第119話 VSバモット2

「これを発動し続けていると、わたくし自身も別系統の魔法を一切使うことができないのですが……元々、わたくしは魔法以上に体術の方が得意でして」


 上級悪魔バモットの声が闇の中に響く。

 この無明の空間の中では、その姿を視覚的に捉えることはできない。

 頼れるのは聴覚や直感だけだ。

 ……普通なら。


「ここは一体……? くそっ、何も見えない……っ!」

「へ、陛下! 御無事ですか!?」

「わらわはここにおる……っ! だがこの闇の中では……」


 同じくこの空間に捕らわれた女王や近衛兵たちは、完全に視覚を奪われて当惑しているようだった。


 だが俺には奈落の魔物から得た〈暗視+9〉スキルがある。

 さらに〈神眼〉もあるため、この闇の中でもしっかりと見える。

 音もなく接近してきた悪魔の姿も。

 繰り出してきた拳を剣の腹で受け止めてやった。


「なっ、この空間内でわたくしの攻撃を防いだ……っ?」


 俺は反撃の剣閃を放つ。

 バモットは驚きながらも寸でのところで上体を逸らしてそれを躱したが、もう一本の剣がその脇腹に突き刺さっていた。

 だが浅い。


 俺はすかさず距離を詰めて追撃。

 さすがに相手も本気になったのか、目の色を変えて応じてきた。


「……この空間内でわたくしと互角にやり合うとはっ……」


 レベルでは〈限界突破〉スキルを持つ向こうの方が上だが、ステータスはそれほど差がない。

 俺が身体強化系のスキルを多く所持しているお陰だろう。


 武技系のスキルではやや俺が遅れをとってはいるものの、自分の力に自信があるのか、相手は徒手空拳だ。一方の俺はニーナが作ってくれたレアウェポンを使っている。最近、ニーナが錬成して強化してくれたこともあり、この武器のお陰で差が埋まるどころか、攻撃力では大きく逆転していた。


 体術が得意だと豪語しておきながら自分の不利を悟ったのか、悪魔は大きく跳び下がって距離を取る。


「なるほど、どうやら剣の腕もなかなかのようですねぇ。しかしこれならいかがでしょう?」


 直後、どこからともなく複数の人影が現れた。


「っ……影分身(シャドウ)か!」


 それぞれが実体を持ち、バモットとまったく同じ姿をしている。

 一応はB級冒険者の上位レベルの力を有してはいるが、本体と比べれば雑魚でしかない。

 それに〈神眼〉を使えば偽物であることを看破することができ、対処するのは難しくないだろう。

 ……俺の方に来てくれれば。


「っ!? なんだ!?」

「何かに囲まれている!?」


 影分身どもは女王と近衛兵たちを取り囲んでいた。

 彼らの実力では影分身でも強敵だ。

 そもそもこの暗闇で何も見えないのだから、反撃することもできない。


「上級悪魔のくせに随分とセコイな」

「ふふふ、その二本の剣を捨てていただけますか?」


 ……しかし、これは結構まずい状況だぞ。

 一か八かで助けに行くか? 

 けど、何体もの影分身が間に立ちはだかっているし、人質が無事で済むとは思えない。

 転移魔法を使えないのが痛いな。


 せめてスラぽんを連れてきておけばよかった。

 街を襲っている悪魔の数が多く、そっちに回してしまったのだ。


「武器を捨てたら彼女たちを逃がしてくれるか?」

「まさか。少しだけ絶望までの猶予が長くなるだけですよ」

「だろうな」


 とは言え、今は時間稼ぎが必要だ。

 仕方なく俺は剣を手放し、足元に転がした。

 バモットが愉悦の笑みを浮かべてこちらに歩いてくる。


 何かいい方法はないか……と〈並列思考〉スキルも駆使して考えていると、頬に強い衝撃が走った。

 殴られたのだ。


「がっ……」

「レイジ!? 大丈夫か!?」


 女王の声が届く。


「……ええ、何とか」

「くっ……わらわたちのせいで……」


 痛ぇ……けど、今のでいいアイデアを思い付いた。

 確か、女王も俺の信者だったよな。


 紅華:信仰度55%


 よし、間違いない。

 てか、いつの間にか結構上がってるな……。

 俺は〈念話〉を使い、彼女に話しかける。


『陛下、レイジです。聞こえますか?』

「っ……!?」

『声を出さないで下さい。これは〈念話〉と言って、声を出さずに心の中だけで会話することができます』

『こんなことが……』

『いてっ……!』

『レイジ!?』

『大丈夫です。また殴られただけなんで』

『本当にすまぬ! わらわがもっと早く逃げておれば……』

『いえ、どのみちあいつは逃がさなかったでしょう。それより、今から俺が言うことを信じて下さい。この状況を打開できるかどうかは、陛下次第です』

『わらわ次第……?』


 俺は簡潔に作戦を伝えた。

 その間もバモットに好い様に殴られまくっている。

 くそっ、覚えてろよ!


「ふむ、何とも不思議ですね。まるでスライムのように怪我が治っていく……我々悪魔以上の自然治癒力ですか」


 どんなにダメージを受けてもすぐに治る俺の身体に、バモットが興味を示してくる。

〈自己修復〉スキルのお陰なのだが。


「これはなかなか面白い研究材料が手に入りましたね。人体実験用としても申し分ない。どれ」

「いででででっ!?」


 バモットが俺の腕をあらぬ方向へと曲げやがった。

 肩が外れ、激痛が走る。

 俺は慌てて〈痛覚軽減〉スキルをオンにした。


「千切ったらどうなるのでしょうね」


 おいやめろ、千切ったら千切れるに決まってんだろ。

 ったく、そんな風に余裕ぶってられるのも今の内だぜ?


『今です、陛下』

『ち、力が溢れてくる……っ!? これならば!』


 女王が剣を振るった。

 彼女たちを取り囲んでいた影分身が瞬く間に斬り捨てられていく。


「っ!? これは……?」


 それに気付いてバモットがすぐに新たな影分身を呼び出す。

 影分身たちは、レベルで言えばその一体一体が40前後はある。

 にもかかわらず、今の女王を止めることはできなかった。

 というのも、



紅華

 レベル:33 → 80



 俺が〈賜物授与+3〉を使い、彼女に経験値を授けたからだ。


 俺のレベルがカンストしたことで、無駄になっていたものをすべて与えてみた。

 レヴィが従魔になった時点ですでにカンストしていて、その後もファフニールが信者になったり、リッチを倒したり、奈落に潜ったり……。

 気づけばかなりの量になっていたらしい。

 まさか、これだけで一気に80まで上がるとはな。


 俺のレベルは99のままで、もちろん強さは変わらない。


「レイジ!」

「助かります!」


 女王が俺の剣を拾い、投げてくれる。

 外れた肩を強引に直し、両手で二本の剣をキャッチした。


「反撃開始だ」


 形勢が逆転する。


「くっ……馬鹿なっ、このわたくしが人間ごときに……っ!」


 まぁ俺は人間兼邪神だけどな。


 このままでは俺に敵わないと判断したのか、バモットは闇魔法を解いた。

 闇が晴れ、ようやく光が戻ってくる。


「配下たちよ! わたくしの元に集いなさい! 【|出でよ(サモン)、我が忠実なる眷属たち】」


 そして人間には聞き取れない言葉で叫ぶバモット。

 召喚魔法か。

 恐らく隷属させた者たちを強制的に呼び出すものだろう。

 だが一向に配下たちが現れる気配はない。


「っ!? 【|出でよ(サモン)】! 【|出でよ(サモン)】! な、なぜ……?」


 狼狽するバモット。

 そのとき彼の配下の代わりに集まってきたのは、


「レイジ! 街にいた悪魔たちはあらかたやっつけたわよ!」

「ん、殲滅した」

「思っていたより雑魚ばかりでつまらんかったのぢゃ」

「ま、ボクの敵じゃなかったね!」

「パパ!」

「母上、無事だったか!」


 俺の愉快な仲間と従魔たちである。

 どうやら街にいた悪魔を片付けて来てくれたようだ。

 それを悟ったのか、バモットはわなわなと唇を震わせる。


「こ、こんな……こんなはずは……っ! この地上ですら、わたくしは自らの領土を得ることができないというのですか……っ?」

「そんなこと知るか。ここはジェパールという人間の国だ。勝手に自分の領土にしようとするんじゃねーよ。そもそもお前、そもそも大した悪魔じゃないだろ? 上級悪魔のくせに人質を取るという小者っぷりだしな」

「だ、黙れ……っ! 人間の分際でっ、このわたくしを愚弄するな――――ッ!?」


 俺の剣がバモットの喉首に突き刺さる。

 だが悪魔はこの程度では死なない。


「ここで確実に仕留めるぞ」

「了解よ」

「ん」


 それから全員で取り囲んで、反撃も逃走も許さず、生命値がゼロになるまで滅多打ちにしたのだった。

 あれ、どっちが悪魔だ……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る