第124話 片思い三重奏 4

 ――ロディル湖沼地帯に生えている〝光輝の花〟。これは片思いを叶えてくれる魔法の花と言われています。想い人にプレゼントしながら告白すれば、必ずや成就することでしょう。ただし、自分の力で見つけなければなりません。


「……そんな都合の良い話がある訳ないだろ」


 僕は占い師の言葉を疑いながらも、そのロディル湖沼地帯へとやって来ていた。

 シルステルの王都から西に約十二キロ。

 鬱蒼とした森の中に、小さな湖や沼が幾つも点在している一帯だ。


 複雑に入り組んでいて迷いやすい上に凶悪な魔物が出現するため、一般人だと足を踏み入れるのは困難な場所。

 けれど、勇者である僕ならば問題ない。


「ウキィッ!?」


 今も木の陰から飛び出してきた猿型のモンスターを瞬殺したところだ。


「問題は、その花がどこに生えているかなんだけど……」


 あの占い師によれば、花自体が発光しているため、見ればすぐに判別できるらしい。それこそが名前の由来であるとか。


 キョロキョロと周囲を見渡しながら、沼地の奥へと進んでいく。

 ――と、


「もしかして、あれのことかな?」


 それは沼の中心にある小さな島の上に生えていた。

 花の形は牡丹に似ていて、かなり大きい。

 色は白。そして予想していたよりもずっと強い輝きを放っていて、まるでおしゃれな照明器具のようだ。


 島までの距離は五十メートルくらい。

 沼は泥が酷くて奥がまるで見えず、こんなところを泳ぐのはごめんだ。

 僕は助走を付け、島目がけてジャンプした。


「っ!?」


 突然、足元で泥飛沫が上がったかと思うと、僕を喰らわんと巨大な咢が迫って来た。

 咄嗟に〈天翔〉を使って上空に逃れる。


「こいつは……タラスク……っ!?」


 泥沼の中から姿を現したのは、巨大な亀の魔物だった。

 竜亀とも呼ばれているドラゴンの亜種で、背中の甲羅は無数のスパイク上の棘で覆われている。


 危険度は確か、A。

 沼の中にこんな魔物が棲んでいたのか……。

 まさしく亀のように頭を伸ばして、沼から数メートル上にいる僕に噛みつかんとしてくる。


「けど、僕の敵じゃない」


 僕は剣を抜くと刀身に雷撃を溜めた。雷の魔法剣だ。

 そしてタラスクの頭めがけて振り下ろす。

 その危険性を察したのか、タラスクは咄嗟に頭を引っ込めようとするが、遅い。


「~~~~~~~~~~~~ッ!!!???」


 あの硬い甲羅にダメージを与えることは難しいけど、頭部なら話は別。

 頭が真っ二つになり、タラスクが絶命する。

 ぷかりと浮かぶ大きな甲羅の上に僕は着地した。


「さて、邪魔者もいなくなったし、〝光輝の花〟を――」



「――あっ、これが〝光輝の花〟だね! 光ってるし、間違いないや!」



 そのとき響いた声に、僕は耳を疑う。

 続いて目を疑った。

 島の上に彼女がいたからだ。


「な、なんで、ここに……?」


 しかも彼女が手にしていたのは、僕が求めていた〝光輝の花〟。


「これをレイジ君にプレゼントすれば、ボクたちは夫婦になれるんだね!」


 え……?

 彼女が嬉しそうな顔で口にしたその言葉。

 それはつまり、僕の恋が最初から叶わないものだったことを意味していた。








〝光輝の花〟は手に入った。

 けれど、これはもう僕には必要のないものだ。


 なのに未練がましく、僕はこの花を摘み取っていた。

 最初から二輪しか生えていなかったため、これが最後の一輪だった。


 何が片思いを叶えてくれる魔法の花だ!

 ふざけんな!


 ぶつけどころのない怒りを、僕はこの花へとぶつけたくなってしまう。

 可憐な花びらを握り潰してやりたい衝動に襲われる。


 と、そのときだった。


「あ、あんたはっ……」


 その声に視線を転じると、今日クラン本部で会った女性がいた。

 僕を思いきり睨んできていた人だ……。

 何だこんなところに? まさか、ここまで僕を追い駆けてきたとか……?


 ここなら確かに、誰にも邪魔されずに僕を殺せるかもしれない。

 そんなに僕に強い怨みを持っているのか……。

 だけど生憎、僕は強い。そう簡単にヤられはしないぞ。


 けれどそんな僕の考えとは裏腹に、彼女は狼狽えていた。「ななな何でこんなとこに……っ? はわわわっ」と言いながら両腕をパタパタさせている。


「あっ、〝光輝の花〟……」


 彼女が僕の手の中にある花に気づいた。

 もしかしてこの人もこれが目的だったのだろうか?

 だとしたら悪いことをしたかもしれない。これが最後の一輪だったし。いや、もっと探せば見つかるかもしれないけど……。


 って、これを彼女にあげちゃえばいいのか。

 そもそも僕にはもう必要のないものだし。


「あの……これ、よかったら……」

「えっ?」


 僕が恐る恐る花を差し出すと、女性は目を見開いて驚いた。


「こ、これを、あたしに……?」


 あ、そう言えば自分の力で手に入れないといけないって占い師は言ってたっけ……?

 まぁ、いっか。


 ……それにしても、こんなことを言ったら失礼かもしれないけど、こんな怖い人が誰かに恋をしているとか、全然想像できないなぁ。


「う、嬉しい……」


 と思っていたけれど、〝光輝の花〟を受け取った彼女は、僕を睨んでいた女性と同一人物とは思えないほど、幸せそうな笑みを浮かべたのだった。

 てか、よく見ると結構な美人じゃんか!


 くそう! 誰だよ、この人の片思いの相手って! 羨ましい!

 泣きっ面に蜂とはこのことだろう。

 恋破れたばかりだというのに、さらにこんな仕打ち! 酷過ぎる!


 僕は早くこの場から立ち去ろうと、踵を返した。

 けれどそのときだった。


「ま、待ってくれ!」




   ◇ ◇ ◇




 ままま、まさか!

 まさか向こうから告白してくるなんて……っ!?


 あたしは占い師のアドバイスに従い、ロディル湖沼地帯へとやってきていた。

 この沼地に生えているという〝光輝の花〟があれば、想いが成就するそうなのだ。

 けれど散々探し回っても、それらしき花は一向に見つからない。

 さすがに諦めようかと考えたそのとき、彼とばったり出会ってしまったのだ。


 そしてどういう訳か、彼の手には〝光輝の花〟。

 もしかして彼にも片思いの相手がいて、これを探しにきたのかもしれない。

 彼が誰かに告白している光景を想像すると、あたしの胸は強く痛んだ。


 皮肉なことに、このとき初めてあたしは確信した。

 やっぱり好きになってしまっているのだと。


 しかしその直後、奇跡が起こった。


「あの……これ、よかったら……」

「えっ?」


 彼が〝光輝の花〟をあたしにくれたのだ。

 これって、つまり……そういうこと?


 まさか、あたしにプレゼントするために〝光輝の花〟を探していたなんて!


「う、嬉しい……」


 胸の奥から込み上げてきた感情をそのまま口にする。

 相手の方から告白してくれるなんて、思ってもみなかった。


 彼はそんなあたしを見て、どこか苦しそうな表情を浮かべていた。

 どうしてだろう?

 あ、そうか。

 あたしは彼の気持ちを知ることができたけれど、まだあたしの気持ちは伝えていない。

 だからきっと不安なんだ。


 あたしは意を決し、彼にこの想いを伝えた。


「あ、あたしも……っ! あたしも、あなたのことが好きですっ!」




   ◇ ◇ ◇




 シルステルのクラン本部に戻って来た俺のところへ、勇者テツオと元海賊のシーナが二人してやって来た。


 また随分と珍しい組み合わせだな。

 何の用だろうかと思っていると、


「「僕(あたし)たち、付き合うことになりました」」

「ふぁっ!?」


 思わず変な声が漏れたんだが……。


 最初は冗談かと思ったが、そうではないらしい。

 一体どういう経緯があったのかまでは知らないが、二人は本気らしかった。


「やはりレイジさんにだけはお伝えしておいた方が良いと思いまして」

「ああ。こうしてあたしたちが出会えたのは、レイジのお陰だしな」

「そ、そうか……?」


 まぁ二人が幸せならそれでいいと思うけど……。

 つい最近までテツオはルファの奴に惚れていたはずだが、そっちはどうなったんだろうか?

 ドラゴンな上に雄だし、そのルートに進まなくて良かったんだけどな。


 二人がラブラブな感じで執務室を出てった後、入れ替わるようにして今度はそのルファが部屋に入ってきた。手にやたらと輝いている花を持っている。


「レイジ君! 君にプレゼントだよ! そしてボクと結婚してくれ!」

「断る」




     ◇ ◇ ◇




 私の名前はデューク。

 職業は占い師だ。

 だが本当は私に占いの力などない。


「〝光輝の花〟の近くにはタラクスが棲息している。ふふふ、占いを信じて花を探しに行ったら最後、タラクスに食い殺されていることだろう」


 私の予想では、恐らく今日は三人が占いを信じてロディル湖沼地帯に向かったはずだ。


 恋のために盲目になっている愚かな連中を騙し、地獄へと突き落としてやることほど楽しいことはない。彼らがタラクスに遭遇したときの絶望的な顔を思い浮かべるだけで、私は心の奥から笑いが込み上げてくる。

 直接見に行けないのが残念だが、想像するだけでも十分だ。


 こんなことをやって何の意味があるのかと、人は思うかもしれない。

 その通りだ。

 何の意味も無い。

 言ってみれば、ただの道楽。


 もちろんこのインチキな占いのせいで、幾度となく訴えられたり、暴力を振るわれたりしたことがある。貴族やギャングに目を付けられたことも。

 それでも今も生き延びてきたのは、きっと運が良かったからだ。


 きっと私の性根は捻じ曲がっている。

 自覚しつつも、私はこれでいいと思っていた。

 これからもやり続けるだろう。

 この命運が尽きるまでは。


 と、そのときだった。

 背後から凄まじい気配を感じたのは。


 振り返ると、そこにいたのは今朝、占いをしてやった黒髪の少女だった。ほぼ確実に占いを信じ、ロディル湖沼地帯に行くだろうと踏んでいた一人だ。


「ねぇ? 占い、当たらなかったんだけど?」

「~~~~っ!?」


 見た目は十代半ばの可愛らしい少女。

 けれど私は悟った。

 私の命運はここで尽きた、と。

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