第137話 失敗作
「失敗作は処分しないとねぇ」
男は薄笑いを浮かべていた。
その本性を知り、ルノアは強い怒りを覚える。
「……かえりうちにするの」
ルノアは上級の雷魔法を連射する。
室内に連続して激しい爆音が轟いた。
だが男はそのすべてを手のひらで受け止めてしまった。
「てに、すいよせられたの?」
「魔力を操作する力があればそれくらい容易いことさ」
しかも高い〈魔法耐性〉を持っているせいか、まるで効いている様子はない。
「それにしても、その歳でなかなか高レベルの魔法を使うじゃないか。コントロールも悪くないね。だけど、まだまだ常識的な使い方に捕らわれているようだ。少し、パパがお手本を見せてあげよう」
直後、複数の雷撃が四方八方へと撃ち出された。
それらは網を広げたかのように部屋の天井や壁を覆い尽くす。
「どうだい? 結界みたいでなかなか面白いだろう? そしてこれをこうすれば――」
雷の網がルノア目がけて一気に狭まってくる。
「逃げることができない雷の檻の完成さ」
「テレポートなの」
「へえ?」
だがルノアは転移魔法を使い、その檻から逃れていた。
「まさか、もう転移魔法まで使えるなんてねぇ」
「っ!?」
転移したルノアの背後から男の声がした。
「だけど転移する先が丸分かりさ。発動する直前にその場所をガン見しちゃってるからねぇ」
先回りされたのだ。
ルノアはハッとして振り返るが、その前に凄まじい風によって吹き飛ばされていた。
壁に思いきり叩きつけられそうになるが、
『ぷるぷるぷるっ!』
間にスラいちが入り込んでクッションになってくれた。
「ありがとうなの」
「なかなか面白い魔物を飼っているじゃないか」
「スラいちはともだちなの!」
『ぷるぷる!』
スラいちが男に躍り掛かった。
魔法攻撃は効かなかったが、先ほどスラいちが噛み付いたときは手を負傷していたし、物理攻撃には弱いのだろう。
となれば、スラいちの接近戦は有効かもしれない。
だが男に飛びかかる寸前で、スラいちの姿が掻き消える。
「スラいち!?」
転移魔法を使ってどこかに飛ばされてしまったのだ。
「これで邪魔者はいなくなったねぇ」
この部屋には強固な結界が張られていた。
先ほどから大きな音を立てているというのに、誰も助けに来てくれないのはそのせいだ。
「これでも、くらうの!」
超級雷魔法――雷神鉄槌(トールハンマー)
それは現在のルノアが放てる最強の魔法だった。
当然こんなところで発動したら部屋が黒焦げになるはずだが、今はそれを気にしている場合ではない。
男が張っている結界もあるし、特殊な建材でできてもいるので、それでも黒焦げ程度で済むだろう。
膨大な魔力が収束していく。
「無駄さ」
「っ!?」
だが突如として魔力が四散した。
「魔力を操作することができれば、こんなことだって可能なんだよ。それにしても、こんなに相手が近くにいるときに超級魔法を撃とうとするなんてねぇ。無詠唱とは言え、一、二秒は無防備になってしまうだろう? どう考えても致命的な隙だよ。戦い方が拙いのは所詮まだ子供ということかな」
男によって発動前に強制的にキャンセルさせられたのだと悟り、ルノアは唖然とする。
上級魔法は効かず、超級魔法は発動すら許されない。
恐らく黒魔法も通じないだろう。
さらにルノアは魔法戦以外はからきしだ。
せめて、もっと距離を取れる外なら……
「まさか、逃げられるとでも思ったのかい?」
「っ?」
転移魔法を使おうとしたが、それすらもキャンセルさせられてしまった。
逃げることもできないのかと、ルノアは歯噛みする。
「さて。そろそろパパによる教育はお終いだ。これでよく分かっただろう? どう足掻いてもパパには勝つことができないってねぇ」
「……」
「最後のチャンスを上げよう。今から大人しく僕に隷属するというのなら、命は助けてあげようじゃないか」
「そんなことするなら、しんだほうがいいの」
ルノアは即答した。
男はまるで意に介した様子もなく、頷く。
「そうかい。……じゃあ死ね」
そのときだった。
凄まじい轟音とともに、結界が僅かに揺らいだのは。
さらに連続して大きな音が響く。
その度に結界が揺らいでいた。
「へぇ、まさか僕の結界にこれだけの衝撃を与えるなんて」
しかし男は余裕だ。
結界が破られることはないと確信しているのだろう。
破壊するのを諦めたのか、やがて結界の揺らぎが収まった。
だが次の瞬間、男が眉をひそめる。
「転移魔法? まさか他にも使える奴がいたとは……」
「ルノアちゃん!」
結界の中に転移魔法を使って乱入してきたのはディアナだった。
「おねえちゃん!」
「大丈夫、ルノアちゃん!? 急にこの部屋に入れなくなって……なるほど、こいつのせいですね」
ディアナが男を睨みつける。
「……一体、何者ですか?」
「もしかしてルノアのお友達かな? どうも初めまして。僕はルノアのパパだ」
「ルノアちゃんの、パパ……?」
眉をひそめるディアナ。
その背後に隠れながら、ルノアが首を左右に振った。
「ちがうの。あんなの、パパじゃないの。パパはパパだけなの」
「……なるほど」
ディアナは状況を大よその理解した。
目の前の男――悪魔こそが、現在この王都で起こっている事件の元凶に違いない、と。
恐らく刀華の報告にあった、ルノアとよく似ているという人物はこの男の配下であり……人間の女性に産ませた娘なのだろう。
ルノアもまたその一人。
だからこうして、娘を利用しようと自ら彼女の元へと姿を現したのだ。
しかし現在の様子から察するに、ルノアはそれに抗い、交戦していたのだろう。
部屋の中に戦った痕があることからもそれは明らかだ。
「よく頑張りましたね、ルノアちゃん」
ディアナはルノアの赤い髪を撫でてやりつつ、宣言した。
「今さらのこのこ現れて父親面しても無駄です。すでにルノアちゃんにはわたくしたちがいますから」
「……なるほど、オリハルコン製の剣か。道理で。さすがにあのまま斬り付けられ続けていたら、いつかは結界が破壊されてしまっていただろうねぇ」
悪魔は平然とディアナの持つジークラウスの剣を鑑賞している。
「はあああっ!」
ディアナは裂帛の気合いと共に悪魔へと躍り掛かった。
その場に突っ立っているだけだった悪魔の、右肩から左脇にかけてを一気に斬り裂く。
だが手応えがおかしい。
「っ……影分身ですか」
斬り裂いたそれが黒い霧と化して消え去る。
「僕は物理攻撃には」
「弱くてねぇ」
「こうして」
「攻撃を躱す術は」
「必須なのさ」
気づけば複数に増えていた。
一体だけが本体で、あとはすべて影で生み出した偽物だろう。
見た目はもちろんのこと、気配などでもまるで見分けが付かない。
「ルノアちゃん、分かりますか?」
「……だめなの。まりょくも、くべつがつかないの」
魔力探知に長けたルノアでさえ、判別が付かないという。
「それならすべて斬り捨てるだけです!」
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