第123話 片思い三重奏 3

 あの青年に初めて出会ったのは、シルステルに来てすぐの頃だった。


「ねぇねぇそこの美人さん。よかったら僕とお茶しない?」

「……ああん?」

「ひっ」


 睨んで追い返してしまったのだが、これがあたしにとっては生まれて初めてされたナンパだった。


 幼い頃から目つきが鋭く、また喧嘩っ早かったあたしは、周囲の男たちから怖れられることはあっても、女として見てもらったことなんて一度もなかった。

 もちろん男と付き合ったことなどあるはづもない。

 海賊の頭領なんてやっていたのだから、当たり前と言えば当たり前だろう。


「お頭、じゃない、シーナさんをナンパするとか、幾ら何でも見境なさ過ぎだろ。そいつ、どれだけ女に餓えてたんだ」

「おいこらそれはどういう意味だ?」

「あっ、い、いえ……あ、あくまでも畏れ多いという意味で……」

「……一応、美人って言われたんだぜ」

「そうやって相手を持ち上げるのがナンパのテクニッ――いえなんでもないです!」


 あたしにビビって、だらだらと額から汗を流すグレコル。


「もしかして、そいつのこと気になってるんすか?」

「はっ、馬鹿を言え。あたしがそんな女に見えるか?」

「ですよねー」


 と、そのときはそんな笑い話で終わったのだが。


 その後、あたしはその青年を何度も見かける機会があった。

 と言うのも、どうやら彼はあたしと同じクラン・レイジに所属しているらしいからだ。


 最初は別に何とも思っていなかった。

 だがいつの間にか、彼のことを探している自分がいることに気が付き始めたのだ。

 そうして意識し出してくると、さらにふとした瞬間に彼の顔が頭に思い浮かんでくるようになっていった。


「くそ、何なんだよ、ったく……」


 あたしはそんな自分に当惑し、苛立った。


 単に一度ナンパされただけじゃねぇか。

 別に話をしたことがある訳じゃねぇのに、何でこんなに気になってんだよ?


「はぁ……」

「お頭、マジでどうしたんすか? 最近よく溜息をついてるのを見かけるんすけど……」


 グレコルがあたしを心配してくる。

 だがこんなこと、誰かに相談できるわけがない。


「だからお頭って呼ぶなっつってんだろうが」

「ひっ、すいやせん」

「……あたしにも分かんねぇんだよ」


 そう辟易と呟いたとき、クラン本部のエントランスロビーに彼が入ってくる。


「~~~っ!」


 あたしは慌てて目を逸らし、それどころか柱の陰に身を隠した。


「……? どうしたんすか、おか――シーナさん?」

「い、いや、ななな、何でもねぇ……」

「おっ、テツオさんじゃねぇっすか」

「……お前、あいつと知り合いなのか?」

「まぁ、そんなとこっすね。って、だから何でそんなとこに隠れてるんすか?」

「う、うるせぇっ!」


 心臓がバクバク言っている。

 あたしは逃げるようにその場を立ち去った。







「シーナさん、間違いありません。それは恋です」


 クラン・レイジが運営している孤児院の院長、レベカがそうはっきりと断言した。


 海賊団〝海蛇〟が養っていた子供たちの多くがここで世話になっていることもあって、あたしはよく足を運んでいる。そしてレベカとは歳が近いこともあり、いつの間にか仲良くなっていた。こんな風に悩みを相談できる程度には。

 あたしにとって唯一の友人と言えるかもしれない。


「そそそそ、そんなわけねぇだろっ? ああああ、あたしが、恋だなんて……っ!」

「……それだけ動揺していたら間違いないと思いますけど。あっ、あそこにその人が」

「ひゃっ!?」


 思わず変な声が出てしまう。

 しかし振り返ってもそこには誰もいない。


「……おい」


 あたしがジト目を向けると、レベカはくすくすと笑いながら「ほら、間違いありませんね」と言った。

 彼女は当初こそあたしに怯えているようだったが、打ち解けてくると意外と遠慮のない性格だった。

 そして悪戯好きで子供っぽいところがある。


 こいつに相談したのは失敗だったかもしれん……。


「そもそもまだどんな人かも聞いてませんし。……どんな方なんですか?」


 興味津々といった感じで聞いてくるレベカ。


「さ、冴えねぇ感じの野郎だよ」

「母性本能を擽られてしまう感じですね。ふふ、その感覚、分かります」


 勝手に良いように言い換えられてしまった。


「そ、そいつのことが好きかどうかはともかくとしてっ、このあたしだぜ? 女として見てくれる奴なんざいねぇだろ」

「でもナンパされたんですよね?」

「……思わず睨んだら逃げられちまったんだよ」

「あらら……」


 あたしは強がって鼻を鳴らす。


「ふん、まぁ考えてみたらそんなことくらいで逃げ出すような奴、大したタマじゃねぇしな。よし、この話はこれで終いだ」

「本当に良いんですか? シーナさんのためなら私、全力で協力しますよ?」

「良いんだよ。どうせ単なる一時の気の迷いだろうしな」

「……あっ、今度こそその人が」

「ひゃう!?」


 見ると、やっぱりいなかった。

 あたしはまたレベカを睨みつけるが、彼女は意外と神妙な顔つきで、


「シーナさん、そこまで重傷だと冒険者の仕事にも支障が出てしまってますよね?」

「うっ」


 言われる通りだった。

 最近、グレコルにも「なんか調子悪くないすか?」と指摘されたことだ。


「そんな状態だと危険です。なので一刻も早く白黒つけましょう!」

「……どうするんだよ?」

「もちろん、告白するんですよ」

「こくっ……む、むむむ、無理だっ! そそそ、そんなことできっかよ! そもそもまだ好きかどうかも分からねぇんだしよ!」

「ここまできてそれを否定しますか……。いいえ、シーナさん。間違いありません。あなたは間違いなくその方のことが好きです。そこはもう認めた上で次に進みましょう」


 それからあたしは懇々と諭され、半ば強引に作戦を決行することとなった。


「ほ、本当にやるのか……?」

「もちろんですよ」


 そしてあたしは今、クラン本部のエントランスロビーにいる。

 レベカと一緒に柱の陰に隠れるあたしから、距離にして十メートルほど。

 そこに件の青年の姿があった。


「とは言え、いきなり告白なんてさすがにハードルが高いです」


 と、レベカ。


「同じクランに所属している方ですし、まずは冒険に誘ってみるのがいいでしょう」

「わ、わ、分かった。や、やってみる……」


 あたしは何度も深呼吸して覚悟を決める。

 大丈夫だ。過去に潜り抜けてきた幾つもの修羅場と比べれば、これくらいなんてことはないはずだ。

 そうだ。思い出せ。十五歳のとき、危険度Aの海の魔物に立ち向かっていったときのことを。

 よし、行くぞ。


「……お、おい、ちょっといいか?」


 声をかけたが、自分でもちょっと引いてしまうくらい低い声になってしまった。


「っ!?」


 彼がこちらを振り向き、驚いた様子で目を見開く。


「……」


 だ、だめだ。継ぎ句が出てこねぇ。

 心臓がバクバク言っているし、顔がめちゃくちゃ熱い。


「す、すいません……っ! 僕これから用事があるんで!」


 あたしが何も言葉を発せないでいると、彼は逃げるように去っていった。







「……ああ、確実に変な女だって思われた……」


 あのあと、会話すらまともにできないという惨めな姿を晒したあたしのことを、レベカは必死に慰めてくれた。

 次、頑張って挽回すればいいんですよ! と励ましてくれたが、正直言ってもう望みは薄いだろう。

 一度ならまだしも、二度も逃げられたのだ。


「そこのお嬢さん、何かお悩みのようですね?」


 肩を落として街中を歩いていると、ふと声をかけられた。

 振り返ると、路地の脇に怪しげな男がいた。黒いフードに黒いローブ。手元には水晶玉のようなものが置かれている。


「んだ、てめぇは?」

「占い師です」

「占い師、だと?」

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