第146話 魔王

 ――レイジたちが魔王城への侵入を果たした頃。


「人間がこの魔界に足を踏み入れたばかりか、あたくしの城にまで乗り込んで来るなんて、予想さえしてなかったのだわ」


 マーラは楽しげな笑みを浮かべて呟いた。

 見た目こそ可愛らしい少女。

 だが彼女こそ、この魔界を統一した正真正銘の魔王だった。


「地上は思っていた以上に面白いところなのかもしれないのだわ」


 魔界を横断し、この城まで辿り着く。

 それだけでも、人間が脆弱な種族だという悪魔たちの常識が覆される出来事だった。

 地上への進出を考えていた彼女からしてみれば、その実現が困難になることを意味しているはずだが、しかしそれを憂う素振りはまったくない。


 どころか、彼女は「かえって面白くなった」とばかりに不敵な笑みを浮かべるのだった。



    ◇ ◇ ◇



 俺たちは順調に魔王城を攻略していた。


 内部の構造はシンプルで、トラップの類いもほとんどない。

 反面、狂暴な魔物が多数、城内を徘徊していた。

 いずれもレベル80を超える強敵ばかり。

 また近づくと動き出すゴーレムも、なかなかに凶悪な性能をしていた。


 一方で、大勢で待ち構えていると思われた悪魔の姿はまったく見かけなかった。


 襲いくる魔物を撃破しつつ城内を進んでいくと、やがて俺たちは外へと出た。

 分厚い雲に覆われた地下世界の澱んだ空が見える。


 外と言っても、当然ここは巨大な魔王城の中。

 俺たちが出てきたのは尖塔の中腹部分だ。

 奥にある別の尖塔へと向かって、橋が架けられている。

 ただしその橋のちょうど中間地点でいったん途切れていて、そこには巨大な円形の建造物があった。


 闘技場だ。


「……まさか、ここまで辿り着くとはな。素直に称賛しよう」


 そこに待ち構えていたのは、やたらとでかい悪魔だった。

 全長は四メートルを超え、筋骨隆々の肉体に分厚い鎧を着込んでいる。



プルゾフ

 種族:悪魔族

 レベル:125

 スキル:〈拳技+10〉〈火魔法+10〉〈氷魔法+10〉〈黒魔法+6〉〈召喚魔法+6〉〈無詠唱+10〉〈魔力吸収+8〉〈魔力操作+10〉〈物攻耐性+10〉〈毒耐性+10〉〈炎熱耐性+10〉〈寒冷耐性+10〉〈魔法耐性+10〉〈自然治癒力+10〉〈統率+6〉〈限界突破+6〉〈翼飛行+8〉〈怪力+10〉〈動体視力+10〉〈持久力+10〉〈頑丈+10〉

 称号:悪魔公爵



「こいつがもう一体の公爵級悪魔か……」


 ステータスやスキル構成からみて、アーセルと違って基本はパワーファイターのようだ。

 ただし魔法にも長けているが。


「だが人間の分際で魔王様の居城に立ち入るなど、不愉快極まりないことだ。これ以上、先に進ませる訳にはいかない。ここで確実に貴様らの息の根を止めてやろう」


 巨漢の悪魔は片腕を高々と振り上げた。

 それが合図だったのか、どこからともなく無数の悪魔たちが姿を現す。


 最初に中級悪魔の群れと遭遇して以降、一度も悪魔に出会わなかったのは、恐らくこの場に全戦力を集中させていたからだろう。

 全部で二百体はいる。

 すべて中級以上の悪魔で、爵位持ちの上級悪魔もざっと見渡しただけで二、三十体はいそうだ。


 さすがは魔王城である。

 しかもゲームのように強敵と順番に戦うという訳にはいかず、全軍で一気に迎え撃とうとしてくる。


「ちょ、兄貴! これ、さすがにヤバくないっすか!? 強い奴が順番に出てくると思ってたんすけど!?」


 勇者テツオは日本人だけあって、やはりゲーム的なお約束を想定していたらしい。


「こ、こりゃ、とっとと転移魔法で逃げちまった方がよくねぇか?」


 普段は豪快なサルードも、悪魔の大群を前にして頬を引き攣らせている。


「安心しろ。こっちには秘策がある」

「ほ、ほんとっすか!? って、もしかして、だからみんな落ち着いてるんすか?」

「む? われは何も聞かされてないのぢゃ!」


 レヴィには言ってないからな。

 その秘策を知っている主要メンバーたちは、テツオの言う通りこの状況でも余裕があった。


「秘策だと? 愚かな。貴様ら人間ごときが、これだけの数の我らを相手に何ができよう」


 巨漢の悪魔が鼻を鳴らして断ずる。

 そして命じた。


「全軍、準備は良いな? ならば行け。人間どもに我ら悪魔の力を見せつけてやれ」


 直後、悪魔たちが一斉に動き出し――



「待つのだわ」



 その一言で即座に停止した。


 周囲の空気が変わる。

 上級悪魔たちが息を呑み、その場で立ち竦む。


 そんな中、姿を現したのは一人の少女だった。


 ルノアの赤髪よりさらに濃い赤髪を靡かせながら、彼女は颯爽と闘技場のリングの上へと上がってくる。

 華奢な体躯に可愛らしい容姿。

 見た目はせいぜい十代前半といったところ。


 だがその全身から放たれる濃密な魔力と気配は、彼女が恐るべき実力の持ち主であることを物語っていた。

 俺は〈神眼〉で彼女のステータスを覗く。



マーラ 

 種族:悪魔族

 レベル:136

 スキル:〈火魔法+10〉〈水魔法+10〉〈風魔法+10〉〈土魔法+10〉〈雷魔法+10〉〈氷魔法+10〉〈光魔法+10〉〈結界魔法+10〉〈召喚魔法+10〉〈重力魔法+10〉〈黒魔法+10〉〈回復魔法+10〉〈時空魔法+10〉〈闇魔法+10〉〈召喚魔法+10〉〈無詠唱+10〉〈魔力吸収+10〉〈魔力操作+10〉〈気配察知+10〉〈第六感+10〉〈魔力探知+10〉〈魔法耐性+10〉〈自然治癒力+10〉〈統率+5〉〈限界突破+10〉〈翼飛行+10〉〈闘気+10〉〈並列思考+10〉〈王威+8〉

 称号:魔王

 状態:能力制限



 こいつが魔王なのか……?

 まさか女だとは。

 いや、ある意味で魔王が女性なのは珍しくないのかもしれないが。


 てか、めちゃくちゃ強い。

 特に魔法系のスキル数が多く、しかもそのほとんどがカンストしいる。

 それでいて高レベルなだけあって、身体能力も高い。


「せっかくだから、このあたくしが相手してあげるのだわ」


 魔王マーラは傲然とした態度で言う。

 それに異を唱えかけたのは先ほどの巨漢悪魔、プルゾフである。


「いえ、人間ごときに魔王陛下の手を煩わせるなど……」

「プルゾフ」

「はっ」

「お前は黙っているのだわ。あたくしが彼らの相手をすると言っているのだから」

「……畏まりました」


 魔王に一蹴されて、すぐに引き下がるプルゾフ。

 両者の体格差を考えると大人と子供なので、なかなか光景な光景に見えた。


 魔王マーラが俺たちを見据えてくる。


「地上にはお前たちより強い人間はいるのかしら?」


 その問いにどう答えるべきか一瞬迷ったが、俺は正直に応じた。


「恐らく地上で最も強いのは俺だ」


 仲間から反対意見はない。

 ……ないよね?


「そう。では、お前があまりにも弱ければ、地上はせいぜいその程度のところということなのだわ」

「そうなるかもな」


 不敵に笑う魔王。

 不安げにこちらを見てくる仲間たちを押し留めて、俺は一人で前に出た。


「別に一対一でなくてもいいのだわ?」

「いや、一対一で十分だ」


 俺の不遜な言葉に、成り行きを見守っていた悪魔たちから殺気を向けられる。

 一方、魔王はかえって楽しげに笑みを深めていた。


「随分と自信があるのだわね?」

「まぁな」


 俺は二本の剣を抜き、構える。


 直後、地上最強(|たぶん)と地下世界最強との戦いが火蓋を切ったのだった。

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