっ! アンジュ選手、威勢の良い台詞でしたが、その直後に食べたものをリバースしてしまいましたぁぁぁっ! これは失格です!」
アンジュ、相変わらず残念な奴……。
「ん、おかわり」
「なんと! もう一人、6皿目を平らげた選手がいました! こちらも女性出場者! ファン選手です!」
進行役の紹介で観客たちの注目を浴びる中、運ばれてきた7枚目のステーキ肉を前にファンが二本の剣を振るう。
すると一瞬にして皿の上のステーキがサイコロ状に切り分けられる。
「どうやら両手の剣を使い、ステーキを食べやすいサイズに斬っているようです! こんな早業、恐らく誰にもマネはできません!」
マジか。そんなことやってもいいのかよ。
「ああっ!? レイジ選手も同じ方法を取り始めました! そのせいで、さらに速度が増していきます! 今度こそレイジ選手の完全独走でしょうか!? しかもこのペース……一年間の食事が無料となる20皿を十分に狙えます! あっと、主催者が頭を抱えています! どうやら誰も達成できないだろうと高をくくっていたようです!」
主催者……。
俺はついに10皿を完食した。時間はまだ半分以上ある。
「ですが、本当に苦しいのはここからです!」
しかし胃袋にはすでに大量の肉。
進行役が言う通り、大変なのはここからだ。
俺は奥の手を使うことに。
スラぽんが持っている〈吸収〉スキルを、〈献物納受〉で一時的に俺のスキルにするのだ。
って、あれ? そのスラぽん、どこに行った?
そのとき俄かに会場中がザワつき始めた。
それに気付いた進行役が、観客たちの視線の先を追う。
「こ、これは!? な、なんということでしょうか! レイジ選手に並ぶ、現在12皿……いや、13皿目です! 抜きました! ……で、ですが、これは良いのでしょうか?」
進行役が当惑するのも無理はない。
その選手というのは、どこからどう見てもスライムだったからだ。
ていうか、スラぽんだ。
何でスラぽんが出場してんだよ?
しかもよく見るとちゃんと出場者のバッチを付けていた。
「え? 出場料は払っている? 従魔は参加できないという規定はない? ……ど、どうやら出場者で間違いないようです!」
進行役がそう宣言する。
いいのか……。
グラトニースライムであるスラぽんは、怒涛の勢いでステーキを喰い尽くしていく。
てか、皿ごと喰ってるし。
そして最終的には、なんと20皿を大きく超える46皿で優勝してしまったのだった。
ちなみに俺は15皿でした……。
「ヤバイ……あんなのに食事無料の権利なんて与えたら……」
戦慄する主催者だが、今さらなかったことにはできない。
青い顔をしながら、スラぽんに銀貨50枚相当の食券と、無料券――金属製のカードを差し出す。
って、そんなの渡したら……。
『ぷるぷる!』
俺の危惧した通り、スラぽんはカードを受け取るや否や、食い物と勘違いして吸収してしまったのだった。
あれではもう使えないだろう。
助かったな、主催者……。
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