第111話 サルード

「気を付けてください。ゴリラのモンスターです」

「ん。強そう」

「待て、ディアナ、ファン。あいつは人間だ。しかも俺たちと同じ冒険者だ」


 暗闇の奥から姿を現した巨漢。

 二メートルに迫る長身で、その筋骨隆々の体躯をもじゃもじゃの毛が覆っている。

 見た目は完全にゴリラだが、



サルード 43歳

 種族:人間族(ヒューマン)

 レベル:89

 スキル:〈剣技+8〉〈体技+6〉〈火魔法+2〉〈水魔法+1〉〈飛刃+5〉〈隠密+2〉〈怪力+7〉〈動体視力+5〉〈俊敏+4〉〈柔軟+5〉〈回避+6〉〈持久力+6〉〈自然治癒力+5〉〈頑丈+7〉〈集中力+4〉〈闘気+7〉〈勇敢+6〉〈気配察知+4〉〈第六感+3〉〈魔力探知+3〉〈毒耐性+6〉〈料理+4〉〈暗視+3〉

 称号:Sランク冒険者



〈神眼〉で見てみると人間のおっさんだった。

 しかもSランクの冒険者だ。


「うおっ? お前ら、人間か?」


 相手もこちらに気づいて野太い声を上げる。


「ゴリラが人の言葉をしゃべったわ!?」

「アンジュ、人間だって言ってるだろ」


 そう言えば、ジールア会長が世界最大のダンジョンに挑戦中のSランク冒険者がいるって言ってたな。このおっさんのことかもしれない。

 それでも一応警戒は解かず、俺は代表しておっさんに近づいていく。


「俺はレイジ。冒険者です」

「がっはっは! まさかこんなところで人間に会うとは思わなかったぜ! しかもこんな大所帯と!」


 おっさんは声を響かせて豪快に笑う。


「オレはサルード。オレも冒険者だが……ふむ、どうやらオレがここに潜っている間に、とんでもない新人が現れたようだな」


 どうやら見ただけでこちらの実力を大よそ察したらしい。

 俺は自分がSランクの冒険者で、ジェパールでギルド長をしていると伝えた。


「そうか。あのレオが昇格試験を担当したのか。お前さんみたいな強者が出ると分かってりゃあ、オレも地上に戻っていたのによぉ」


 聞けば、もう一年以上ここ奈落に籠り続けているという。

 一年って……。


 アンジュが鼻を摘まんで、顔を顰めた。


「道理で臭いわけね」

「おっと。悪ぃなアマゾネスの嬢ちゃん。一応、水魔法で時々身体は洗ってるんだけどよ」


 言って、サルードはぼりぼりと毛むくじゃらの顎を掻いた。

 フケがぱらぱらと落ちる。

 ちょっと不潔だ。


 暗がりだからまだいいが、明るいところで見たらもっとインパクトが強そうだ。


「しかし、こんなところで一年も過ごせるものなのだろうか……? それも一人で……」


 刀華の疑問も当然だ。

 見たところ、サルードは大した荷物を持っていない。

 普通、ダンジョンに何日も潜る場合はアイテムボックスが必須だ。ここに食糧等を詰め込んで持っていくのである。


「意外と何とかなるものだぜ? 食糧は全部ダンジョンから現地調達すればいいし、火魔法と水魔法を覚えておけば調理もできる」


 確かにこのおっさん、剣士なのだろうが、一応〈火魔法〉と〈水魔法〉のスキルを持っているな。どちらも才能値は低いのだが、頑張って習得したのだろう。


「特にアフールが狙い目だな。鶏肉みたいでなかなかイけるぞ。どうだ? 肉が余ってるから試しに喰ってみるか?」

「……いえ、遠慮します」


 食用のコウモリがあると聞いたことはあるが、さすがに抵抗があった。


「あとはタラントラとかが意外と美味いぜ」

「それ、毒持ってますよね?」


〈毒耐性〉スキルがあるから大丈夫なのかもしれないが……。

 ちょっと野性味溢れ過ぎだろ、このおっさん。


「ちなみに一年かけて、どれくらい踏破できましたか?」

「どうだろうなぁ? 一年どころか、トータルすると四年ほどは潜ってはいるんだが、まだまだ立ち入ってない通路が沢山あるし、まったく見当もつかんな。今まで幾つものダンジョンを見てきたが、さすがにここまで広くて複雑なのは他にないぜ」


 やはり世界最大との触れ込みは伊達ではないらしい。


 それから俺たちは、せっかく出会ったのだからと、しばらくサルードとともに奈落を探索した。

 さすが四年も潜っていただけのことはあり、知識が豊富だった。


 アフールがどういった場所を好んで群れているのかとか、アラクネの巣の特徴とか、こうした魔物の生態なんかについては今後の探索にも役に立ちそうだ。


「ソロで生き抜くには何よりも敵を知ることが大事だからな」

「そう言えば、たまにやたらと強い魔物がいたりしますよね?」

「ああ、そうだな。これはオレの推測だが、ここ奈落に棲息する魔物は、他のダンジョンや地上の魔物よりも遥かに上位種に進化しやすいせいだと思っている」


 普通、最上位種の魔物は滅多に現れるものではない。

 前にファースの街にオークキングが攻めてきたことがあったが、こんなのが頻繁に出現していると大半の村や都市が滅びてるもんな。


 だがサルードの推測が正しければ、ここにはその最上位種が頻繁に出現する。

 そしてその最上位種同士が争うことで、さらに上位の魔物にすら進化し得るのだという。


「要は、今まで最上位種かと思っていた魔物も、実は最上位種ではなかったってことだな。単にあまりにも出現確率が低いせいで、誰も遭遇したことがなかっただけだ」


 さらに奈落には、ここにしか棲息していないような固有種も多いという。 

 アフールやアラクネなんかは余所でも見かけるが、ハイドパンサーやダークイエティは奈落の固有種らしい。


「浅い層にいる魔物はまだ可愛いもんだぜ。もっと深くにいけば、気持ち悪いのがごろごろ出てきやがる」


 他にも不気味な外見をした固有種が沢山いるらしい。

 口が縦方向に裂けた鳥や、顔が二つある巨大な蝿、馬っぽい頭に直接手足が生えた謎生物や、触手と目に覆われた肉の塊などなど。

 聞いただけであまり遭遇したくないな。


「見た目の割に味の方は悪くないぜ? ただしタラントラ以上の猛毒を持つ奴もいるから、喰うときは注意が必要だ」


 喰ったのか……。

 女性陣が静かにサルードから距離を取った。


「では俺たちはこれで」

「おう。ぜひまた来てくれ。つっても、この広さだ。また会える可能性は低いだろうが、そのときはぜひとも奈落料理を振舞ってやるぜ、がっはっは!」

「た、楽しみにしてます」


 ぜひ遠慮したいところだった。

 まだ奈落に潜り続けるというサルードに別れを告げ、俺たちは転移魔法で地上へと帰還した。


「変なおっさんだったな」

「臭かったわ!」

「ん。臭かった」

「ですね……。もし一人で会っていたら、確実に魔物と勘違いして逃げ出していたと思います」


 酷い言われようだが、俺はなかなか豪快で気の良いおっさんだと思ったけどな。






 奈落で強い魔物を倒し続けてきたお陰で、かなりメンバーたちのレベルが上がってきた。



ファン

 レベル:63 → 72


ルノア

 レベル:62 → 70


アンジュリーネ

 レベル:64 → 73


ディアナ

 レベル:54 → 66


刀華

 レベル:65 → 74


スラぽん

 レベル:59 → 68


スラいち

 レベル:58 → 67


スラじ

 レベル:58 → 66


スラさん

 レベル:59 → 69



 全員すでに70前後だ。

 ちなみに俺とレヴィ、ファフニールはカンストしてるので99。

 そろそろ〈限界突破〉スキルとやらが欲しいな……。


「ていうか、レイジくん! いい加減、ボクにも名前を付けてよ!」

「ファフニールじゃだめなのか?」

「それは種族名だもん!」


 そう言えば、リヴァイアサンも種族名だったっけ。


「うーん……ファフだとファンと紛らわしいし、ニールだとニーナと紛らわしいんだよなぁ……」

「ふふっ、ハニーと呼んでくれてもいいんだよっ?❤」

「それはやめておく」


 正直、良い名前が思いつかない。

 苦手なんだよ、こういうの。

 種族名から離れて、見た目から付けてみるか?


 黒髪だから、クロ?

 ツインテールだから、ツインとか?

 どっちもしっくりこない。


 俺が悩んでいると、ディアナが横から案を出してくれた。


「毒竜ですし、毒女はどうですか? いえ、むしろ毒男でしょうか」

「それは名案ね!」


 アンジュが手を叩く。


「絶対嫌だ!」


 ツインテールを振り回して即行で却下するファフニール。


 結局この後もいい案が浮かばず、しばらくはファフニールと呼び続けることになったのだった。

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