第138話 悪魔公爵

 ディアナは勢いよく斬り掛かった。

 一体二体三体と次々と斬り捨てていくが、いずれも分身だ。

 だがそのうち必ず本体に当たるはず。


「――って、思っているんだろうねぇ?」

「無駄だよ無駄」

「はい、それも外れぇ」

「いつになったら本体を引けるのかなぁ」

「っ……いちいち腹立たしいですねっ!」


 なのに幾ら倒しても、分身体ばかりだ。

 しかも倒した矢先に新たな分身が出現してしまう。

 これではきりがない。

 魔法剣を使えば一度にもっと広範囲に攻撃を及ぼすことが可能だが、ルノアによれば魔法攻撃はほとんど効かないそうなので、効果は薄いだろう。


「実は偽物でも」

「攻撃することが」

「できるんだよねぇ」

「なっ!?」


 影分身たちが同時に雷撃を放ってきた。

 本体しか攻撃は不可能だと思っていたディアナは、まんまと三方向から雷撃を浴びてその場に膝を付く。


「はははははっ」

「せっかく加勢にきたのに」

「ほとんど役立たず」

「だったねぇ」


 悪魔たちが一斉に嘲笑してくる。


「おねえちゃん!」

「……大丈夫です」


 ディアナは毅然と返し、すぐに立ち上がる。

 だが床に縫い付けられてしまったように身体が動かない。

 闇魔法のシャドウバインドだ。


「こんなものっ……」


 無理やり引き剥がそうとするディアナだったが、そこへ悪魔が次々と群がってきた。


「く……っ?」

「おねえちゃん!?」

「ルノア、これから君に良いものを見せてあげるよ」


 言いながら、悪魔は身動きが取れないディアナの衣服を上から下まで引き千切った。

 下着が露わになり、白い腹筋と太腿が晒されてしまう。


「っ!?」

「なにをするのっ!?」

「おおっと、そこから動いちゃダメだよ。もちろん魔法もだ」

「なあに、簡単な教育さ」

「君がどんなふうにパパとママから産まれてきたのか、実演してあげようと思ってねぇ」


 その意味を悟り、ディアナは頬を引き攣らせた。

 と同時に言い知れない怒りが湧き起こる。


「そんなこと、させるわけがありません……っ!」


 顔を真っ赤にして拘束から逃れようとするが、影分身の力が思っていた以上に強くて叶わない。

 ルノアは何をしようとしているのかまでは理解していなくとも、それがディアナを強く傷つけることだということは分かるのだろう、声を張り上げた。


「おねえちゃんをはなすの!」

「じゃあ交換条件としようかなぁ?」

「ルノアが僕に隷属してくれるというのなら」

「このお姉ちゃんを解放してあげてもいいんだよぉ?」


 ルノアは強く奥歯を噛む。

 やがてしばしの沈黙の後、


「……わかったの」

「ルノアちゃん! ダメで――っ!」


 ディアナは口を塞がれてしまう。


「いい子だよ、ルノア」

「パパはルノアのような娘がいてとても誇らしいよ」

「パパと一緒に人間どもを支配しよう」

「そうして我々だけの王国を作るんだ」


 黒魔法によって洗脳を受けているのか、ルノアの赤い瞳から怒りの色が薄れていく。


「ルノア。誰が君のパパなのか分かるかい?」

「……わかるの。パパは……あくまなの。ルノアはパパといっしょに、にんげんをしはいするの」

「っ!」


 こくりと頷きながら口にしたルノアの言葉に、ディアナは息を呑む。


「ああ、本当にいい子だねぇ、ルノア」

「それにしても、この娘は良い繁殖牝馬になりそうだ」

「っ!?」

「あははははっ! まさか、あんな約束を護るとでも思ったのかい?」

「悪魔が約束を護るはずないじゃないか」

「君にはぜひ僕の子を孕んで、ルノアの妹を産んでもらわないとねぇ」

「なぁに、心配はいらないさ。僕は今まで何人もの人間の女を孕ませてきたから、ちゃんと気持ちよくさせてあげるよ」


 その悍ましさに、ディアナは思いきり顔を歪める。


「もちろん一人だけじゃ勿体ない。継続して何人も産ませて――」



 パリイイイイイイイイイイインッ!!!



 突然、凄まじい破砕音が鳴り響いた。


「「「……は?」」」


 悪魔たちが一瞬、呆けたように言葉を失う。


「い、いやいや、何が起こったんだい?」

「僕の結界が破壊された?」

「そんなこと、あり得ないだろう」


 今のはどうやら結界が破壊された音だったらしい。

 そして彼らの口振りからするに、かなり予想外の事態のようだ。


 ディアナはすぐにそれを成した人物が誰なのか理解する。

 戻って来てくれたのだ。


「ったく、何で勝手に人んちに結界貼ってるんだよ」


 そんなことを言いながら戦場と化していたリビングに入って来たのは、レイジだった。




   ◇ ◇ ◇




 ミアという名のルノアによく似た少女――というか、恐らくルノアの姉だろう――と別れた後、俺は転移魔法でクラン本部に戻ってきた。


 そしてすぐに何者かが四階に結界を貼っていることに気付いた。

 クランがやたらと騒がしく、そちらの方も気にはなったが、とりあえずは上のことから対処した方が良いと直感的に理解し、すぐさま四階へと移動。


 かなり強固な結界ではあったが、ニーナが作ってくれたオリハルコン製の剣で思いきり斬り付けると、思っていたより簡単に破壊することができた。

 まぁ別に転移魔法を使ってもよかったんだがな。


「ったく、何で勝手に人んちに結界貼ってるんだよ」


 そうぼやきつつリビングに足を踏み入れると、そこに赤い髪の男が沢山いた。


「一体何者?」

「僕の結界を破るなんて……」

「しかもたったの一撃で……」


 こいつらはすべて影分身のようだ。

 だがかなり実体に近い。

 その影分身たちにディアナが拘束されているが、レベル70の彼女を封じていることから考えても、影分身の一体一体が相当な力を有していることが分かる。

 相当な闇魔法の使い手でなければこんな真似はできないだろう。


「ま、闇だから光には弱いんだけどな」


 俺が光魔法を使うと、室内に太陽が降臨したかのような凄まじい光量が満ちた。


「光魔法っ!?」

「しかも何という魔力量……っ!」

「か、影分身が……」

「消えていく……っ!」


 十体近くいた影分身たちが綺麗さっぱりと姿を消した。


「ごほっ、ごほっ……れ、レイジさん……っ!」


 拘束から解放されたディアナが咳き込みながらその場に膝を付く。


「大丈夫か、ディアナ?」

「こ、怖かったですぅぅぅっ!」

「うおっ?」


 思い切り抱き付いてこられた。


「ふえええんっ! もう少しで大切な処女を奪われるところだったんですよぉぉぉっ! レイジさんが早く奪ってくださらないからぁぁぁっ!」

「泣きながら変なこと口走るなよ!? あと、今はまず奴を倒すのが先だ」

「……あ、悪魔の本体がいない?」


 ディアナも気づいたように、リビングにあの影分身たちの本体の姿がどこにも無かった。


「別の場所に隠れてるんだよ。ここにいたのは全部分身だ」

「ど、道理で幾ら斬っても倒せない訳ですよ!」


 本体は屋上にいるようだ。

 俺の探知系のスキルに反応がある。


「……いかせないの」

「ルノア」


 屋上に向かおうとするが、そこに立ち塞がったのはルノアだった。

 黒魔法によって精神を操られているのだろう。


「ルノアちゃん……」

「心配するな。あいつを倒せば解けるはずだ」

「だから、パパのところにはいかせないの!」

「スラいち、彼女を拘束しておいてくれ」

『ぷるぷるっ!』

「っ!?」


 俺の指示に応じて、秘かに背後から接近していたスラいちがルノアに飛び付く。

 さきほど結界の外で中に入ることができずにぷるぷる震えているところを発見し、合流したのである。


 ルノアは転移魔法で逃れようとするも、その前にスラいちが魔力を吸収してしまうため、魔法を発動することができない。

 念のためディアナも残して、俺は屋上へと移動した。


 そこにいたのは赤い髪の悪魔だ。



アーセル

 種族:悪魔族

 レベル:121

 スキル:〈火魔法+10〉〈水魔法+6〉〈風魔法+6〉〈土魔法+7〉〈氷魔法+7〉〈黒魔法+10〉〈闇魔法+10〉〈召喚魔法+9〉〈雷魔法+10〉〈時空魔法+8〉〈回復魔法+8〉〈結界魔法+8〉〈無詠唱+10〉〈魔力吸収+8〉〈魔力操作+10〉〈物攻耐性+8〉〈毒耐性+6〉〈痛覚軽減+6〉〈炎熱耐性+8〉〈寒冷耐性+8〉〈魔法耐性+10〉〈自然治癒力+8〉〈魔力探知+10〉〈気配察知+6〉〈統率+6〉〈限界突破+5〉〈翼飛行+10〉〈性技+10〉

 称号:悪魔公爵



 悪魔公爵アーセル。

 ルノアの本当の父親である……が、そんなことはどうでもいい。


「ルノアはもう俺の信じ――娘だ。今さらのこのこ現れても遅いんだよ」

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