第130話 アンジュ、ママになる? 3
「まま、まま」
「ちょ、ちょっと! くすぐったいってば!」
蒼氷色の髪の女の子にぺろぺろと頬を舐められ、アンジュが悲鳴を上げる。
完全に懐かれてしまっているな。
しかしただの女の子ではない。
伝説の魔獣と言われるフェンリルの子供だった。
フェンリル 5歳
レベル:43
スキル:〈噛み付き+3〉〈人化+2〉
称号:伝説の魔獣
すでにレベルが40を超えているのだが、これは人間の赤ん坊とは違い、母体内にいる時点である程度成長してから生まれてくるせいだ。
フェンリルに限らず、動物や魔物では決して珍しいことではない。
Q:フェンリルも母体から産まれてくる? 進化とかじゃなくて。
A:進化することもあるが、主に胎生。また、単為生殖も可能。
親が育児放棄することも多いらしいが、子供は一人で勝手に育っていくらしい。
「その割にママにべったりだけどな」
アンジュのことを母親だと思い込んでいる様子だ。
もちろん個体差もあるだろうが、人間の赤ん坊以上に懐いている。
「何をしたんだ?」
「何をって……怪我をしてたから治してあげたのと、あとはキングトロルをやっつけたことくらいかしら?」
「刷り込み効果みたいなものかもな」
そのとき、フェンリル少女が俺の方を見て言った。
「ぱぱ」
「え? 俺のこと?」
いきなりそんな風に呼ばれ、面食らう。
女の子はぶんぶんと首を縦に振って、
「ぱぱ、まま」
俺とアンジュを順番に指差した。
アンジュの顔が見る見るうちに真っ赤に染め上った。
「ああああっ、あたしたちがパパとママだなんて……っ! そんなの……うへ、へへへへ……」
否定しながらも頬がだらしなく緩んでいる。
……かなり嬉しそうだ。
「フェンリルにそういう概念が理解できるのか?」
「も、もしかして、さっきのあの家族を見て覚えちゃったのかしら……?」
いずれにしても、この子をここ――ファースの街に置いておくわけにはいかないな。
「……こ、この子、連れて帰っちゃっても大丈夫かしら?」
アンジュが恐る恐る訊いてくる。
その不安が伝わったのか、フェンリルはギュッとアンジュの胸にしがみ付いた。
「まぁ、うちにはすでに二匹ほど危険度Sのドラゴンもいるしな」
伝説級の魔物が一匹増えたところで問題ない。
まだ子供なので、ちゃんと面倒を見ないといけないだろうが。
転移魔法を使い、フェンリルも連れてクラン本部へと戻った。
「ふわぁ、とっても可愛いのです!」
「ん」
「ルノア、おねえさんになったの」
「ほほう、フェンリルの子供とはまた珍しいのう」
リビングでアンジュが抱っこしていると、興味津々でみんなが近づいてくる。
フェンリル少女はあまり人見知りしない性格のか、円らな瞳で彼女たちを見返していた。
「しかし驚いたぞ。アンジュ殿が娘を連れてきたと聞いたときはな」
「あたしも、まさかこんなに早く娘ができるなんて思ってもみなかったわ」
そう言いながら、まんざらでもなさそうにアンジュはフェンリルの髪を撫でている。
「……これはもう、この子のためにもちゃんと籍を入れるしかぶつぶつ――」
アンジュが何かとんでもないことを呟いているんだが……。
「そうだわ。名前を付けないといけないわね」
「なまえ?」
「ふふ、あなたの名前よ。……え? パパに付けてもらいたいのね?」
いや、そうは言ってないよな?
アンジュが俺を見てくる。
「……という訳だから、何かこの子の良い名前はないかしら?」
何かじわじわと外堀を埋められつつある気がするんだが……まぁいい。
「リル、とかはどうだ?」
「リル! 良いわね! どうかしら?」
「?」
「パパが付けてくれた名前、気に入ってくれたみたいね!」
今、首傾げてましたやん。
しかもちゃっかり「パパが付けてくれた」という部分を強調するアンジュである。
「……り、リルは、弟とか妹とか、欲しくないかしら……?」
「おとうと?」
「そ、そう! 欲しいわよね!? ね!? ね!?」
「……」
リルはよく分からないという顔をしたまま頷いた。
……今、無理やり頷かせただろ。
「そそそ、それなら、パパに頼んでみないとだめね……っ!」
茹蛸のように顔を赤くしながら言うアンジュ。
と、そのときだった。
「どういうことですかぁぁぁぁっ!? レイジさんとアンジュさんの間に子供ができたってぇぇぇっ!」
一体どこでその話を聞きつけて来たのか、ディアナが怒声と共に部屋へと転移してきた。
涙目の彼女に、アンジュはリルのことを勝ち誇ったように紹介した。
「この子はリルよ。ほら、リル。パパは誰?」
「ぱぱ」
リルは小さな指で俺を差してきた。
「じゃあママは?」
「まま」
今度はアンジュの顔を指差す。
ディアナは頭を抱えて叫んだ。
「ほんとにできてますううううううううううううううっ!?」
「いや、落ち着けよ、ディアナ。こんな大きな子供がいきなり生まれてくるわけないだろ」
「ということは、もっと前からできていた……?」
「何でそうなる……」
愕然とするディアナに、俺は半眼を向ける。
「この子はフェンリルの赤ん坊だ。アンジュが拾って来たんだよ。そしたらなぜか俺のことをパパと呼んで、アンジュのことをママと呼び出したんだ」
「はっ、そんな手もあったんですね……っ!? くっ、こうしてはいられません! わたくしもすぐに子供を拾ってきてパパママと呼ばせなければ……」
それは普通に犯罪だろ!?
女王が誘拐犯になったら大問題だぞ……。
「もしくは下の階にいる孤児院の子供に教え込んで……」
それも絶対にやめてくれよ?
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