第132話 ディアナのデートプラン 1

 ディアナは転移魔法を使い、シルステルにあるダンジョンの最下層へとやってきていた。

 ピンクを基色として、壁や床や天井がカラフルに彩られた可愛らしい部屋である。

 その唯一の住人であるダンジョンマスターもまた、それに負けず劣らず可愛らしかった。


 青空のような色をした長い髪に、同色の瞳。

 身体は十センチほどしかなく、その華奢な四肢は触れただけで折れてしまいそう。

 背中には虹色に煌めく翅が生えていて、星屑のような鱗粉を散らしていた。


 珍しい妖精族の女の子で、名前はチロという。

 そんな彼女と親しくしているディアナは、小さな友達の傍に駆け寄るなり、


「聞いて下さいよ~~っ、チロぉ~~っ!」

『きくよ。でぃあな、ともだち。チロに、なんでも、いって?』

「レイジさんったら、わたくしという将来を約束した相手が居ながら、いつもいつも色んな女性に色目を使われてはデレデレしてるんですよっ!」

『それは、ひどい。れいじ、わるいやつ』

「チロもそう思いますよねっ! この間なんて、いきなり子供まで作ってますし!」


 盛大に愚痴をぶちまけるディアナである。

 ……事実と異なる部分が多々あるのは、この際、置いておこう。


 チロは、よしよし、と大きなお友達の頭を優しく撫でてあげながら、


『そんなおとこ、こっちからねがいさげ?』

「あ、いえ、それは、その、そういう訳にはいかないんですよ」

『どうして?』

「……す、好きだからです。レイジさんのことが」

『だめおとこなのに?』

「だ、ダメ男じゃないですよっ! 頼もしくて優しくてカッコいい方なんです!」

『? そう?』


 さっきまではあれだけ悪く言っていたのに、今度は真逆の評価が飛び出してくる。

 その辺りの複雑な機微を理解できないチロは、首を傾げるしかない。


「も、もちろん、わたくし自身に、レイジさんが他の女性に情を移そうと思えないほどの魅力がないのもいけないのですが……」

『でぃあなは、わるくない。でぃあなは、いいひと。みりょくてき』

「ふふふ、チロだって優しいです」


 ディアナは微笑んだ。


「とは言え、わたくしだって手をこまねいている気は毛頭ありません。必ずやレイジさんを完全にわたくしの虜にさせてみせます! ……とは言え、現状なかなか二人きりになる機会がないんですよね……」

『そうなの?』

「どうにかして二人きりになれれば……はっ、となると、デートしかありませんね!」


 良いことを思いついたとばかりに顔を上げるディアナ。

 もっとも、誰でも思いつきそうな案ではあったが。


「ですが問題は、レイジさんが応じて下さるかどうか……。それに邪魔者の存在も気になります。……いえ、そもそもわたくし、デートなんてしたことがないのでした。どこに行って何をすればいいのかも分かりませんね……」


 ディアナは嘆息する。


「わたくし冒険ばかりして生きてましたし……」

『ふたりきりになれば、でーと?』

「え、ええ」

『それなら、だんじょんで、でーと、すればいい。それなら、でぃあな、くわしい』

「なるほど! それは素晴らしいアイデアです! デートは未経験でも、わたくし自身が得意な場所ならば上手く立ち回ることが可能かもしれません! さすがチロです!」

『えっへん』


 小さな妖精は薄い胸を張った。


『それに、チロも、きょうりょくできる』

「ああ、チロ! あなたという友人がいて本当に良かったです!」


 二人は手を握り合う。


 その後、少々常識から外れた二人は喧々諤々、デートプランを練ったのだが――――出来あがったそれもまた、少々常識から逸脱していたのは言うまでもない。




    ◇ ◇ ◇




「レイジさん!」


 俺がクラン本部の執務室で仕事をしていると、元気よくディアナが入ってきた。


「今少しお時間よろしいですか?」

「どうしたんだ? 何か企んでいるような顔して」

「ししし、してませんよ!? い、いやですね~、わたくし、そんな小賢しい女ではありませんしぃ」


 分かり易く動揺するディアナ。

 ……どう考えても怪しい。


 俺には〈神眼+3〉に加えて、〈洞察力+8〉や〈慧眼+8〉といったスキルがある。

 隠し事をしていたら丸わかりだ。


「実はですね、王都の地下にあるダンジョンに、今までなかった新領域が出現したんですよ。ご存知ですか?」

「いや、知らなかったが……」

「そうですか!」


 そんな情報があったらすぐに入ってきそうなものだけどな。

 まぁディアナはディアナで女王として情報網を持っているだろうし、先んじられてもおかしな話ではないか。


 いや、そもそもあのダンジョンはダンジョンマスターであるチロが管理している。

 何の目的かは知らないが、彼女が新たに造り出したのかもしれない。

 ……ディアナはそのチロと仲が良いのだから、直接聞いた可能性もある。


「という訳で、ぜひ行ってみたいと思ってるんですよ!」

「そうか。頑張ってくれ」

「はい! 頑張りま――――じゃないですよ! 何のためにわざわざレイジさんに教えに来たと思ってるんですかっ!」


 ディアナが机の前まで来て声を荒らげる。

 それから呼吸を整えて、


「デー、じゃなくて、ぜひレイジさんに付いてきてほしいんです。か弱いわたくしだけでは心許ないですが、レイジさんが居て下されば百人力です」

「そうだな……」


 今のところ仕事はそれほど忙しくないし、久しぶりにダンジョンに潜ってみるのも悪くないだろう。

 ……というか、たまにはディアナの相手もしてあげないとな。


「ちょっと待ちなさい!」


 と、そこへ割り込んでくる声があった。

 アンジュだ。


「その新領域、あたしも一緒に行くわ!」


 どうやら話を盗み聞きしていたらしい。

 しかしディアナは一蹴した。


「無理です」

「なんでよっ? いいじゃないの、一人くらい加わっても」

「だから無理なんですよ」


 ディアナはどこか勝ち誇ったような笑みを浮かべて言った。



「実はその新領域、二人用なんです!」



 ふ、二人用……?

 ちょっと何を言ってるのか分からない。

 アンジュも目をぱちくりさせている。


「ふふふ、新領域には同時に二人までしか入ることができないんですよ。三人目が入ろうとしても、迷宮の不思議な力で締め出されてしまうんです」


 ……何だろう、物凄く作為的なものを感じる。


「ですので、わたくしとレイジさんの二人だけで行くしかないんです!」







 そんなこんなで、俺はディアナと一緒にその新領域があるという階層へとやってきていた。

 新領域への入り口は、第四階層の氷雪フロアにあるらしい。


「ここです!」


 ディアナの案内でやってきたそこには、氷でできた扉が存在していた。

 両開きの扉で、左右に一つずつ水晶のようなものが付いている。


「男女が二人、片手を繋ぎながらあの水晶にもう片方の手で触れるんです。そうすれば扉が開いて、この先の新領域に入ることが可能です」

「何で手を繋ぐ必要があるんだ?」

「そういう仕様なんです!」


 もはや作為しか感じない。


 仕方なく俺はディアナと手を繋ぐことにした。

 にへら、と嬉しそうに頬を緩めるディアナ。


 そして水晶に手を触れると、ゴゴゴゴ、と重々しい音を立てて扉が開いた。


「ここが……」

「新領域ですね」


 扉の向こうに広がっていたのは氷の洞窟だった。

 どこからともなく差し込む光に照らされて、キラキラと輝いている。


「綺麗ですね……」

「ああ」


 俺とディアナは思わずその光景に見惚れてしまい、揃ってその場に立ち尽くす。

 なお手は繋いだままだ。……ディアナが放してくれない。


 それから俺たちは洞窟の奥へと進んでいった。

 ほとんど一本道だ。

 迷うこともなく、しかも魔物が一切出ない。


 五分ほどは歩いただろうか。

 やがて俺たちが辿り着いたのは……池?


「……いや、これは……」


 濛々と温かい湯気が立ち上っている。

 どうやら温泉のようだ。

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