第127話 父と娘 3
「あー、負けちゃったわっ!」
試合後、フィナの控室へ訊ねるとそんな声が聞こえてきた。
彼女の復帰戦は、残念ながら敗北という結果に終わってしまったのだ。
「ん。でも、いい試合だった」
しかしファンが言う通り、その内容は見る者を興奮させる素晴らしいものだった。
フィナも力を付けたとはいえ、実力的にはやはりレアーディが上。
それでもまったく臆することなく、彼女は終始果敢に攻め続けた。
一方、父親に地獄の指導を受けたレアーディの方もまた、正々堂々とした戦いぶりを見せた。
相手を侮ったり見下したりすることもなく、相手の全力に対して全力で応戦していた。
結果、素晴らしい試合が演出されたのだ。
次々と繰り出される両者の多彩な技の数々。
ぶつかり合う気迫と気迫。
観客たちは途中から思わず応援することも忘れ、見惚れてしまっていた。
負けてはしまったが〝剣舞姫復活〟という強烈な印象を与えたはずだ。
フィナが悔しげにしながらもどこか晴れやかな様子なのは、きっと本人としても手応えを感じたからだろう。
「そう? あなたにそう言ってもらえるなら戦って良かったわ」
娘の評価に、フィナは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「ん。見れてよかった」
「あなたも忙しい中わざわざ来てくれてありがとね」
「いや、転移魔法を使えば一瞬だしな」
急にファンをバランに連れて来てほしいと言われたときは何かと思ったが。
「と言っても本題はこれからだけどね」
「?」
「実はぜひあなたに会ってほしい奴がいるのよ」
誰だろうか?
と思っていたら、どこかで見たことがあるおっさんが現れた。
「がはははは! 久しぶりだな!」
この笑い方、どこかで聞いた気がするんだが……
「って、サルード!?」
髪を切って髭も剃って、身なりもちゃんとしていたからすぐには分からなかった。
「ん、臭くない」
あと、あの鼻が曲がるような悪臭も消えている。
それはともかく、何でこのおっさんがこんなところにいるんだ?
「サルードがファンの父親って、マジかそれ……」
フィナから衝撃の事実を明かされた俺は、しばし呆然としてしまった。
「ええ。マジよ」
「全然、似てないな……。てか、犬人族と人のハーフって、普通に犬人族になるのか?」
「犬人族って、昔はもっと犬の要素が強かったらしいわ。それが人族と交雑することで、今のような姿になったみたいよ」
「なるほど」
それにしても母親に似て良かったな、ほんと。
まぁ髪を切って髭を剃り、身体も綺麗にしたことで、サルードは意外とダンディなおっさんであることが発覚した訳だが……。
見た目であの二人が親子だと分かる者はいないだろうな。
その父娘は今、養成所のグラウンドで激しい剣戟を交していた。
サルードのレベルは89。
そしてファンのレベルも今や74にまで到達している。
Sランク冒険者と、超Aランク冒険者の戦い。
最初こそ、「部外者たちが何でここで……」という顔をしていた養成所の剣闘士や見習いたちだったが、今やその異次元レベルの戦闘に魅入っていた。
「がはははっ! なかなかやるではないか!」
「……ん、そっち、こそっ……」
豪快に笑うサルードに対し、少し苦しげに返すファン。
二人の様子からも分かる通り、やはり今のファンではまだサルードには及ばないようだ。
「自分が父親だってこと、何でファンに伝えていないんだ?」
「さあね。あのバカの考えることなんて、あたしには分からないわよ」
フィナは肩をすくめて見せる。
実は、ファンはまだサルードが実の父親だということを知らされていないらしい。
彼女が五歳かそこらの頃に会ったのが最後だそうで、本人も覚えていないという。
……サルードの方も気づいていなかったようだが。
「だけど、あいつもあいつなりに申し訳ないと思ってるんでしょうね。ほんと、娘のために今まで何一つしてこなかった訳だから」
だからせめて、ああやって胸を貸そうと考えたのかもしれない。
ファンより強い剣士なんて、数えるほどしかいないしな。
いつも刀華と訓練しているが、違う相手と戦うことで得られる経験値は大きい。
「いずれファンがSランクへの昇格試験を受ける時がきたら、自分が担当したいとかも言ってたわ」
「そうか」
もしかしてサプライズで「なんとオレが親父でした! がっはっは!」とでも明かすつもりだろうか。
あのおっさんならやりかねない。
……たぶんファンのことだし、「ん」くらいの反応しかしなさそうだけど。
まぁこれは彼らの問題だし、俺があえて口を出すべきではないだろう。
サルードとの訓練を終えたファンが俺のところへとやってくる。
「どうだった?」
「いい訓練になった」
「そうか。それは良かったな」
「ん」
あまり表情は変わらないが、何となく満足しているようだ。
「今日だけじゃなく、しばらくサルードのおっさんが訓練に付き合ってくれるってよ」
「ほんと?」
「ああ。俺はこれからシルステルに戻るけど、お前は養成所に泊めてもらえよ」
「そうする」
所長――ではなく、前所長で現在は相談役的なポジションにあるフィナには許可を取ってある。そもそも彼女の提案だしな。
「早くお父さんより強くなる」
「そうだな。そしたらファンもSランクに…………ん?」
何か今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がしたが……。
「ちょっと待て。今、お父さんって言った?」
「言った」
「……誰を指して?」
「あのゴリラ」
いやいや、ゴリラて。
「違う?」
「……お前、気づいてたのか?」
「ん。なんとなく。小さい頃、会ったことがあるお父さんの匂いと同じだった」
「匂いで特定したのかよ……さすが犬人族だな」
どうやら悪臭が取り払われたお陰で、幼い頃に記憶していた匂いと結びついてしまったらしい。
「……とりあえず、お前が気づいてるってこと、おっさんには内緒にしておけよ」
「なぜ?」
「そこは、ほら、なんていうか、本人の名誉のためというか……」
「? 分からないけど、分かった」
首を傾げつつも頷くファン。
「あと、本人が『なんとオレが親父でした! がっはっは!』とか言ってきたときは、頑張ってびっくりするんだぞ」
「……?」
◇ ◇ ◇
「いいの? あんたが父親だってこと、あの子に伝えないで」
「ああ。今言ったところで『ふーん、そうなの』で終わっちまうだろ?」
「それどころか『ん』で終わりそうだけど」
「自業自得とは言え、そんなの悲しいじゃねぇか! だが、オレがしばらくあいつの師匠をしてやれば、『えっ? 師匠がお父さんだったの!?』となるだろ!? がははははっ! 完璧な作戦だな!」
「……あっそう」
フィナは呆れたように息を吐く。
「そんなに上手くいくかしらね?」
「もちろんだ!」
根拠のない自信を見せるサルード。
もちろん彼はすでに娘がその事実に気づいていることなど知る由も無かった。
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