第147話 魔王(第二形態)

 魔王は武技スキルを一切持っていない。

 一方で魔法スキルは非常に豊富だ。

 ゆえに基本戦法は遠距離からの魔法攻撃――――と思いきや、いきなり接近戦を挑んできた。


 高い敏捷値に加え、風魔法と翼の後押しによって音速じみた速度で突っ込んでくる。

 その勢いを乗せて繰り出された拳を、俺は二本の剣を交錯させて受け止めた。


 その激突だけで爆音が轟き、周囲に衝撃波じみた風が吹き荒れる。


「へぇ、あたくしの拳を受け止めるなんて」


 魔王は愉しげに口端を吊り上げると、間髪入れずに蹴りを放ってくる。

 武技スキルのない彼女の動きは、お世辞にも洗練されているとは言い難い。

 だが高いステータスによる一撃は脅威だ。

 当たれば大きなダメージを受けることになるだろう。


 俺は後方に上体を引き、頸部を狙った蹴りを回避。

 と同時に剣を水平に薙ぎ、魔王を斬り付ける。

 ギンッ、という硬質な音と共に斬撃を弾かれた。


「結界か!」

「ご名答なのだわ」


 魔王は瞬時に結界を展開することで俺の剣を防いだのだ。

 公爵級悪魔アーセルの結界を一撃で破ることができたオリハルコン製の剣だが、魔王が持つのは〈結界魔法+10〉。

 強度はアーセルのそれを大きく超えていた。


 二本のオリハルコン製の剣を振るって攻撃を仕掛けるが、その悉くが彼女の結界によって阻まれてしまう。


「残念。お前の攻撃、あたくしに当たりさえしないのだわ」

「それはどうかな」

「っ?」


 剣に闘気が帯びていく。

 さらに刹竜剣レッドキールには炎を、刹竜剣ヴィーブルには氷を纏わせた。


「これを防げるなら防いでみろ」


 攻撃力を増した斬撃が魔王の結界と激突する。

 一撃目で大きな亀裂が入り、二撃目で完全に破砕した。


「……っ!」


 俺の炎剣が腕を掠め、魔王が顔を顰める。

 掠めただけだというのに腕から血飛沫が飛び、さらには衣服が燃え出す。


 とは言え普通の相手なら、掠めただけで胴体が両断され、一瞬で火だるまになっていただろう。

 物理耐性や魔法耐性が高いせいだ。


〈自然治癒力+10〉のお陰で見る見るうちに裂傷や火傷を癒しながら、魔王は重力魔法を発動してきた。


「スターグラビティ!」

「ぐおっ!?」


 超級の重力魔法――――恒星重圧(スターグラビティ)か……!

 立っているだけでも苦しい負荷が全身にかかり、俺はその場に膝を付いてしまう。


「そっくりそのまま、お返ししてやるぜ。スターグラビティ!」

「っ!?」


 魔王もまたその場に膝を付く。


「この魔法を使えるなんて、やるじゃないの。……これならどうかしら? 神怒暴風(ハリケーン)」

「そいつも習得済みだ。神怒暴風」


 超級の風魔法に、超級の風魔法を返す。

 回転の向きが異なる二つの竜巻が激突して、互いを打ち消し合った。


 魔王はくつくつと喉を鳴らした。


「面白い。面白いのだわ。接近戦では、あたくしが不利。一方、魔法戦ではほぼ互角。このままでは勝てないのだわ。まさか、あたくしをここまで楽しませてくれる人間がいたなんて」


 彼女の全身から濃密な魔力が噴き出してくる。


 ……ようやく全力を出す気か。


 彼女のステータスを鑑定して、その状態が「能力制限」となっていることには気づいていた。

 これはその名の通り、自分の力を普段は制御しているということだろう。


 つまりこれから真の姿を現すということだ。

 さすが魔王。

 そうこなくてはな。


 俺の予想通り、魔王の姿が変貌していく。

 どんな化け物じみた姿へと変わるのか――――と期待していただけに、やがて現れたその姿には少々拍子抜けしてしまった。


 そこにいたのは妖艶な大人の姿へと変じた魔王だった。


 身長が二十センチ近く伸びて、俺とほぼ同じくらいの高さ。

 真っ平らだった胸部が膨らみ、魅惑的な双丘と化している。

 さらに臀部も一回り大きくなった反面、ウエストは引き締まっていて、すらりと長くなった脚部と言い、完璧なプロポーションだ。


「あら、どうやらあたくしのこの姿に見惚れてしまったかしら?」


 ただし話し方は変わっていないが。


 ちなみに背後でディアナが「ぐぬぬ……わたくしも変身できれば……せめて胸部だけでもっ……」と唸っている。


「これがあたくしの本当の姿。魔力があり余り過ぎて、自分でも制御できないから仕方なく普段はあの姿になって抑えているのだわ」


 なんか、どっかで聞いたことのある理由だなー。


 だが実際、魔力値の桁が一個上がっていた。

 レベルもスキルも他のステータスの値もまったく変わっていないが、魔力値だけが大きく跳ね上がっているのだ。


 同じ魔法であっても、その威力は費やす魔力値によって変動する。

 恐らく今の魔王が放つ超級魔法は、先ほどの十倍近くになることだろう。

 下手したらこの城ごと破壊しかねない。


 魔王もまたそう判断したのか、


「ロングテレポート」

「っ!」


 彼女の転移魔法によって、俺たちは魔王城から遠く離れた荒野へと移動していた。


「ここなら思いきり戦えるのだわ」


 魔王の周囲に幾つもの火の玉が出現する。

 それらが見る見るうちに巨大化していった。


「ファイアボール×100だわ?」

「いやいや、それのどこがファイアボールだよ……」


 ファイアボールは言わずと知れた初級の火魔法。

 だが彼女の周りに浮かぶ巨大な塊は、どう考えても上級魔法クラスの威力を秘めていた。

 一度に込める魔力量があまりにも大きいせいで、初級魔法ですら通常の上級魔法の破壊力に匹敵してしまうのだ。


 評議会会長のジールアも似たような技を使ってきたが、これはその比ではない。


 直後、巨大な炎の塊が一斉に襲い掛かってきた。


「テレポート」


 すぐに転移魔法で逃げるが、炎塊は即座に軌道を変えて転移先に飛来してくる。


「直撃するまで、どこまでも後を追い続けるのだわ」


 ならばと俺は冷気を纏った刹竜剣ヴィーブルで、迫りくる炎塊を斬り付けては破壊していく。

 数の多さに押され始めると、いったん転移して距離を取る。

 そして再び炎塊を壊す。その繰り返しで確実に数を減らしていった。


「この程度は余裕のようだわねぇ」


 彼女は試すような視線を俺に向けていた。

 自分の力に絶対的な自信があるからか、あるいは単に遊び好きなのか、余裕ぶった様子で構えている。


「テレポート」


 再び転移した先は、魔王の背後だった。

 しかしさすがに油断していた訳ではないようだ。


「――加速時間(アクセルタイム)」


 俺の剣が回避される。

 気づけば魔王はステータスを超える速さで移動し、数メートル先で嗤っている。


「時間魔法かっ……」


 時間魔法はその名の通り、時間を操作できる魔法だ。

 対象の時間を早くしたり遅くしたりすることができるなど、破格の効果を持つ反面、習得が非常に難しい。また魔力の消耗も激しかった。


「加速時間」

「っ!」


 さらに魔王は火炎の塊にその時間魔法を使った。

 先ほどまでとは比べ物にならない速度で、まだ残っていた塊が一斉に押し寄せてくる。


 回避する余裕はなく、俺は咄嗟に両腕で身体をガードした。

 衝撃と爆音と熱さに連続で襲われる。

 どうにか耐え忍んだが、全身火傷だらけだった。


「へぇ、スライム並みの回復力なのだわ」


 魔王が楽しげに笑った。

〈自己修復+10〉により、俺は受けた傷があっという間に治っていく。

 魔王も同系統の〈自然治癒力+10〉を有してはいるが、下位互換なためそこ早い回復は見込めない。


 ……なんていうか、随分と変わった魔王だな。

 いきなり城に攻め込んできた人間相手に戦っているというのに、随分と楽しげだ。


 それも魔王らしい嗜虐性からではなく、純粋に楽しんでいるのだろう。

 そんな彼女には悪いが、そろそろチートを使わせてもらうとしよう。



レイジ

 レベルアップ:128 → 164



 大幅なレベルアップと同時に急上昇した敏捷値に任せ、俺は一瞬で魔王に肉薄。

 転移魔法ならば魔力の流れを察知し、行動を先読みすることも可能で、実際先ほどはそうやって攻撃を回避したのだろうが、さすがにこれは予測することができなかったようだ。


「がっ!?」


 俺の拳が鳩尾に直撃し、魔王は数百メートルほど吹っ飛んでいった。

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