第117話 レジェンダリードラゴンズ

「ギャアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 全身を凄まじい雷で焼かれ、リベアスの悲鳴が大海原に反響する。


 ――超級魔法を無詠唱で!? この年齢でそんな芸当、どう考えてもあり得ませんわ!


「……ま、まって、まってください、ませ……!」


 さすが中級悪魔と言うべきか、リベアスは超級魔法の直撃を受けてもまだ生きていた。

 焦げ付いた翼で何とか空に留まりながら、恐るべき少女に訴えかける。


「あ、あなたも、わたくしと同じ悪魔のはずですわ……っ! なぜ、人間の味方をしているんですの……っ!?」


 しかし少女はふるふると首を振った。


「ルノアはにんげんなの。パパがおしえてくれたの」


 確かに少女からは、微かに人間の血のにおいが感じられた。

 となると悪魔との混血なのかもしれないが、悪魔の血のにおいの方が遥かに強い。


 そもそも悪魔の血は他のどんな種族のそれよりも優性なのだ。

 その源が上級悪魔となればなおさらだろう。


「あなたは人間の男に騙されているだけですわ!」

「パパへのわるぐちは、ゆるさないの!」

「ギャアアアッ!?」


 間髪入れずに雷撃を浴びせられ、リベアスは再び悲鳴を上げた。


「ひ、ひぃ……」

「しぶとい、まだいきてるの」


 まともに戦って勝てる相手ではない。

 生き延びるためにはこの少女をどうにか説き伏せるしかなかった。

 全身から煙を上げながら、リベアスは絞り出すように必死に主張する。


「そ、その角と、翼……それは、悪魔の特徴ですわ……。人間に、そう言われたことがあるでしょう……?」

「……」


 心当たりがあったのか、少女は何かを考えるように口を結んだ。


「あ、あなたには、確かに……わたくしと同じ、悪魔の血だって流れているんですわ……」

「……そんなこと、ないの」


 否定してくるも、少女の声は弱々しかった。


「あ、あなたの本当のパ……いえ、その血の原因となった方に……わ、わたくし、心当たりがありますのよ……」

「……」


 少女が迷うような素振りを見せた。

 手応えを感じたリベアスは、畳みかけるように継ぎ句を発しようとして、


「ッ―――」


 声が出なくなった。

 喉を鋭い突起のようなもので貫かれたせいだ。

 少女が首に巻いていたストールだった。それが触手のごとく伸びて、リベアスの首に突き刺さったのである。

 いや、これはストールなんかではない。


 ぷるぷるっ!


 ――まさか、スライムですの……?


 スライムがストールに擬態していたのだ。

 しかし今のタイミング、まるでこれ以上の話を少女にするなと言っているかのようだった。

 やり取りを理解しているとなれば、スライムとしてはかなり知能が高い。


 ――なるほど……このスライムが、彼女の監視を……


 その思考が過るとほぼ同時に、リベアスの意識は永遠の闇へと落ちていった。




   ◇ ◇ ◇




「ぐ……ま、まさかこんな化け物が、人間の味方をしてるなんて……」


 魚人に似た姿をした中級悪魔のオギンは、痛みに顔を歪めながら呻いた。

 右腕は肩から先を引き千切られ、両足は複雑骨折してもはや使い物にならない。


「むぅ、悪魔が相手ならば少しは楽しめると思ったのぢゃがのう」


 オギンを見下ろしながら溜息を吐き出したのは、幼女の姿をした伝説の怪物だった。

 リヴァイアサン――レヴィである。


「す、すげぇ、あの子供……」

「一体、何者なんだ?」

「ぼ、冒険者ギルドを出入りしているのを見たことがあるぞ……。冒険者か職員か、誰かの子供かと思っていたが……」


 腕に覚えのあるジェパール剣士たちも、自分たちではまるで歯が立たなかった中級悪魔を圧倒している幼女に驚嘆するしかない。

 もちろん彼らは、彼女の正体がリヴァイアサンだと知らないのだ。


「……大海の主が、なぜ……」

「ほう、われのことを知っておるか?」

「お、俺は魚類の因子を取り込んだ悪魔、だ……。海の生き物には、それなりに精通している……。……それより、なぜ、お前ほどの生き物が……」

「われの主の命令じゃからの」

「なっ……人間の従魔に成り下がったというのか……っ!?」


 オギンは愕然とした。

 リヴァイアサンを服従させるような人間がいるなど、信じられなかった。

 もしそんな奴がこの国を護っているのだとすれば、ここを自らの領地にしようとしているバモットにとって大いなる脅威である。


 一方のレヴィは珍しく感慨にふけるような顔をして、


「それに、われはこの街が嫌いではない。今まで食事と言えば、獲物を丸飲みすることしか知らんかったが、人間どもは料理というものをするのじゃ。それがなかなか美味でのう。量が少ないのがちと欠点じゃ――む?」


 不意に言葉が途切れた。

 というのも、空からいきなり何かが降ってきたからだ。


「がぁっ……」


 悲鳴とともに思い切り地面にめり込んだのは、蠍のような鋏と尾を有する悪魔だった。

 オギンは瞠目した。


「スピニオル!?」


 オギンと同じく、バモット直属の配下である中級悪魔だった。

 それが今やズタボロにされているのだ。オギンが戦慄するのも無理はない。


「まったくさー、中級悪魔の分際でこのボクに挑むなんて、愚かにもほどがあるよね」


 そこに現れたのは、黒髪ツインテールの少女だった。

 ……いや、あれも人間の少女ではない。オギンは鋭く見抜いた。リヴァイアサンと違って特定まではできないが、恐らく人化の魔法を使っているのだろう。


「お、俺の毒が効かないなど……」


 砕けた石畳から身体を起こしつつ、スピニオルが呻き声を上げる。。


「ばーか。君ごときの毒なんて、幾ら摂取しようがボクは死なないっての。なにせ、ボクの体内にはそれより遥かに危険な猛毒がいっぱいあるんだからね」

「体内に毒、だと……? き、貴様、人間ではないな……? そうだ、この気配……まるでドラゴン……っ! まさか、貴様は……っ!」


 その正体に思い当たったらしく、スピニオルが目を見開く。

 その答えを裏づけるかのように、リヴァイアサンの幼女がその名を呼んだ。


「のう、ファフニールよ」

「なにさ?」

「こやつ、食えるかのう? 魚っぽいし」

「バカじゃないの? 悪魔なんて不味いに決まってるじゃないか」

「しかし、意外とゲテモノでもイケる場合はあるぞ?」

「君のそういうとこ、ぜんっぜん共感できないんだけど」


 二体の超生物たちが交す会話を前に、オギンとスピニオルは恐れおののくしかない。


「なら、とっとと殺してしまうかの」

「こっちはもう死ぬけどね」

「っ……が、あっ!? あああああっ!?」


 突然、スピニオルがもがき苦しみ始めた。すでに毒を体内に注入されていたのである。

 スピニオルが完全に意識を喪失するまでにかかったのは、ものの数秒だった。

 毒を有する悪魔が毒殺されるなど、オギンは見たことも聞いたことも無かった。


 俺は今、悪夢を見ているのかと、オギンの全身がカタカタと震える。

 しかし恐怖に震えていたのも一瞬のこと。


「お主もさようならじゃ」


 直後にオギンも殺された。




    ◇ ◇ ◇




「さすがは刀華様だ!」

「あの中級悪魔を瞬殺したぞ!」

「刀華様! 刀華様!」

「しかし刀華様に翼がっ!?」


 中級悪魔を空中戦で仕留めた刀華に、地上から歓声が聞こえてくる。


 彼女が空を飛んでいるのは、スカイスライムのスラさんのお陰だ。

 脇を抱えるように背中にへばり付いているので、遠くから見ればまるで刀華が自前の翼で舞っているようにもみえるだろう。

 同じチームでダンジョン攻略に挑んだ際、何度もこのスタイルでの空中戦をしていたお陰が、悪魔にも後れを取ることはなく、今のところすべて撃破に成功していた。


 刀華は視線を皇宮の方へと向ける。


「……母上は御無事だろうか」


 不安を口にするが、すぐに思い直す。


「いや、皇宮にはレイジ殿が向かった。きっと心配は要らぬだろう」


 眼下にはまだちらほらと生き残りの下級悪魔の姿が見える。

 自分の役目は早急にあれらを片付けることだと、刀華は自分に言い聞かせる。


「スラさん、頼む」


 相棒の翼を借りて、刀華は急降下していった。

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