第133話 ディアナのデートプラン 2

 ダンジョンの中に温泉があった。


 とは言え別段、今さら驚くようなことではない。

 海や砂漠、墓地まであるくらいだからな。

 温泉くらいあってもおかしくないだろう。


「見てください! 温泉ですよ! これは入るしかありませんね!」


 ディアナがはしゃいでいるが、どこかワザとらしい。


「安心してください! ちゃんと男女分かれてますから!」


 確かに中央には岩でできた壁があった。

 何とも不自然というか、人工的な感じがとてもする仕切りである。


 今のところ魔物の気配はないし、温泉の成分も身体に害があるようなものではなさそうだ。

 ディアナの執拗な説得もあって俺は温泉に浸かることにした。


「ああ~、なかなか良い湯加減だな」


 裸になって湯船に浸かると、思わずそんな声が漏れた。

 クラン本部にも広い浴場があるが、いつも子供たちやクランの冒険者で賑わっていて、こんな風に静かに入ることはなかなかできない。


「いいですねー、やっぱり天然のお風呂は」


 そんな声が壁の向こう側から聞こえてくる。

 ……果たしてこれは天然の温泉なのか?


「景色も綺麗です」

「確かにな」


 周囲は氷でできた洞窟だ。

 蒼く輝き、幻想的な光景が広がっていた。


「きゃあ~~~~」


 と突然、壁の向こうから随分と棒読みな悲鳴が聞こえてきた。


「魔物です! 魔物がこっちに!」


 さらにディアナはそう叫んでくる。


「あー、疲れが取れるなぁ」

「って、何でのんびりしてるんですか!? 無防備なか弱い女の子が魔物に襲われているんですよ!?」

「ディアナはか弱くないだろ」


 素手でも危険度Bくらいの魔物は瞬殺できるはずだ。


「ホワイトグリズリーならワンパンで倒せよ」

「なんで分かるんですか!? はっ、さてはこっそりどこかから覗きを……?」

「してないしてない」


 魔物が出たのは本当のようだが、せいぜいレベル40ちょっとの白熊だ。


「来てくれないならこちらにも考えがあります! そっちに逃げ込めばいいんです!」


 ディアナは名案! とばかりに言ってくる。

 直後、本当に裸体が壁を飛び越えてきた。


「ちょっ」

「ふふふっ、ここならレイジさんが助けて下さるので安心ですね!」


 微笑みながらディアナが近づいてくる。


「裸を見られてしまうのは恥ずかしいですが、今は緊急事態ですし仕方がありません! それに見られるのはお互い様ですし! 仕方がないったら仕方がないです!」

「何で嬉しそうなんだよ!?」


 怖い!

 てか、ホワイトグリズリーはどうなった?

 ……いやいや、もう死んでるじゃねぇか! 本当にワンパンで倒したっぽい。









 温泉から出て服を着た後、ディアナが白々しく言った。


「それにしても危なかったですね。まさかあのタイミングで魔物が出るなんて。レイジさんが居てくれなければどうなっていたことか……」

「……本当に〝まさか〟だよな」


 俺はウンザリと応じる。

 むしろよっぽどディアナの存在の方が危ない。


「……思っていたような展開にはなりませんでしたね……ですが、吊り橋効果で二人の関係はぐっと近くなったはず……ふふふ……」


 今もなんかぶつぶつと呟いてるし……。


「もう少し先に進んでみましょう!」


 ディアナに促され、さらに新領域の奥へと進んでいく。

 もうすでに帰りたい気分が満載だが、ここは我慢である。


 やがて俺たちが辿り着いたのは、


「なんだここは?」


 部屋だった。

 綺麗に長方形に切り取られた部屋。

 ここだけは氷でできている訳ではなさそうだ。


 なぜか部屋には大きなベッドがあった。

 ダブルベッドである。ご丁寧に枕が二つ置かれていた。


 そのとき突然、背後の扉が閉まった。

 閉じ込められた? と思った次の瞬間、さらに身体に違和感が走る。


「これは……魔法を封じられた?」


 あの男爵級の悪魔に、超級の闇魔法である暗黒領域(シャドウワールド)を使われたときと同じ感覚だ。


 さらに出口を塞いだ氷の壁に文字が浮かび上がる。


『ここを出たければ二人の愛を示せ』


 なんだ、これは……?


 いや意図は明らかだ。

 むしろ、さすがにあからさま過ぎて引くわ。


「二人の愛を示せ……一体、どういうことでしょうか……?」


 ディアナが神妙な面持ちで首を傾げて見せる。

 それから数秒と経たずに、あたかもたった今、答えに行き当たったかのように手を叩いた。


「わ、分かりました! この言葉と、あのベッド……ここから推測されるのは、恐らく一つしかありません。それはすなわち――」



「――子作りです!」



「却下」

「何でですか!? そうしないとここから出れないんですよ!?」

「ちょっと強引過ぎるだろ!?」

「何を言ってるんですかっ? そういうトラップなんだから仕方ないんです!」

「そもそもチロにそれを指示したのはディアナだろ!」

「ひゅーひゅー」

「下手くそな口笛で誤魔化すなよ!?」


 もはや開き直ったのか、ディアナは目を爛々と輝かせながら迫ってきた。


「さあ、観念してください、レイジさん! さもないと一生、ここでわたくしと過ごすことになりますよ! ……あっ、それはそれでいいかも」

「よくねぇよ!」

「何でですか! わたしくだってレイジさんの子供が欲しいんですよ! アンジュさんだけズルいです!」

「あれは別にアンジュが産んだわけじゃないだろ!」

「十五歳になったらすぐに玉座を子供に譲って、わたくしは余生をレイジさんとイチャイチャしながら過ごす予定なんです! もちろん子供は一人だけじゃなくて、最低でも五人くらいは産みたいですね!」

「そういう他人を巻き込んだ妄想未来計画は心の中だけに秘めておいてくれよ!」


 この世界の国王の中には、自分の欲望を抑えられる奴はいないのかよ!


「うぅ、こんな美少女が迫っているというのに……レイジさんはもしかして不能ですか?」

「何でだよ!?」

「ですが大丈夫です! そんな可能性もあろうかと、強力な精力剤を用意しているんです!」


 ディアナがどこからともなく取り出してみせたのは、怪しげな色の液体が詰まった小瓶だった。


・精力剤(強):飲むと性欲を抑え切れなくなり、男女問わず近くにいる相手に襲いかかる。


「ヤバ過ぎるだろその薬!?」


 しかも男女問わずって!


「ふふふ、さぁ、今すぐこれを飲んでください。大丈夫です。怖くないですよ?」


 お前が一番怖い。


 にじり寄ってくるディアナによって、俺は閉じられた扉の所まで追い込まれてしまう。


「ったく。……せーのっ!」


 俺はその扉を思いきり剣で斬り付けた。


「無駄ですよ、レイジさん! この部屋はすべて高純度のアダマンタイト製で、しかも不壊属性が施されて――――ええええっ!?」


 扉に大きな亀裂が入っていた。

 よし、壊せそうだ。


「ちょ、何で普通に斬ってるんですか!? おかしいですよ! わたくしがこのオリハルコン製の剣で斬っても、傷一つ付かないんですよ!?」

「生憎とこの剣もオリハルコン製だ。そして俺とディアナでは筋力が違う」


 三撃で扉を三角形に切り取る。

 蹴りつけると切り取った部分が向こう側へと落下し、通り抜けられるようになったのだった。







「うぅ、せっかくチロに協力までしてもらった渾身の作戦だったのに……」


 涙目になったディアナが白状しつつ大きく溜息を吐く。

 俺たちはダンジョンを出て、クラン本部へと戻って来ていた。


「ディアナ」

「……なんですか」


 声をかけると険のある声が返ってくる。

 ちょっと拗ねているようだ。

 ……別に俺は何も悪いことはしてないはずなんだけどな?


「そんなに焦るなよ。ディアナはまだ十七だろ? せめて十八になるまで我慢しろよ」

「それってつまり十八になればOKってことですかっ!?」

「さーな」

「はぐらかさないでくださいよぉっ!」

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