第136話 本物
戻ってきた刀華から報告を受けたディアナは、予想外のことに耳を疑っていた。
「ルノアちゃんと、そっくりの人……?」
刀華は、うむ、と神妙に頷いて、
「本当によく似ていた。年齢は二十歳手前くらいだろうか」
「もしかして、ルノアちゃんのお母さんとかでしょうか?」
「いや、それはないはずだ。確か、彼女はすでに母君と死別しているはず」
ディアナも聞いたことがあった。
母親が病死し、一人になっていた彼女が、聖ディーナルス教国の聖騎士たちのよって処刑されそうになっていたところをレイジたちが助けたのだと。
もちろんディアナは、ルノアが人間と悪魔のハーフデーモンであることも知っている。
「恐らくあの女性もハーフデーモンだろう。頭に生えた角も確認できた」
「ルノアちゃんと同じように黒魔法に長けているなら、確かにあれを引き起こすことも不可能じゃないかもしれませんが……」
しかしそれでも単独では難しいだろう。
他に仲間がいるの可能性は高い。
「ルノアちゃんはどうされてます?」
「一応、スラいちが一緒にいてくれている。彼女の様子からは、犯人が自分とよく似ていたことをそれほど気にしているようには見えないが……」
「……そうですか。いずれにしてもルノアちゃんは、ここで控えておいて貰った方がよさそうですね」
「それがいいだろう」
刀華は引き続き犯人の捜索に当たることとなった。
ただし相手が転移魔法を使えるとなれば、捕縛するのも容易なことではない。
「……レイジさん、早く戻ってきてください」
ディアナは小さく呟いた。
◇ ◇ ◇
ルノアはクラン本部四階のリビングにいた。
ソファに腰掛け、仲の良いスラいちを膝の上に抱えている。
『ぷるぷるっ?』
「だいじょうぶなの。ちょっとかんがえごとしてただけなの」
身体を揺らしてどこか不安げに見上げてくるスラいちに、ルノアは心配ないと首を左右に振った。
しかし考えごとというのは他でもない。
先ほど遭遇した女性のことだ。
転移魔法を使って逃げた彼女が、自分とよく似た容姿をしていたことに気づかないルノアではない。
あの女性は一体……
と、そのときだった。
背後に魔力が収束する気配を感じたのは。
誰かが転移魔法で現れようとしている。
ディアナは下の階にいるため、わざわざ転移魔法は使わないだろう。
だとすればレイジが戻って来たのかもしれない。
ルノアは立ち上がって彼を出迎えようとした。
しかし次の瞬間、そこに現れたのは見知らぬ人物だった。
男だ。
だが髪を長く伸ばしており、その端正な顔立ちや細身の身体つきから、かなり中性的な雰囲気がある。
「ああ、ルノア、会いたかったよ。久しぶりだねぇ。こんなに大きくなって」
いきなり親しげに話しかけられる。
「っ?」
男の言葉にルノアは当惑した。
過去の記憶を遡ってみるが、会ったことなどないはずだ。
するとそんなルノアの内心を察したのか、男は少し悲しげに眉根を寄せた。
「……覚えてないのも無理はないね。なにせ今の今まで、迎えに来て上げることができなかったのだから」
「あなたは、だれなの?」
ルノアは恐る恐る問う。
男は言った。
「ルノア、君のパパだよ」
「っ……?」
ルノアは息を呑んだ。
「ずっと探していたんだ。君はなぜかサントールにいなかったからね。ママは……ライアのことは残念だったよ。もし僕がいれば、助けてあげられたかもしれないのに……」
ライアというのは、ルノアの母親の名前だった。
ルノアを残して病気で死んでしまった。
いつも優しくて、ルノアの大好きだった母親だ。今でも目を閉じれば、その笑顔がすぐに瞼の裏側に浮かび上がってくる。
貧しい家だった。
毎日朝早くから夜遅くまで、お金を稼ぐために必死に働いていた。
それでも彼女はいつも笑顔を絶やさなかった。
そしてよくルノアに言い聞かせてくれていた。
いつかきっと、パパが迎えに来てくれる、と。
……本当は、ルノアも理解していた。
レイジがそのパパではないことくらい。
それでもルノアのことを本当の娘のように可愛がってくれているし、ルノアも本当の父親のように慕っている。
だからほとんど頭の奥へと押しやってしまっていた。
もしかしたら、いつか本物が現れる日がくるかもしれないという考えを。
「……ほんとうに、ルノアのパパなの?」
「そうだよ。これがその証拠さ」
男が自らに施していた魔法による隠蔽を解除する。
すると現れたのは、ルノアと同じ赤色の頭髪だった。
そして頭部の角に、背中の翼。
加えて、それらはいずれもルノアの特徴とよく似ていた。
「ルノア、今まで辛かっただろう?」
男が痛ましげな表情で聞いてくる。
「悪魔の血を引いているというだけで、人間たちから酷い目に遭わされてきただろう?」
「あく、ま……」
「知っているんだよ。まだ年端もいかない子供だというのに、君が処刑されそうになったことを。君のママだって、村の人間たちのせいで病気が悪化して死に追いやられてしまったんだ」
「……」
男の言葉に呼び覚まされるのは、当時の記憶。
同時にルノアの胸の奥から、黒い感情が湧き上がってくる。
「だけど、もう安心だよ。僕が来たからには。これからは君を守ってあげる。もう辛い思いをしなくていいんだよ、ルノア。――さあ、おいで」
男がルノアに向かって手を差し出してきた。
ルノアは小さな手を伸ばそうとして、
『ぷるぷるッ!!!』
いつの間にかルノアの服の一部に擬態していたスラいちが、口部を伸ばして男の手に思いきり噛み付いていた。
「っ!? 貴様っ!」
手から血を噴き出しながら、男が慌てて飛び下がる。
そこでルノアはハッと我に返った。
「……くろまほう、つかってたの」
男が自分を洗脳しようとしていたことに気が付き、ルノアは鋭く相手を睨み付けた。
スラいちも警戒心を露わにぷるぷると震えている。
男が再び黒魔法を使ってきたが、今度は先ほどのようにはいかない。
不意打ちでさえなければ、十分に耐えられるものだ。
「どうして抵抗するんだい、ルノア? 僕は君のパパなんだよ?」
「パパはむりやりなんてしないの」
「ちょっと人間への恨みの感情を思い出させてあげようとしただけさ」
「そんなひつようはないの。ルノアは、にんげんなの」
「ははは、何を言っているんだい? 君は僕の子供で、僕と同じ悪魔さ。正確には、僕と人間の間に生まれたハーフデーモンだけどねぇ。今は隠蔽しているようだけれど、この頭の角や背中の翼、そっくりだろう?」
「……でも、ルノアはにんげんなの」
ちっ、と男はあからさまに舌打ちしてみせた。
「……まったく、面倒な子だねぇ。こんなところにいるからその可能性はあると思っていたけれど……。才能はあるのにこれじゃあ使えない。せっかく作ったのに……とんだ〝失敗作〟だね」
「っ!」
本性を現した男の言葉に、ルノアは強い憤りを覚える。
「……どういういみなの?」
「そのままの意味さ。そこらの悪魔なんかより、僕の血を継いだハーフデーモンの方がよっぽど優秀な配下になるからね。だから僕は、人間の女を誑かせては僕の種を植えつけていたのさ。おっと、まだ子供にはこの手の話は早いかなぁ?」
「ママのこと、すきじゃなかったの?」
「あはははっ、人間の女なんて子供を産むためのただの道具に決まっているだろう? だけど馬鹿だよねぇ、どいつもこいつも僕に愛されていると勘違いしてさぁ」
「ゆるせないのっ!」
ルノアの怒声。
それと同時に、鋭い雷撃が男に襲いかかっていた。
だが男は軽く右腕を掲げただけで、その雷撃を防いでしまう。
そして口端を歪めて言ったのだった。
「失敗作は処分しないとねぇ」
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