第131話 ニーナとオリハルコン 1
「失礼しますなのです! ご主人さま!」
小柄な少女がクラン本部にある俺の執務室へと入って来た。
俺のことを「ご主人さま」と呼ぶのは一人しかいない。ニーナだ。
「悪いな。わざわざ呼び出して」
「大丈夫なのです! 今は仕事もひと段落したところだったのです!」
今や〈鍛冶〉スキルが+10とカンストし、神級鍛冶師となった彼女は、クランに所属している冒険者たちの武具の製造を一手に引き受けていた。
クラン本部に新設した工房で、朝から晩までハンマーを振るってくれている。
「それで今日は何の御用なのです?」
「実はな、ニーナと一緒にある場所に行こうと思っているんだが」
「ある場所、なのです?」
そうして俺がニーナを連れてきたのは、
「ここが、かの有名なダンジョン『鍛冶師の採掘場』なのです!?」
そう。ダンジョンだった。
とは言え、通常のダンジョンとは少々趣が異なる。
ここは〈鍛冶〉のスキルを所有している鍛冶師しか入ることができないという、ちょっと特殊なダンジョンだった。
稀少な鉱物素材が手に入ることもあって、ここに挑む鍛冶師は後を絶たない。
しかし当然、鍛冶師は必ずしも戦闘能力に長けている訳ではない。
だというにこのダンジョンは難易度が高く、そのため毎年、多くの鍛冶師が無謀な挑戦をして亡くなっていた。〈鍛冶〉スキルの所有が入る条件なので、なかなか力のある護衛を雇うことができないというのも、それに拍車をかけているようだ。
「ニーナも一度でいいから来てみたかったのです! だけど、どうして急に?」
普段、必要な鉱物があれば、俺がこのダンジョンで取ってくることもあった。
俺も〈鍛冶〉スキルを所有しているため、中に入ることができるのだ。
「それは後で分かる。準備はいいか?」
「は、はいなのです!」
「と言っても、基本的には俺が戦うからニーナは付いてきてくれるだけでいいんだけどな」
それにしてもいつ以来だろうか。
こうしてニーナと二人きりで冒険をするのは。
最近、彼女には鍛冶に集中してもらっているので、一緒に冒険をする機会すらほとんどなかった。
そして俺はニーナとともにダンジョン内へと足を踏み入れる。
入り口に特殊な結界が張ってあるようで、もし〈鍛冶〉スキルがなければそこで弾き出されてしまうのだ。
遺跡めいた雰囲気のダンジョンだった。
カビと石の匂いが辺りを漂い、薄暗い通路にかつかつと足音が反響する。
浅い階層に出現するのは、主にレベル20前後のアイアンゴーレムだ。
普通の鍛冶師では苦戦するだろうが、俺の敵ではない。レベル34のニーナでも倒せる相手だ。
倒すと純度の高い鉄鉱石が手に入るが、今の俺達にはあまり必要がない。
サクサク進み、さらに深く潜って行く。
やがて出現するようになるのは、ミスリル製のゴーレムである。
ミスリルゴーレム
レベル:38
スキル:〈突進+5〉〈自己修復+5〉
ただし正確にはミスリルでできている訳ではない。
その原料となる聖銀鉱だ。
そして身体の部分によって純度の高いところと低いところがあって、低純度の聖銀鉱は加工に労力がかかり過ぎるため価値があまり高くない。
心臓部が最も高品質なので、倒したらそこだけ刈り取っておく。
もっと奥へと入ると、今度は超硬鉱、すなわちアダマンタイト製のゴーレムが現れ始める。
アダマンタイトゴーレム
レベル:60
何のスキルも持っていないのだが、とにかく硬い。
レベルでは圧倒していても、お陰で倒すのに時間がかかってしまった。
俺の武具がニーナの作ってくれたアダマンタイト製でなければ、もっと大変だっただろう。
「すごいのです! こんなに純度の高い超硬鉱が手に入ったのです!」
アダマンタイトゴーレムから入手できた超硬鉱を掲げ、ニーナが無邪気に喜んでいる。
「いつも加工するところからなので、こうして素材が手に入るところを実際に目にするのは初めてなのです!」
「だが今日の目的はそれじゃないぞ」
「違うのです?」
さらに奥へと進んだ俺たちが辿り着いたのは、荘厳で巨大な門だった。
「ここは……?」
「ニーナ。ここから先はお前一人で行ってもらうことになる」
「はいなのです! …………………ふぇっ!?」
俺が神妙に告げると、ニーナは最初は意味が理解できなかったのか、一拍置いてから頓狂な声を上げた。
「むむ、無理なのです! ここまでだって、ご主人様がいたからこそ来れただけで、ニーナ一人だと厳しかったのです! ましてや、この先はさらに難度が高そうなのです!」
「この扉の向こうには恐らくボスモンスターもいる」
「なおさら無理なのです!?」
もちろんそんなことは俺も分かっている。
ニーナの今のレベルは34。シルステルの王都を拠点とするようになって以降、鍛冶に専念していたため、今だCランク冒険者だ。
鍛冶師としては十分な強さだが、このダンジョンのレベルには太刀打ちできない。
だが生憎、この扉を開けて中に入ることが可能なのは、神級の鍛冶師――すなわち、〈鍛冶〉スキルがカンストした者だけなのだ。
無論、〈賜物授与〉で譲渡している分を引き上げれば、俺もカンストさせることが可能ではある。
しかしこの先にある素材は、ぜひともニーナ自身の手で入手してほしかった。
「安心しろ、ニーナ。俺に秘策があるから」
一つは〈賜物授与〉を使って、俺の経験値と熟練値の大半をニーナに譲渡してやるという方法だ。
ただそうすると、俺の方が完全に無力になってしまう。
もし魔物が現れたら太刀打ちできない。
ではどうするか。
……と、その前に、〈賜物授与+2〉から〈賜物授与+3〉へとスキルアップしたことで、どんな変化があったのかについて説明しておきたい。
Q:〈賜物授与+2〉って?
A:経験値、および熟練値を信者に譲渡することができる神固有のスキル。譲渡した分を取り戻すことも可能。離れていても対象を思い浮かべることで譲渡可能。
これが+2の能力だった。
そして〈賜物授与+3〉になったことで、もう一つできることが加わった。
Q:〈賜物授与+3〉って?
A:経験値、および熟練値を信者に譲渡することができる神固有のスキル。譲渡した分を取り戻すことも可能。離れていても対象を思い浮かべることで譲渡可能。信仰度100%の信者に限り、一定時間、経験値および熟練値を減らさずに譲渡することが可能。
これまで俺は能力を譲渡する際、譲渡した分だけ俺の能力が減ってしまっていた。
だが信仰度100%の信者であれば、時間制限はあるものの、そうしたこともなく能力を譲渡することが可能らしいのだ。
もっとも、ニーナの現在の信仰度は95%である。
あと5%足りない。
そもそもかなり前に95%まで到達しているにも関わらず、そこから全然上がる気配がなかった。
これには明確な理由がある。
Q:信仰度を100%にするには?
A:神であることを明かし、信仰してもらう必要がある。
そう。
信仰度100%の信者にするには、俺が神であると信じてもらわなければならないのだ。
そして、もし最初に真実を明かすとすれば、それは一番に俺の信者になってくれたニーナ以外にはあり得ない。
俺はずっとそう思っていた。
……今の今まで言えずにきてしまったが。
「ニーナ。お前に話しておかなければならないことがある」
「……は、はい、なのです……?」
真剣な口調で切り出すと、その気配が伝わったのか、ニーナは戸惑いながらもぴしっと背筋を伸ばす。
そして俺は話し始めた。
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