第144話 邪竜の渓谷
セルゲリスは捕縛されていた。
「早く殺せ!」
「だから殺さないって。あんたには道案内をしてもらわないといけないからな」
射殺さんばかりに睨みつけ、訴えるが、しかしまったく取り合ってもらえない。
「く……っ!」
人間に敗北したばかりか、こうして生かされて情報を引き出されてしまうなど、屈辱以外の何ものでもなかった。
しかし自死しようにも、上級悪魔としての高い生命力と自然治癒力のせいで、身動きと魔力を封じられたこの状態では不可能だ。
「早速、教えてもらおうか。魔王城はどこにあるんだ?」
「っ……魔王城だと?」
連中のリーダー格と思われる青年の問いに、セルゲリスは耳を疑う。
「まさか、貴様ら魔王様の元に行くつもりか?」
「ああ。魔王が地上を狙ってるって聞いたからな。攻め込まれる前に、こっちから攻め込んでやろうと思って」
「な……」
なぜその情報を地上の人間が握っているのか、セルゲリスには分からない。
だが青年の愚かさに、思わず嘲笑が漏れた。
「くくくっ、まさか自ら死地に飛び込もうとするとは」
「いや、死ぬつもりはないぞ」
「どうやらこの私を倒した程度で、良い気になっているようだな。貴様は魔王様の強さをまるで理解していない。しかも魔王城には爵位持ち悪魔が数多くいるのだ」
そのとき後頭部に強い衝撃を受けた。
「ぶほっ!?」
「いいから、とっとと教えなさい」
拳士の女に殴られたらしい。
「貴様っ……」
セルゲリスは忌々しげに睨み付けたが、そこでふとある考えが脳裏に浮かんだ。
ふん、ならば望み通り、貴様らを死地へと案内してやろうではないか。
そう内心で嘲笑いながら、しぶしぶといった様子で彼らの命令に従うという態度を演じることに。
ここと魔王城を結ぶ最短ルートがある。
だがセルゲリスたちがここに来る際、それを使わずに大きく迂回した。
というのも、そのルートの途中に、悪魔たちですら怖れて滅多により付くことのない危険な場所があるからだ。
『邪竜の渓谷』
その名の通り、邪竜が多数棲息している渓谷である。
地上のドラゴンの中には知性を有する個体も多いが、魔界に棲む邪竜に知性らしい知性はなく、常に好戦的で狂暴だった。
そして邪竜の渓谷は、弱肉強食の世界。
時に邪竜同士が自らの縄張りを取り合い、殺し合う。
戦いを生き抜いてきた邪竜は信じられないほどに強い。
爵位持ち悪魔すら凌駕するような個体が、邪竜の渓谷にはごろごろしているのだ。
セルゲリスはその恐るべき地帯へと、この人間たちを誘い入れるつもりだった。
◇ ◇ ◇
そこには大渓谷が広がっていた。
左右を断崖絶壁に囲まれ、谷底は夜のように暗い。
俺は男爵級悪魔に問う。
「ここを通るのか?」
「ああ。その通りだ。魔王城への最短ルートだ」
俺の〈神眼〉には嘘を見抜く力もあるのだが、どうやら嘘は言っていないようだ。
ただ、何かを隠している様子ではある。
まぁいい。
ここが最短だというのは間違いなさそうだし、この渓谷の底を進んでいくとしよう。
〈千里眼〉でこの辺りを見た感じ、回り道をしようとすると、かなり迂回しなければならず大変そうだしな。
空を飛んで行こうにも、地下世界の空には邪竜というドラゴンの強化(狂化)版みたいな連中がうようよしている。
こちらにも飛行手段はあるとはいえ、さすがに翼を持つ連中のフィールドに飛び込むのは得策ではない。
この谷底も、どうやら奴らの寝床になっているらしかった。
だが地上となれば空よりは戦いやすいだろう。
それに邪竜はなかなか
ぜひともできるだけ倒しておきたい。
しばらく進んでいくと。
谷底に無数に転がっている巨大な岩の影から、そいつが姿を現した。
邪竜
レベル:94
スキル:〈噛み付き+8〉〈鉤爪攻撃+8〉〈突進+7〉〈翼飛行+10〉〈闘気+8〉〈咆哮+8〉〈物攻耐性+6〉〈毒耐性+8〉〈痛覚軽減+8〉〈魔法耐性+8〉〈限界突破+2〉
漆黒の鱗に覆われた比較的細身のドラゴン。
大きく裂けた口から長い舌が垂れ下がっているなど、なかなか不気味な気配を漂わせている。
特筆すべきは、そのスキルに〈限界突破〉があること。
こいつら邪竜は、なんと漏れなくこのレアスキルを持っているのだ。
〈死者簒奪〉を使ってこのスキルを奪いまくれば、すでにレベル99とカンストしてしまっているレヴィやルファはもちろん、他のメンバーたちもいずれ99に到達した際に、100の壁を突破させることが可能になるだろう。
「醜いのう、知能を持たぬドラゴンというのは。レイジよ、こやつはわれに任せるのぢゃ。知性溢れたドラゴンとして、このような獣同然の輩に引導を渡してやるのぢゃ」
リヴァイアサンのレヴィが前に出る。
……お前ってそんなに知性溢れてたっけ? と思ったが、口には出さないでおいた。
ドラゴン化したレヴィの巨体は、邪竜より一回り大きい。
それから怪獣同士の激しいぶつかり合いが繰り広げられた。
レヴィは水竜なので決して有利なフィールドという訳ではないが、体格でもステータスでも、一応知能でも上回っており、余裕で圧倒している。
だが谷底に響き渡る交戦音を聞きつけて、別の邪竜が姿を見せた。
渓谷は無数に枝分かれしているのだが、そちらから次々と集まって来ているのだ。
「ははははっ! 確かにここは魔王城への最短ルートだが、無数の邪竜が棲息する死の谷でもあるのだ! 爵位持ちの悪魔ですら立ち入ることを躊躇うこの場所は、一度入ったが最後、邪竜どもの餌食になるのは必至! まさか貴様らもドラゴンを飼っているとは予想外だったが、このまま邪竜どもに喰い殺されるがいい!」
突然、セルゲリスが哄笑を響かせた。
急に大人しく道案内を引き受けたと思ったら、ここに誘い込む気だったのか。
新たに現れた邪竜は、全部で五体。
それぞれレベルは84、98、89、93、そして102だ。
さらに他にもこちらに近づきつつある個体がいる。
レヴィの方はもうすぐ片付きそうだし――
「ファンとスラぽんはあの俊敏そうな奴を頼む」
「ん」
『……!』
「アンジュとスラじはあのやたらデカい奴だ」
「分かったわ!」
『!』
「刀華とスラさんは空から来てる奴を」
「承った」
『っ!』
「ボクも戦うよ!」
「じゃあ、ルファにはあの一番強い奴を任せた。もう一匹は俺がやる。ディアナたちは待機。新手が来たらそのときは対処してくれ。ルノアもだ」
「はいなの」
俺の指示で、それぞれが一斉に動き出す。
レベル的には格上でも、スキルがあるためそれほどステータスには差が無い。ペアを組み、二人掛かりで戦えば苦も無く倒せるだろう。
レヴィはすでに先ほどの邪竜を倒し終えたようだ。
〈限界突破+2〉が手に入ったので、〈賜物授与+3〉でレヴィに渡す。
すると今まで99でカンストしていた彼女のレベルが、ついに100に上がった。
俺の相手はレベル84なので、ほとんど瞬殺だ。
ルファがやや苦戦しているようだが、その他の邪竜には各ペア予想通り善戦していた。
その内、新手が二体やってきた。
待機していたディアナとルノアに一体を、サルードとテツオにはもう一体を相手取ってもらう。
「アアアアアアアアアアアアアアッ!」
「っと、さらにもう一匹か。しかもこいつは強敵だな」
悍ましい咆哮とともに新たに現れたのは、レベル114の邪竜だった。
首が二つある双頭竜だ。
「あいつは俺が相手をする! レヴィ、反対側からまた一匹近づいて来てるから、よろしくな!」
「了解ぢゃ。くくくっ、なかなか楽しいのう!」
経験値を稼ぎまくれて、俺も楽しいぜ。
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