第134話 悪魔公爵の娘

「悪魔?」

「はい。シルステル北部にあるリアの街のギルドに、冒険者から悪魔らしきものと遭遇したとの情報がもたらされたそうです。しかし現在リアのギルドにはBランク以下の冒険者しか滞在しておらず、そのためシルステルのギルドに応援要請が来たようです」


 俺が訊き返すと、彼女はこちらが求めていた内容を過不足なく教えてくれた。

 クラン本部で雇っている職員で、俺の秘書的な役割もこなしてくれている女性だ。優秀なので非常に重宝している。


「……分かった。俺が行こう」

「所長自らですか?」


 彼女は少し驚いたように目を瞠った。


「ああ。リアのギルドには俺が直接引き受けたと伝えておく。シルステルのギルドへの連絡だけ頼む」

「畏まりました」


 そして俺は転移魔法を使い、すぐにリアの街へと飛んだ。

 引き連れているのは従魔であるスラぽんだけだ。

 相手が悪魔とは言え、戦力的には俺一人いれば十分だろう。スラぽんは主に保管庫として役立つので一応付いて来てもらった。


 ……悪魔か。

〈第六感〉スキルのせいか、少し嫌な予感がする。

 他にも人材はいるが、俺が自ら出向こうと思ったのはそのせいでもあった。


 リアのギルドに赴くと、さすがにSランク冒険者が来るとは思っていなかったのか、非常に驚かれてしまった。

 わざわざギルド長が現れて、目撃情報のあった場所まで案内すると言われたが、丁重に断っておいた。ギルド長とは言え、Bランクでは足手まといになるかもしれない。


 俺とスラぽんがやってきたのはダンジョンだった。

 よくある洞窟型のもので、出没する魔物は強くてもせいぜい危険度C程度だという。


 俺は一応ギルド長から貰った地図を参考にしつつ、ダンジョンの奥へと進んでいく。


「こっちか」


 やがて目撃証言のあった場所へと辿り着く。

 だが何も見当たらない。

 とりあえず周囲を散策してみることにした。


 違和感を覚えたのは、とある岩壁の前だった。

 強力な隠蔽が施されているようだが、俺の〈神眼〉を騙すことはできない。


 岩壁があると錯覚させているだけで、実は道が先へと続いていた。

 俺は幻の壁をすり抜ける。


「ここは……」


 そこには明らかに人が生活している形跡があった。


 ダンジョン内に棲息する魔物の皮や骨なんかで作ったのだろう、鍋や皿、スプーン、それに寝床らしきものや干された衣服らしきもの、魔物を解体するための道具なんかも。

 焚火の痕もあった。


 ……あの壁の近くに生き物の気配があるな。

 ここの主だろう。

 自分を隠蔽しているようだが、やはり俺の〈神眼〉はあっさりと看破する。


 こっちを随分と警戒しているな。

 まぁいきなり寝床に侵入されたのだから当然だろう。


「心配要らない。別に危害を加えに来たわけじゃない」


 俺は先んじて声をかけた。

 息を呑むような気配はあったが、返事はない。

 沈黙が続く。


 とそのとき、不意に魔力が膨れ上がるのを感じた。

 一瞬、目眩を覚える。

 恐らく黒魔法で俺を精神操作しようとしてきたのだろう。


「無駄だ。耐性のある俺には効かないぞ」

「っ!」


 驚く気配が伝わってきた。

 やがて観念したのか、恐る恐る姿を現した。


「……ルノア?」


 俺は思わずその名を口にしていた。

 それくらい少女がルノアとよく似ていたのだ。

 赤い髪はもちろんのこと、角や翼、それに尾も生えている。

 だが年齢は目の前の彼女の方が幾らか上だな。十代半ばほどか。



ミア 14歳

 種族:ハーフデーモン

 レベル:62

 称号:悪魔公爵の娘



 まず、この少女こそが目撃情報のあった悪魔の正体だろう。

 正確には、ルノアと同じハーフデーモンだ。


 そして、あの称号――


「つまりルノアの姉妹ということか……」

「……」


 ルノアの父親に当たる悪魔公爵は、魔王に次ぐ上級悪魔だ。

 名前は確かアーセルと言っただろうか。

 様々な種族の女を誘惑しては、自分の子供を孕ませているとかいうロクでもない奴だ。


 普通の悪魔は地下世界に棲息しているはずなのだが、どういう訳かこいつだけは地上に幾度も出没しているらしい。

 いつか遭遇することがあるかもしれないと思っていたが、幸か不幸か、未だにその機会はなかった。


「……あなたは何者? ……何のために、ここに来た?」


 少女はどこか怯えすら孕んだ声で訊いてくる。

 ルノアを少し成長させたような容姿をしているが、その雰囲気はずっと暗い。そしてまるでこの世のすべてを諦めたかのような目をしていた。


 いや、出会った頃のルノアも同じような目をしていたか……。


「言った通り、危害を加えに来たわけじゃない。ただ確かめに来ただけだ。悪魔がいるという情報があったからな」

「……やっぱり殺しておけばよかった」


 少女はぼそりと呟いた。

 推測するに、彼女は遭遇した冒険者を殺さず、見逃したのだろう。

 だがそのせいで、その冒険者によって存在がギルドに伝わってしまった。


 俺は言った。


「……だが悪魔なんて、どこにもいなかったみたいだな」

「っ?」


 少女が目を瞠る。


「……わたしを、殺さないの?」

「殺す? 何でだ?」

「……村のみんなは、わたしのことを怖がっていた。……それで、悪魔なんて、出ていけって……じゃないと殺すって……」


 ミアは俯きがちに呟く。


「本当は死ぬつもりだった。……でも、いつかきっと、パパが迎えに来てくれる……。ママが言っていた言葉を信じて、今まで生きてきた」

「……そうか」


 これはルノアのときとほぼ同じパターンだな。

 

 ルノアは俺のことをパパだと勘違いしてくれたが、さすがにこの歳の少女に同じような手が使えるとは思えない。

 少しずつ警戒を解いていくしかなさそうだ。


 俺はそれからしばらくの間、彼女の話を聞いてやることにした。




    ◇ ◇ ◇




 ディアナとルノアは時々、二人でダンジョンマスターであるチロのところへと遊びに来ることがあった。


 自分をコマにできる巨大な双六をしたり、実際に魔物が出現するカードバトルをしたり。

 ダンジョンマスターの力によって、チロはこうした遊具やゲームを作ることができるのだ。

 どれも普通ではできない遊びばかりなので、ついつい時間を忘れて楽しんでしまう。


「あっ、もうこんな時間です。ごめんなさい、チロ。そろそろ帰らないといけません」

「……そう」


 チロは少し悲しげに頷く。


「チロ、バイバイなの」

「るのあ、またきてくれる?」

「うん、またくるの」

「わたくしもまた来ます!」


 名残惜しそうなチロに別れを告げて、二人は転移魔法で地上へと帰還した。

 クラン本部内の四階、居住用として利用している階へと一瞬で飛ぶ。


「ありがとうございます、ルノアちゃん。チロと遊んでくれて」

「ううん。ルノア、チロとあそぶの、すきなの」

「本当に良い子ですね、ルノアちゃんは」


 ディアナはルノアに抱き付き、ぎゅっとした。

 それがディアナも気持ちいいらしく、目を細め大人しく身を預けている。


「ディアナおねーちゃん、いいにおいする」

「ふふふ、ママと呼んでくれてもいいんですよ?」

「……」


 先日の子作り作戦が失敗に終わったが、あれくらいのことで諦めるディアナではない。

 最も可能性があるのが、ルノアに「ママ」認定されることだと考えていた。

 これはディアナの主観だが、最近はルノアも少し心が揺らいでいるようなのだ。時々、ディアナを呼ぶ際、「ま」の口まで作ってしまうことがあるのを、ディアナは決して見逃していない。


「所長、お帰りになられて――あ、失礼いたしました。ディアナ陛下とルノア様でしたか」


 リビングにクランの女性職員が入ってくる。

 優秀だということからレイジが重用していて、ほとんど秘書のような役割をしている人物である。

 ディアナは彼女にジト目を向けた。


「……レイジさんに何の用ですか?」


 もし仕事以上の何かだったら承知しませんと、内心で昏い感情を抱くディアナである。

 しかし直後に彼女の口から発せられたのは、ディアナにとっても決して他人事ではない内容だった。


「ディアナ陛下、現在、王宮に向かって市民による大規模な示威行進が起こっているとの情報が入っています」

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