第109話 愛は性別の壁を越える?
アラクネ
レベル:55
スキル:〈蜘蛛糸+8〉〈毒爪+4〉〈俊敏+5〉〈隠密+3〉〈統率+4〉〈暗視+4〉〈気配察知+3〉
下半身に当たる蜘蛛の部分だけで、全長五メートルはあるだろうか。
上半身は美しい女性の姿をしているが、その目は赤々としており、まともに会話ができるとは思えない。
どうやら俺たちは、蜘蛛型の最上位モンスターとして怖れられるアラクネの巣の近くにまで立ち入ってしまっていたらしい。
糸を踏んでしまったアンジュが、足を絡め取られて天井に張り付くアラクネの方へと引き上げられていく。
「っ! 何よこの糸っ!?」
アンジュが糸を掴んで引き千切ったが、粘着質のそれが今度は両手に付着して離れない。
さらにアラクネが糸を放出。
「きゃあっ!?」
アンジュは完全に蜘蛛の糸に捕らわれてしまう。
何とか逃れようと暴れるが、かえって全身に絡み付くだけだ。
「エモノ、エモノ、オイシソウ」
アラクネがそんな声を発した。
どうやらしゃべることができるらしいな。ただ、やはりコミュニケーションが取れるような相手ではなさそうだ。
「そうはさせぬ! スラさん!」
刀華の声に応じ、スカイスライムのスラさんが彼女を抱えて宙を舞う。
すぐにアンジュに追い付くと、剣で彼女を吊り上げていた糸を切断した。
アンジュが落下してくる。
「うぅ~、この糸、気持ち悪い……早く取って!」
「……これ、水で洗えば取れるのか?」
蜘蛛の糸はアンジュの全身にネバネバと絡み付いていた。簡単には落ちそうにない。
「火魔法で燃やすのはどうでしょう? ……アンジュさんごと」
「ちょ、やめなさいよ!?」
ディアナの提案に、アンジュが悲鳴を上げる。
「エモノ、キョウテキ。ツドエ、ツドエ」
そのとき、暗闇の中から次々と赤い光が浮かび上がる。
タラントラ
レベル:40
スキル:〈蜘蛛糸+8〉〈毒爪+4〉〈俊敏+2〉〈暗視+3〉〈気配察知+3〉
アラクネと同じ蜘蛛系の魔物だった。
しかもわらわらと大量に集まってくる。
アラクネには〈統率〉スキルがあった。恐らく同族を指揮することができるのだろう。
「エモノ、クラウ。ミンナデ、ヤマワケ」
「くくく、蜘蛛ごときがわれを捕食する気か?」
「ばーか。ドラゴンの怖ろしさ、見せてあげるよ!」
アラクネの言葉を嘲弄したのは、レヴィとファフニールだ。
二体は同時に〈人化〉を解く。
洞窟内に巨大な二体のドラゴンが姿を現した。
「どうぢゃ! われを喰いたいなら喰ってみるがいい!」
「なんだい、その微弱な毒は? ボクにはまったく効かないねぇ!」
二体のドラゴンはそれぞれタラントラの群れへと突っ込んでいった。高位の蜘蛛型モンスターであるはずのタラントラたちが、彼らの巨体にあっさり踏み潰されていく。
タラントラはまさに蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、
「われから逃げられるとでも思ったか!」
「逃がさないもんね!」
レヴィの水魔法で圧殺され、あるいはファフニールの息によって毒殺される。
この状況に慌てたのは統率者のアラクネだ。
「ドラゴン、アリエナイ。ドラゴン、クエナイ」
「おっと、逃がさないぞ」
形勢不利と判断して逃走を図ろうとしたアラクネの前に、俺は転移して立ちはだかった。ちなみに向こうは天井に張り付いているため、俺とは上下逆さである。
「ニンゲン、ニンゲン。ドラゴン、コワイ。ニンゲン、コワクナイ」
ドラゴンよりは組し易いと見たか、アラクネは蜘蛛糸を吐き出しながら突っ込んできた。
俺は〈魔法剣〉スキルを使う。
二本の剣が赤々と燃え上がった。
炎の剣で蜘蛛糸を斬り燃やすと、突進してくるアラクネを迎え撃つ。
毒の爪を躱し、その歪な身体を二本の剣で切り裂いた。
「バカナ……」
「生憎、俺はあのドラゴン二体よりも強いんでな」
上半身と下半身が泣き別れた直後、それぞれが発火して炎に包まれた。
・アラクネの糸:軽くて丈夫な超高級繊維素材。稀少度レア。
「良い素材が手に入ったな」
蜘蛛型の魔物から採れる糸は繊維素材として重用されているが、その最上位とも言われているアラクネの糸は滅多に入手できない。
こいつを使って防具でも作りたいな。
ここ奈落では、他にもここでしか手に入らないような稀少な素材が多く採れる。
中でも利用価値が高いのが、この鉱物だ。
・超硬鉱:アダマンタイトの原料となる鉱石。稀少度レア。
アダマンタイトは、神の金属とされるオリハルコンには及ばないものの、ミスリルを越える強度を誇る貴金属である。
これによって武具を作れば、ミスリル性の武具よりもさらに高い攻撃力、防御力を実現することが可能だ。
俺は奈落の探索をしつつ、意識してこの超硬鉱を探してみた。
ごく稀に地面や壁などが淡く光っていることがあり、〈神眼〉で確かめてみるとそれが超硬鉱だったりする。
後はモンスターからのドロップだ。
ロックアルマジロ
レベル:40
スキル:〈突進+6〉〈頑丈+8〉〈硬化+8〉〈物攻耐性+8〉〈魔法耐性+6〉〈暗視+1〉〈気配察知+2〉
アルマジロの魔物だ。
岩を喰って生きていて、それがそのまま身体を護る鱗になるらしい。
時にアダマンタイトを食べていることがあり、倒すと鱗や体内から出てくるのである。
身体を丸めて転がりながら突進してくるだけが攻撃手段なので、それほど危険な魔物ではない。
ただ、とにかく防御力が高く、なかなか刃が通らないため少し苦労した。
シルステルに戻ると、手に入れた超硬鉱をニーナに預けた。
「任せてなのです!」
これで彼女がより強力な武具を作ってくれるだろう。
裁縫はできないので、アラクネの糸は専門店に持っていくことにした。俺も〈裁縫〉スキルを持ってはいるが、アラクネの糸ほどになるとやはり専門の道具が必要だ。
「これはまた随分と珍しいものを持ってきたねぇ」
アラクネの糸を渡すと、店主のおばさんが驚いたように見張った。
「いいのかい? こんな稀少な素材、あたしなんかに任せて? うちに仕事を依頼するのは初めてだろう?」
「ああ。だが、腕は確かだと聞き及んでいる」
「ははっ、天下のSランク冒険者様に期待されるなんて酷いプレッシャーだね」
見た目はどこにでも良そうな五十がらみのおばさんだが、〈裁縫+8〉を持っている。アラクネの糸を任せるには十分な実力だ。
そうしてクラン本部に戻った俺のところに、なぜかテツオが駆け寄ってきた。
「兄貴!」
「どうした? そんなに慌てて」
「一体誰なんですか! あの可愛い子は!」
「……誰の話だ?」
俺が訊き返すと、テツオは目を怒らせて詰め寄ってくる。
「しらばっくれないでくださいよ! 俺、この目で見たんですから! 昨日、兄貴がすげぇ可愛い子を連れているところを! 奈落に挑んでいるとか聞いてたのに、なんで新しい女の子を囲い始めてるんですか!」
「……ごめん、本気で身に覚えがないんだが……ちょっと特徴を言ってみてくれ」
テツオはその可愛い子とやらの特徴を教えてくれた。
「黒髪で!」
「黒髪」
「ツインテールで!」
「ツインテール」
「年齢はたぶん十代中頃で!」
「十代中頃」
「一人称はボクで!」
「一人称がボク」
ファフニールのことじゃねぇか!
そう言えば、こいつには教えてなかったんだっけ?
すでにみんな知ってるもんだと思っていた。
クランにいれば自然と情報が回ってきそうなもんだが。
ああ、そうか、テツオ、友達いないもんな……。
「僕、彼女を見た瞬間、思ったんです! ああ! この子が僕の運命の子だと!」
「へ~……」
どうやら一目惚れしたらしい。
残念だが、あいつはドラゴンだ。
そして雄だ。
「けど兄貴の彼女だと言うのなら、僕は……」
「いや彼女じゃないから」
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ」
もちろん彼氏でもない。
「じゃあ、アプローチしちゃってもいいんですね!?」
「そ、そうだな……好きにしてくれ」
俺は目を逸らしながら言った。
これほど本気な彼に、真実を伝えられなかった。
「ありがとうございます! 僕、頑張りますんで! ああでも、なんて声をかければいいんだろうっ……本命が相手となるとやっぱり緊張するものなんですね!」
……悪いな、テツオ。
けどまぁ、愛は性別の壁を越えるらしいぜ?
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