第141話 魔界統一
「……我の負けだ……」
身の丈五メートルを超すだろう巨大な悪魔が、野太い声で敗北を宣言した。
魔界一とまで謳われたその屈強な巨体は、今やボロボロだった。
一方、地面に膝を付くその大悪魔を見下ろしているのは、せいぜい十代前半といった見た目の可愛らしい少女だった。
彼女もまた悪魔である。
その証拠に頭部に小さいが二本の角が生え、背中には漆黒の翼があった。
彼女も身体の各所に小さな傷を負ってはいるが、巨漢の悪魔と比べると大したものではない。
「このあたくしをここまで手こずらせるなんて。さすがは公爵級悪魔のプルゾフなのだわ」
少女はふふんと勝ち誇ったように鼻を鳴らす。
「もっとも、あたくしはまだ本気を出してないけれど」
プルゾフと呼ばれた巨大な悪魔は、少女のその言葉を決してはったりだとは思わなかった。
実際に干戈を交えてみて分かった。
この悪魔は、まだまだ底を見せていない、と。
ここ数年、魔界の覇権を賭けて、爵位持ち悪魔たちが激しく争ってきた。
そのきっかけとなったのが、公爵級悪魔マストラの死だ。
公爵級悪魔の広大な領地を狙って、悪魔たちが一斉に押し入ったのである。
しかしその状況に怒りを露わにしたのが、マストラの一人娘――マーラ。
彼女は領地に侵入してきた悪魔たちを悉く撃退。
それどころか、報復として他の領地へ侵略し、次々に自らの領地へと変えていった。
そこで終わればまだ良かったのだが、連戦連勝に気を良くしたのか、彼女はさらに領地の拡大を図ろうとした。
最初こそ傍観の立場にあったプルゾフも、さすがに黙ってはいられなかった。
だが彼が戦いに加わったことで、魔界は混沌とした戦国時代へと突入してしまう。
他の爵位持ち悪魔たちも、漁夫の利を狙って続々と動き出してしまったのだ。
それもやがて収束していき、気づけば魔界はプルゾフ勢力とマーラ勢力とで二分されていた。
そしてついに両者がぶつかり合う、天下分け目の戦いが勃発。
最後は両陣営のトップである二人が激突することとなったのである。
その結果が、これだ。
魔界最強とまで謳われたプルゾフを直接対決で打ち破り、目の前で勝ち誇っているこの少女こそが、亡き父の後を継いで新たに公爵級となったマーラだった。
いや、今は公爵級ではない。
数百年ぶりの魔界統一。
その頂点に立った彼女は――
「これからあたくしは魔王を名乗るのだわ」
そう。
彼女は今や魔王だった。
プルゾフが破れた今、そのことに異議を唱えられる者など誰もいない。
「プルゾフ」
「はっ」
「あんたはこれから、あたくしの右腕にしてあげるのだわ」
「……光栄です、魔王陛下」
プルゾフは素直に首を垂れた。
だが続いて彼女の唇から発せられた言葉に、プルゾフは驚きを隠せなかった。
「そうだわ、プルゾフ。あたくし、地上も手に入れたいのだわ」
「なっ……」
悪魔たちにとって、地上など取るに足らない場所だという考えが一般的だった。
地上にほとんど悪魔がいない最大の理由はそれだ。
つい最近も魔界で己の領地を失い、地上侵略を試みた悪魔がいたが、そうした行為は嘲弄の対象とされていた。
なのに、この魔界全土を支配する魔王が、あろうことかその卑小な地上を欲しているのだ。
「……怖れながら、すでに魔界を統べておられる陛下にとって、地上など不要ではないかと思います」
「だけど、アーセルは魔界の領土を捨てて地上に行ってしまったのだわ」
「あれは奴が特殊なだけで……」
もう一体の公爵級悪魔であるアーセルは変わり者として知られていた。
本来なら今回の戦いは、彼を含めた三つ巴の戦いになるだろうと予測されていた。
だがその前に領地や住民たちを放置し、自分だけさっさと地上へ逃げて行ったのだ。
「プルゾフ、もしかしてあたくしの意見に反対しているのかしら?」
「……いえ、滅相もありません」
「そう。だったらすぐに地上進出の準備をするのだわ。……ふふふ、地上にはもう少し骨のある相手がいるかしら?」
楽しげに笑う新魔王だが、この恐るべき悪魔を楽しめさせるだけの存在が地上などにいるはずもないだろうと、プルゾフは内心で呟く。
地上もまた彼女の領地になることは間違いない。
そう確信しながら、高い自然治癒能力のお陰でほぼ完治しつつある巨体を起こすと、プルゾフは命令を遂行するため動き出すのだった。
◇ ◇ ◇
シルステル王都を騒がせた事件がひと段落し、やれやれと息を吐いていた頃だった。
『きゃっほー☆。みんな、お待たせーっ! 超絶美少女女神のソリアちゃんデェ~~~ス!』
「また唐突に現れやがった……。てか、そのキャラ、天使用のじゃなかったのか?」
『おっと。そう言えばそうでしたねー』
忘れるなよ。
「で、何の用なんだ?」
『何でそんなにあからさまに嫌そうなんですかね? 私、これでも女神なんですよ?』
「で、何の用なんだ?」
『私の質問はガン無視ですか!?』
「で、何の用なんだ?」
『NPCみたいなことやめてくださいってば!』
女神はそう憤慨してから、
『えー、実はですねー、端的に言うと地上がヤバイです』
何やら聞き捨てならないことを言い出したぞ。
「……おい、もっと詳しく」
『最近、地下世界で大規模な領土争いが起こっていたことは知ってますよね?』
「ああ。今は公爵級同士が勢力を二分してるんだろ?」
『いえ、それもつい先日、決着が付きまして』
「ほう」
『で、魔界は一つに統一されて、数百年ぶりに魔王が誕生したんですよ』
どうやら勝利した方の公爵級悪魔が、魔王として君臨することになったらしい。
『それでその魔王がですね、どうやら地上への侵略を目論んでるみたいなんですよねー』
「なんだってー」
『何で棒読みなんですか? かなり深刻な事態ですよ、これ。今、天界で神たちがみんな揃って頭抱えてますから』
女神が言うには、悪魔というのは本来、神々の意図に反して誕生してしまった生き物なのだという。
生まれつきチート級の力を持っている上に、天界からの干渉が非常に難しい。
それゆえ放っておけば、人間を含む他のすべての生物たちが駆逐されかねない。
そうなると当然、神々は信仰とともに力を失ってしまうことになる。
どうにかこうにか地下世界に押し込むことに成功した後、神々は両世界の間に行き来を封じるような強力な結界を張った。
さらに悪魔たちに地上を卑小な世界だと思わせることで、大規模な侵略行為が起こらないよう防いできたという。
ジェパールでの男爵級悪魔の一件や、先日の公爵級悪魔の一件でも、神々は戦々恐々としていたとか。
だがそれらはせいぜい、魔界の一貴族によるもの。
今回は魔界全土を統べる魔王である。
『というわけで! 前回、前々回と地上の危機を救ってくれた謎の英雄様に、ぜひとも今回の事態をどうにかしていただけないかなーと』
「謎のって、俺が邪神だってことはまだバレてないってことか?」
『ええ……今のところは』
まぁでも、別にバレても大した問題ではない気がするんだよな。
神々は地上へ干渉することがほとんどできない。
となれば、俺をどうこうしようとしても、できることはたかが知れているということ。
むしろヤバいのは、
『ほんと、お願いです! バレたらたぶん私、結構マズイことになっちゃいますから! でも、そのお陰で魔王の侵略を防げたとなったら、差し引きゼロで何とかなると思うんです!』
そう。俺に神格を付与し、この世界に召喚したこいつだ。
「だが断る」
『ちょっ、そういう性質の悪い冗談やめてくださいってば!? ……え? じょ、冗談ですよね……?』
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