第148話 新魔王

レイジ

 レベルアップ:128 → 164


 急激なレベルアップに伴い、ステータスが一気に上昇した。


 なぜそんなことが可能なのかというと、話は単純。

〈賜物授与+3〉で信者たちに与えていた経験値を、一時的にすべて取り戻してやったからだ。


「……な、何なのだわ、今のは……?」


 崩れ落ちた岩壁から這い出してきた魔王が目を見開いている。

 俺が不自然に急に強くなったことに、驚きを隠せない様子だ。


「俺も普段は力を抑えているんだよ。見た目は変わらないけどな」

「……ふ、ふふふふっ! そうこなくちゃ、面白くないのだわ!」


 時間魔法で超加速した魔王が、さらに炎の塊を携えながら突っ込んでくる。

 魔王ほどの効果は期待できないが、俺もまた自分自身に加速時間(アクセルタイム)の魔法をかけた。


 魔王は攻撃魔法と結界魔法、そこに時折、物理攻撃を混ぜ合わせることで、攻防においてハイレベルな戦闘を仕掛けてくる。

 対して俺は二本の魔法剣と、速度以外では今や相手を大きく凌駕したステータスで応じた。


 当初こそ拮抗したが、しかし徐々に俺が優勢になり始めた。


 理由は恐らく持久力と集中力の差だ。

 俺はどちらも〈持久力+10〉と〈集中力+10〉というスキルのお陰で、それを持たない魔王との違いは戦いが長引くほど歴然だった。


 実際の時間としては短くとも、今は加速時間で体感的にはどんどん時間が経過している。

 その分、消耗が激しいのだ。


 防御し切れなくなって、俺の斬撃を何度も喰らっている。

 その怪我は回復魔法と自然治癒力のお陰ですぐに治ったが、それでも体力面の回復は見込めない。


 魔王は苦しげに息を荒らげ、


「ぜぇ……ぜぇ……ま、まさか、このあたくしが、ここまで追い込まれるなんて、思わなかったのだわ……」

「もう一回、変身したらどうだ?」

「……ふふふ、機会があればぜひしてみたいところなのだわ。でも生憎、今のあたくしはこれで精一杯……」


 笑いながらもよろめく魔王。


「人間。お前の名前をまだ聞いていなかったのだわ?」

「俺はレイジだ」


 端的に名乗って、決着を付けることにした。

 地面を蹴り、満身創痍の魔王へと躍りかかる。


「レイジ……ふふふ、それが初めてこのあたくしを倒した男の名なのだわ」


 死を前にしながらも、魔王はどこか満足そうに妖艶な笑みを浮かべていた。







 魔王城内に帰還すると、一斉にどよめきが起こった。

 何せこの城の主にして魔界最強のはずの魔王を、俺が肩に荷物のように抱えていたのだ。

 魔王はピクリとも動かない。


「ま、まさか、魔王様が……やられた……?」


 まぁ死んではいないんだけどな?


 彼女は生きている。

 最後に俺の必殺技を浴びた衝撃で気を失ってはいるが、すでに傷も癒えている。

 俺が回復魔法をかけてやったからだ。


「魔王を倒したのはいいが……これ、ヤバくねぇか?」

「め、めちゃくちゃ殺気だってるじゃないっすか!」


 サルードとテツオが汗を流しながら後ずさる。


 魔王の敗北を知った悪魔たちが、凄まじい怒気を全身から立ち上がらせていた。


「……このまま生きて帰したとなれば、我々悪魔にとって屈辱の極み」


 巨漢の公爵級悪魔が低い声で唸る。

 そして怒号を轟かせた。


「絶対に奴らを逃がすなァッ! 死んでもここであの人間どもを殺せッ!!!」


 次の瞬間、凄まじい鬨の声と共に悪魔の大群が一斉に襲い掛かってきた。

 全部で二百体前後。

 そのすべてが中級以上の悪魔で、爵位持ちの上級悪魔も二、三十体はいる。


 確かに魔王は地下世界最強だったかもしれないが、それはあくまで〝個〟としてだ。

 魔王を倒した俺でも、これだけの数を相手にしてはただでは済まない。

 味方を入れても、せいぜいこっちは十人ちょっとだ。


 という訳で、今度こそ秘策を使うべきときがきた。




ファン

 レベル:87 → 152


ルノア

 レベル:85 → 149


アンジュ

 レベル:88 → 153


ディアナ

 レベル:84 → 149


刀華

 レベル:88 → 153


スラぽん

 レベル:83 → 158



 一度ニーナに使ったことがある、〈賜物授与+3〉による信仰度100%の信者限定の秘策である。



 Q:〈賜物授与+3〉って?

 A:経験値、および熟練値を信者に譲渡することができる神固有のスキル。譲渡した分を取り戻すことも可能。離れていても対象を思い浮かべることで譲渡可能。信仰度100%の信者に限り、一定時間、経験値および熟練値を減らさずに譲渡することが可能。



 レベルだけではない。

 スキルもまた、今の俺が持つすべてを一時的に譲渡させた。


「ん……力が湧いてきた」

「パパのちからなの」

「すごい! 指一本で床に穴が開くわ!」

「これがレイジさんの力ですか……」

「今なら先ほどの魔王相手でも負ける気がしない」

『……!』


 彼女たちの信仰度を100%に引き上げるため、俺は自らが神であることを明かしていた。

 他の連中はまだ信仰度的に早いと思い、今はこの五人と一匹だけだ。


 制限時間は二十分程度だが……まぁ、それだけあれば十分だろう。




   ◇ ◇ ◇




 公爵級悪魔、プルゾフは愕然としていた。


「な、なぜだ……? なぜ人間がこれほどまで……?」


 目の前で繰り広げられているのは、まさしく悪夢だった。


 爵位持ち悪魔を含む悪魔の大群が、僅か数人の人間とスライムたちによって蹂躙されているのだ。

 今も侯爵級悪魔が、一人の人間の少女の拳を顔面に喰らい、天高くへと吹き飛んでいった。白目を剥いていることから気を失っているだろう。


 魔界の理は単純だ。

 強き者は生き残り、弱きは死ぬ。

 その激しさは地上とは比べるべきもない。


 そんな弱肉強食の世界にあって、悪魔という種は激しい自然淘汰を繰り返しながら、世代を経るごとに強力になっていった。


 それこそが悪魔の強さの秘密なのだ。

 生粋の戦闘種族と言っても過言ではない。

 その悪魔たちが少数の人間に手も足も出ないなど、絶対にあり得ないはずだった。


「ん、こいつは強敵」

「っ!」


 プルゾフのすぐ前にいた悪魔数体を一瞬で斬り飛ばしながら現れたのは、頭部に犬耳を持つ少女だった。


「わ、我らを舐めるなッ!」


 プルゾフは怒号とともに拳を振り下ろした。


「でも、今の私の敵じゃない」


 だが拳は床を粉砕するだけに終わってしまう。

 少女の姿はそこにない。

 見失った。


「こっち」

「っ!?」


 背後から声。

 直後、背中に無数の斬撃を一瞬にして叩き込まれる。


「がああああっ!」


 高い物攻耐性力を持ち、しかも分厚い鎧を身に纏っていたにもかかわらず、少女の剣の前には無力だった。

 背中を何度も斬り刻まれ、大ダメージを負ってその場に膝を付く。


「ほい」


 さらに追い打ちとばかりに後頭部に強烈な蹴りを貰い、プルゾフは顔面から石床にめり込んでしまった。




    ◇ ◇ ◇




「ん…………あ、あたくしは……」


 魔王が目を覚ます。

 ゆっくりと身体を起こした彼女は、自分が生きていることに驚いた様子だった。

 その視線が俺を射抜く。


「なぜ、あたくしを生かしたのだわ?」

「別に死なせるまでもなかっただろ」

「……」


 魔王は無言で周囲を見渡してから、呟いた。


「どうやら、あたくしたちの負けのようなのだわ」


 闘技場にはまさに死屍累々といった光景が広がっていた。

 あれだけいた悪魔たちが全滅し、あちこちに転がっているのだ。


 その中でまだ意識があるのは、公爵級悪魔のプルゾフくらいだろうか。


「ぐ……も、申し訳、ありません……魔王様……。に、人間ごときに、このようにやられるなど……」

「お前が謝る必要などないのだわ。あたくしだってこの人間に負けたのだし」


 魔王はさばさばと応じる。


 人間っていうか、邪神とその信者たちだけどな。

 普通の人間のパーティだったら、これだけの悪魔の大群と魔王を相手にすれば即全滅だろう。

 可能性があるとすれば、勇者のパーティくらいか。


「ていうか、僕、勇者なのに全然活躍できなかったんすけど……」


 と、その勇者であるテツオがぼそりと呟いている。


「レイジ」


 魔王が俺の方を見てくる。

 そして言った。


「お前はあたくしの代わりに魔王になるのだわ」

「ま、魔王様!?」


 頓狂な声を上げたのはプルゾフだ。


「に、人間が魔王など……」

「何を言っているのかしら、プルゾフ。最も強い者が魔王として君臨する。それが魔界の掟ではなくて? 悪魔だとか人間だとか、関係ないのだわ。レイジはこの魔界でも最強であることを証明した。新たな魔王として相応しいのだわ」

「ぐ……」


 プルゾフは反論できず、押し黙った。



マーラ

 信仰度:70%



 くくくく……。

 なぜ俺が彼女を生かしたのか。

 その答えは簡単だ。


 高度な知能を有する悪魔であれば、俺の信者になり得るのではないか。

 となれば、ここ魔界でも信者を増やすことができるはず。

 そう予測していたからだ。


 そして今、その考えが証明されたのである。

 さすがに真っ先に魔王が信者になってくれるとは思っていなかったけどな。

 いや、すでに彼女は魔王じゃないか。


「いいだろう」


 俺は宣言した。


「これからは俺が魔王だ」

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