第135話 悪魔公爵の娘 2
ディアナはクラン本部の屋上からその光景を見ていた。
確かに大勢の人たちが大通りを進み、真っ直ぐ王宮へと向かっている。
ざっと見渡すだけで、恐らく千人、いや、二千人はいるだろう。
騎士が制止しようとしているが、まるで止まる様子はない。槍を突きつけても無反応なので、騎士たちとしてもどうしていいのか困っているようだった。
「……一体、彼らは何が目的なのですか?」
「分かりません。何かを要求している訳でもないようです」
「意味が分かりませんね……」
眉根を寄せて、ディアナは考え込んでしまう。
デモ行進であれば、普通は何かしらの目的を持って行うものである。無目的で、しかもあれだけの数が集うなどあり得ないことだった。
「くろまほうなの」
と、背後から聞こえてきたのはルノアの言葉だった。
「黒魔法、ですか?」
「そうなの。たぶん、あやつられてるの」
言われて見れば、行進中の人々はどこか目が虚ろだ。
感情が窺えず、とても正気のようには思えない。
「となると、魔法を使っている犯人がどこかにいるということですね」
何の目的なのかは分からない。
だがあれだけの数を一度に操るとなると、並の使い手ではないだろう。
いや、そもそも一人なのだろうか。
「きっと、ふくすういるの」
「ありがとう、ルノアちゃん」
ディアナは礼を言ってから、他にも屋上に集まって来ていたクラン所属の冒険者たちに告げた。
「レイジさんが不在ですが、わたくしが女王として皆さんにお願いいたします。住民を操っている犯人を見つけ、捕縛してください」
「ん」
「あんたに言われるのは癪だけど、分かったわ!」
「了解だ。この状況、見過ごすわけにはいかぬ」
ジェパールに移住した者も多いというのに、それでもクランにはまだまだ大勢の第一級冒険者たち(Bランク以上)がいる。
それに今日はファンやアンジュ、刀華など、もはやSランクに匹敵する猛者たちもいた。
「ただし、くれぐれもあなたたちが操られないよう注意してください」
そして勢いよく飛び出していく冒険者たち。
魔力探知能力に長けたルノアにも、刀華とペアを組んでもらって犯人の捜索に協力してもらうことになった。
いったん転移魔法で王宮に戻ったディアナは、すぐに騎士団に指示を出した。
行進中の住民たちに危害は加えず、とにかく城の防衛に徹するようにと。
そして確認してみたが、あれを引き起こしていると思しき相手からの要求は一切来ていないらしい。
その後、再びクラン本部へ。
王宮よりもクラン本部の方が状況を把握しやすく、また素早い対応ができるとの判断だ。
今のところただ王宮に向かって行進をしているだけのようだが、いつ暴徒へと発展するとも限らない。 彼らが街中で暴れ出したら多数の被害が出るだろう。
また万一あのまま城に攻め込んできた場合、さすがに撃退しなければならない。そうなるとどれだけの犠牲者が出てしまうか、考えたくもなかった。
◇ ◇ ◇
「……かすかにだけど、まりょくをかんじるの」
「居場所まで分かるだろうか、ルノア殿?」
「すこし、むずかしいの……。とくていされないよう、いんぺいしてるの」
「……そうか」
ルノアは魔法関係において卓越した才能を持っている。
その彼女ですら、魔力を辿って犯人の居場所を探ることができないとなれば、相手はよほどの使い手なのだろう。
「だけど、もっとちかづけばわかるかもなの」
「なるほど。では移動しながら探すことにしよう」
刀華とルノアは二人で付近を探索することにした。
空を飛べば楽だろうが、そうすると目立つため相手に警戒される可能性もある。
そのため地上からの捜索だ。
黒魔法によって操られていない人たちは、通りで起こっている不気味な行進を訝しげに眺めている。
そうした野次馬たちが続々と街の各所からやってくるのだが、しばらく傍観していると、やがて自らもその行進に加わってしまうのだった。
「……ああして人を集めておいて、さらに増やしているのか」
このままではさらに数が膨れ上がってしまうことだろう。
と、そのときだ。
ルノアが何かを感じ取ったかのように、不意に顔を上げた。
「あそこなの。あのたてものの、にかい」
「っ、了解だ!」
刀華はルノアを負ぶって駆け出した。
ルノアが教えてくれた建物に突入する。どうやら元はオフィスか何かに使われていたようだが、今は廃墟と化していた。
二階へと駆け上がる。
その間、ルノアが魔法で二人の気配や姿を完全に隠蔽をしてくれていた。
ドアを開け、その部屋へ。
窓のすぐ傍。
そこに窓の外へと目を向けている人影があった。
「あいつなの」
そこで隠蔽を解除する。
ハッとしたように、その人影がこちらを振り返った。
頭にフードを被っているため、その容姿は窺えない。だが突然の闖入者に驚いているようだった。
すぐさま窓から飛び下りようとする。
「逃がさぬ!」
それを大人しく容認する刀華ではない。
一瞬で距離を詰めると、その腕を掴んだ。
そしてぐるりと身体を放り、地面に叩きつける。
あっさりと投げ飛ばすことができたことから、魔法には長けていても武術への心得はあまりないらしい。
床に投げられた衝撃で、被っていたフードが露わになった。
その容貌が明らかになる。
驚くべきことに刀華とそう大差ない年齢だろう若い女性だった。
「な……?」
刀華は思わず息を呑む。
それは彼女がある人物とよく似ていたからだ。
その人物とは他でもない、今、刀華が背負っている少女――ルノアだった。
「にげられるの!」
ルノアが叫んだ。
だが刀華はしっかりとその腕を掴んでいる。
逃げられるはずはない……と思った次の瞬間、その姿が掻き消えていた。
「転移魔法!?」
まさかそんなものまで使えるのかと、刀華は愕然とする。
しかし今さら知っても後の祭り。
犯人を逃してしまった。
……だが、今の女性は……まさか……。
◇ ◇ ◇
――ファンは今、困惑していた。
獣人特有の鋭い嗅覚。
それは単に物質的な匂いを嗅ぎ分けるというだけでなく、第六感に近い性能を発揮することがあった。
この集団洗脳事件とも言うべき出来事。
いかにも〝臭う〟場所を探っていたファンは、その犯人と思しき人物を発見してしまったのである。
フードを被って姿を隠したその人物。
まだ犯人だと確定した訳ではないが、明らかに怪しい。
いずれにしても犯人かどうかはとりあえず捕まえて事情聴取してやれば分かるだろうと、彼女らしい大雑把とも言える決断力でその人物に躍り掛かったのだった。
そして押し倒すことに成功し、そのフードを剥がしたところで、ファンは珍しく大きく目を瞠るほどに驚いてしまう。
「ルノア?」
そこにあったのが、ルノアとよく似た顔だったからだ。
だが年齢が違う。この少女はファンと同じくらいの歳……恐らく十五前後といったところだろう。
「は、離せッ! 邪魔をするな、人間めッ!」
少女は牙を剥いて怒鳴り、暴れ出した。
それどころかすぐ目の前で、強力な雷魔法をぶっ放そうとしてくる。
「えい」
「ぎゃうッ!?」
この少女が何者なのかは、クランに連れ帰って皆に考えてもらえばいいだろう。
そう即座に結論付けたファンは、とりあえず殴って気絶させることにしたのだった。
「……きゅう……」
「よいしょ」
目を回した少女を、ファンは無造作に担ぎ上げた。
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