第139話 邪神VS悪魔公爵

「なるほど、君が僕の娘を誑かしてくれた張本人というわけだねぇ」


 悪魔公爵アーセルは余裕の笑みを浮かべながら俺を待ち構えていた。


 魔王に次ぐ上級の悪魔が、悪魔公爵だ。

 現在は三体いるらしく、こいつはその内の一体である。


 しかしジェパールを襲った男爵級悪魔と言い、最近やけに悪魔が地上に出てきやがるな。

 やはり地下世界で何か起こっているのかもしれない。


 Q:地下世界で何か起こってんの?

 A:領土拡大を目論み、爵位持ち悪魔たちが争っている。現在は二体の公爵級悪魔にまで絞られ、勢力が二分されている状態。


 つまりこの目の前の悪魔公爵も戦いに負けて、地上に追われたということか?

〈神智〉ではその辺りまでは分からなかった。

 いずれにしても、こいつを放置しておく訳にはいかない。


「……この街の状況もお前の仕業だな」


 クラン本部の屋上から見渡せば、街中で人々が異常な行動を起こしていることはすぐに分かった。


「娘たちを利用することで大量洗脳を行っているのか」


 この悪魔はルノア以外にも、大勢の子供がいるらしい。

 女性を誑かし(あるいは洗脳したのかもしれない)、自分の子を産ませてきたのだろう。

 俺がダンジョン内で出会ったミアという少女もその一人だ。


 彼女もまた「いつかパパが迎えにきてくれる」と信じていた。

 恐らくはいずれ手駒として使うつもりで、母親を通じて心の中に刻み込ませていたのだろう。

 黒魔法を使うにしても、意識を無理やり捻じ曲げるのは簡単なことではない。

 だからあらかじめ、そのための土台を作っておいたのだ。


「僕は昔から地上に憧れていてねぇ。悪魔の多くはあの薄暗くて悍ましくて汚らしい地下世界を好んでいるけれど、その感覚は僕にはまったく理解できないのさ。だって、どう考えたって地上の方が何倍も美しくて綺麗だろう?」

「だったら一人で勝手に地上で生きていればいいだろ」

「君は美しいものを独占したいと思わないのかい? 僕は思うよ。この地上のすべてを僕のモノにしたいってねぇ。そのためには邪魔な者たちが沢山いる。けれど僕は見ての通りあまり血を好まない性質でね。だから殺さず、僕の意に沿うように心だけを奪うことにしたのさ」


 この公爵級悪魔は黒魔法に長けている。

 だがたった一人では、さすがに地上にいるすべての生き物を意のままに操ることは不可能。

 だから自分と同じく黒魔法に長けた配下を――――子供を大量に作ることにしたのだ。

 そうすれば、一度に大勢の生き物を洗脳することができるようになる。


「今回はその大規模実験の第一弾さ。計画通りに上手くいってたんだけどねぇ。……邪魔者さえ現れなければ」

「邪魔? むしろ俺にとってはお前の方がよっぽど邪魔だ」


 苛立ちを抑え切れず、いつになく声に怒気が籠ってしまう。


 この街の住人達は今や、大半が俺の信者だった。

 だが黒魔法で洗脳された者たちは、これまで地道に上げてきた信仰度が少なからず下がってしまっているのである。

 邪神である俺にとって、これほど腹立たしいことはない。


「あはははっ、人間ごときがこの僕に敵うとでも? 僕の結界を破壊した程度で調子に乗っているようだねぇ」

「その言葉、そっくりそのまま返すぜ。悪魔ごときが、邪神に敵うとでも思うのか?」

「っ!?」


 俺は転移魔法で悪魔の背後を取る。

 わざわざ結界を破壊し、屋上に上がってくる際も窓から外壁伝いに上ってきたため、転移魔法を使えるとは思っていなかったのだろう。

 さらに言うと、〈魔力操作+8〉で発動準備を気取られないようにもした。


 オリハルコン製の剣が悪魔の背中を斬り裂く。


「がっ……」


 スキル構成やステータスを見ても、こいつは魔法主体で接近戦には弱い。それでもさすがはレベルが121あるだけはあって、咄嗟の回避行動が早かった。

 そうでなければ、確実に致命傷――どころか、身体が真っ二つになっていただろう。


「……くっ!」


 悪魔は結界を展開しつつ、俺から距離を取ろうとする。

 逃がすかよ。

 俺は距離を詰め、右手の剣を一閃。

 パリンッ、と破砕音がして結界は破壊できたが、それだけで終わってしまう。


 が、そのときには左手でもう一本の刹竜剣を抜いて、すでに振りかぶっていた。

 ザシュッ、と良い音がする。

 やや距離があったため頭をかち割るまではいかなかったものの、悪魔の額から下腹部辺りまでを真っ直ぐ斬り裂いていた。鼻頭はパックリと割れている。


「ああああああっ!? き、貴様っ……よくもっ、僕の美しい顔をっ……」


 血を噴き出しながら、忌々しげに顔を歪める悪魔だが、


「おいおい、顔程度で済ませるわけないだろ」


 俺は間髪入れずに追撃する。


「マインドハック! ……き、効かない!?」


 苦し紛れに黒魔法を使って俺を洗脳してこようとするが、〈魔法耐性+10〉を持つ俺にこの手の魔法はほとんど効果がない。

 俺の斬撃が、今度は悪魔の顔に水平の傷をつけた。


「前よりも男前になったじゃないか」

「くっ……馬鹿な……この僕が、人間ごときに押されているだとっ……?」


 だから俺はただの人間じゃねぇって。


「……ならば!」


 悪魔は翼を広げ、空へと飛び上がった。

 俺は〈天翔〉ですぐさま後を追う。


 しかし相手は〈翼飛行+10〉スキルを持っている。

 さすがに追い付けない。

 このままだと転移魔法で逃げられてしまうかもしれない――と思ったが、悪魔としてのプライドか、逃走ではなく単に空中戦を仕掛けるつもりらしい。

 膨大な魔力が収束していく。

 あいつ、超級魔法を放つつもりだ。


「ははははっ! 躱したら地上の人間どもが巻き添えを喰らうぞ!? 超級雷魔法――雷神鉄槌(トールハンマー)」

「超級雷魔法――雷神鉄槌(トールハンマー)」

「なにっ!?」


 俺もまた同じ魔法で応戦した。

 雷撃と雷撃が正面からぶつかり合い、凄まじい破砕音が鳴り響く。


「まさか、超級魔法まで使えるだとっ……? だが、これなら防ぎ切れないだろう! 超級火魔法――劫火地獄(ブリムストーン)」

「超級水魔法――洪水神話(フラッドミス)」

「っ!?」


 火には水だ。

 空から落ちてきた劫火を大量の水で相殺してやった。


「あはは……あははははっ!」

「……ん? 何だ? いきなり笑い出して。気でも触れたのか?」

「いやね、まさかここまで僕と渡り合える者が地上にいたなんて、本当に驚いたよ。どうだい? 僕と手を組む気はないかい? いや、僕の配下になれと言っている訳じゃないさ。君ほどの人間ならば、僕と対等の関係を築くに相応しい」

「……」

「僕と一緒に魔界と地上、二つの世界を収めようじゃないか。今、魔界は僕以外の公爵同士が争っていてねぇ。彼らを君と一緒に倒して魔界を統治した暁には、君にも魔界を半分上げよう。もちろん、地上も支配して二人で半分ずつだ。どうだい? 悪い提案じゃないだろう?」


 まるで某RPGのラスボスみたいな提案をしてくるな。


「断る。俺は別に地上を支配しようなんて思ってない。それに魔界なんて要らないしな」

「……そうかい。ならば、残念だけど、君には死んでもらうしかないねぇ!」

「っ? これは、召喚魔法か……っ!?」


 俺の意識を話で逸らして、何か仕掛けてこようと企んでいるなとは思っていたが、どうやら秘かに召喚魔法を準備していたらしい。俺に気づかれないよう、慎重に魔力を抑えながらだ。


 直後、俺の周りを取り囲むように現れたのは、ルノアとよく似た少女たちだった。

 街の各所に散っていた彼女たちを、召喚魔法で呼び出したのだ。


 全部で十人以上もいる。

 彼女たちは皆、すでにいつでも魔法を発動できる状態にあった。

 しかも全員が超級魔法だ。


 あれをすべてまともに浴びてしまったら、さすがに俺も一溜りも無い。


「転移――」

「あはははっ! 無駄だよ!」


 転移魔法で逃げようとするが、それを読んでいたのか、魔力の波動をぶつけてきて発動をキャンセルさせられてしまう。


 ……むう、ちょっとだけピンチだ。

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