第108話 奈落

「色々と世話になったのう」

「いえ、こちらの方こそ俺たちの訓練に付き合ってくれてありがとうございました」

「かかか、儂らも最期にこうして前途ある若者たちに託すことができたし、これで未練なくあの世に行けるわい」


 仙人のような老人・シュンファは、とても死んでいるとは思えない快活な笑いを上げた。


 不死者たちの指導を受けて一か月。

 当初から一か月という約束だった。彼らとは今日でお別れとなる。

 当然ながら一生の別れだ。


「うぅ、天国に行っても元気に頑張るのよ……」


 アンジュが目に涙を浮かべている。


「またきっと会えるさ。君たちが死んだらの話だけど」

「ん」


 小人族のレオーサが冗談めかして言い、ファンが神妙に頷いている。


「おで、てんごく、いける?」

「どうかしら? あなたの日頃の行い次第でしょうけど……死人のくせにいつも暴食していたし、難しいかもしれないわね」

「そんな……じごく、こわい……」


 エルフのアルアに脅され、巨人族のガガグラが怯えている。


「安心してください。俺がちゃんと天国に送りますんで」

「よがった。れいじ、やさしい」


 涙ながらに礼を言ってくるガガグラ。彼は見た目とは裏腹に繊細で純粋なのだ。


 そして俺は〈死霊術〉を使い、彼らを現世に留めていた枷を外してやった。

 肉体から生気が抜け、淡い靄のような光が彼らの身体から天へと昇っていく。


 ……その際、彼らのスキルを〈死者簒奪〉で拝借しておいた。

 勿体ないもんな。







 元海賊の冒険者たちから選抜した二十名は、全員がBランク冒険者へと昇格した。

 これまでチームに分けてダンジョンに挑戦させてきたが、それに伴って解体。

 今後、彼らはジェパールのギルドを牽引していってくれることだろう。


 ジェパールのギルドは順調に売り上げを伸ばしている。

 職員や冒険者たちも仕事に慣れてきて、俺が口出しすることも減ってきた。

 開設以来ずっと忙しかったが、ようやく落ち着いてきた。


 そんな訳で、俺は主要メンバーたちを連れて、とあるダンジョンへと赴いた。


 シルステルとジェパールを分断するミエゴ大森林。

 その奥深くにダンジョンはあった。


 ――奈落。


 それは大陸並の広さがあるとされる、世界最大のダンジョンだ。

 一説には悪魔が棲む地下世界に通じているとも言われている。


 ここでしか入手することができない貴重な素材が数多く存在していて、発見された当時は大勢の命知らずの冒険者たちが挑んだという。

 だが怖ろしいのは広さだけでなく、出没する魔物が強敵ばかりだということだ。

 そのため死亡者が続出し、冒険者ギルドは奈落挑戦に最低でもAランク以上という条件を付けた。

 リスクとリターンが釣り合わないということもあって、近年では挑む者はめったにいない。


「これが入り口だな」


 ぽっかりと空いた巨大な穴。

 それが奈落への入り口だった。


「暗くて奥が見えないわね」

「一般的なダンジョンと違って、奈落の中は完全な暗闇らしいからな。光魔法が必須だ」


 穴の周りには辛うじて足場らしきものがあり、そこを伝って中へと入ることができるようだ。


 俺と一緒にこのダンジョンに挑むのは、ファン、ルノア、アンジュ、刀華、スライムズ、レヴィ、ファフニール、そして、


「久しぶりのダンジョン攻略、わくわくします!」


 シルステルの女王、ディアナが遠足前の子供のように目を輝かせていた。


「……政務の方は本当に大丈夫なんだな?」

「もちろんです! このときのために仕事をどんどん大臣に委譲させてきましたから」


 ディアナはドヤ顔で言う。


「そもそもこれまで王にばかり権限が集まり過ぎていたんです。結果、お父様がお身体を崩された際には様々な政策が滞り、大きな問題となっていました。ですので、たとえ王がいなくともきちんと国が回って行くように改革したのです!」


 それだけ聞いていると何だか立派に聞こえるが、単に彼女が執務嫌いだっただけだろう。

 まぁでも、俺もジェパールのギルドでは同じようなことを考えているからな。可能な限り俺が居なくても大丈夫なように、部下を育ててきた。


「という訳で、これからはもっと一緒にいられますね!」


 ディアナは俺の腕に抱き付いてくる。


「なにボクのレイジくんにベタベタくっ付いているんだよっ!」


 声を荒らげたのはファフニールだ。怒りを表すようにツインテールがうねる。……俺がいつからお前のモノになったよ。


「レイジくんから離れろっ」

「嫌です~」


 対抗するように、ファフニールは反対側から俺の腕に抱き付いてきた。

 ディアナは、ふふん、と鼻を鳴らし、


「残念ですが、レイジさんは女の子に抱きつかれた方が嬉しいんですよ」

「はんっ、ボクの方が君なんかより断然かわいいもんね!」

「……へぇ、それは聞き捨てなりませんね?」


 おいやめろ、俺を挟んで喧嘩するな。


「やめなさい、レイジが困ってるじゃない」


 アンジュが口を挟んできた。

 さらにレヴィが悪戯っぽい笑みを浮かべ、


「そうぢゃな。そのような貧相な胸を押し付けては可哀想ぢゃろ。どうせ挟まれるなら、この二人の方がずっと気持ち良さそうぢゃ」


 火に油を注ぐようなことを言う。


「ぐっ」

「ぐぬぬ……」


 アンジュと刀華の胸と自分たちのそれを見比べ、その圧倒的戦力差に悔しげに顔を歪めるディアナとファフニール。


「そそそ、そうね! レヴィの言う通りよ! という訳でそこを代わりなさい! べべ、別にレイジに抱きつきたいからとか、そういうんじゃないんだからっ!」

「わっ、私もレイジ殿が望むというのなら、それをするのもやぶさかではないぞ!」

「いいえ! 絶対に譲りません! 胸の大きさが何ですか! 大事なのは形です!」

「そうだそうだ!」

「あなたは形以前にそもそもないでしょう!」

「うるさいなぁっ! 君にだけは言われたくなんてないね! だってボクと大差ないじゃないか!」

「わたくしだって少しくらいはありますッ!」


 おーい……早くダンジョンに入ろうぜ……?


「しゅらばなの」

「ん、もう少しかかりそう」


 ルノア、ファン、傍観してないで助けてくれよ。あとレヴィ、なに笑ってんだよ。


 このパーティ、戦闘能力としては頼もしいメンバーばかりだが、チームワークに大きな課題がありそうだな……。








 光魔法を常時発動し、暗闇を照らしながら進んでいく。


 ダンジョン『奈落』には階層など存在していない。

 天然の洞窟さながらに上に下にと道が入り組んでいる。

 同じような場所が多く、あっという間に現在地が分からなくなってしまった。もし転移魔法が使えなければ、このままダンジョン内で彷徨い続けることになるだろう。



アフール

 レベル:35

 スキル:〈吸血+5〉〈超音波+3〉〈気配察知+3〉〈噛み付き+2〉〈暗視+2〉〈翼飛行+5〉



ハイドパンサー

 レベル:40

 スキル:〈噛み付き+5〉〈隠密+5〉〈俊敏+6〉〈気配察知+2〉〈暗視+2〉〈嗅覚+3〉〈聴覚+5〉



ダークイエティ

 レベル:43

 スキル:〈雄叫び+5〉〈怪力+5〉〈俊敏+3〉〈暗視+4〉〈気配察知+4〉



 今のところ遭遇した魔物はこいつらだ。

 光のない世界で進化したのか、どいつも〈暗視〉スキルを有している。


 アフールは巨大な蝙蝠で、レベルは低いものの大量に群れているのこともあるので厄介だ。あちこちにいるため、もう何体も倒している。


 ハイドパンサーはネコ科の魔物。

 暗闇の中、〈隠密〉スキルで近づいてくるため警戒が必要だが、単体でいることが多いのでそれほど脅威ではない。


 ダークイエティは関取のような体格をした毛むくじゃらの魔物。

 だが動きは速く、攻撃力も高い。

 普通のイエティは真っ白だが、こいつは身体が黒くてやはり闇に紛れるのが得意のようだ。


 まだほんの入り口だが、それでもダンジョン『九竜の潜窟』の最下層クラスの魔物ばかりである。


 ちなみに今のところ罠はまったくなさそうだ。

 俺の〈罠探知〉スキルに先ほどから何も引っ掛からない。


「きゃっ!?」


 と思っていたら、アンジュがいきなり何もないところで悲鳴を上げた。

 その身体が引っくり返り、逆さまで天井へと飛んで行く。


「まさか罠ですか!?」

「いや、違う……これは……」


 天井を光魔法で照らす。

 するとそこに巨大なシルエットが浮かび上がる。



アラクネ

 レベル:55

 スキル:〈蜘蛛糸+10〉〈毒爪+4〉〈俊敏+5〉〈隠密+3〉〈統率+4〉〈暗視+3〉〈気配察知+3〉



 上半身が女性、下半身は蜘蛛の魔物、アラクネだ。

 どうやらアンジュはこいつの蜘蛛の糸に引っ掛かったようだ。

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