第107話 謎の嫁(自称)来襲!
「一体どういうことなのだ、レイジ殿っ!」
俺がクラン本部の執務室で雑務に追われていると、いきなり刀華が怒鳴り声を上げながら部屋に飛び込んできた。ノックくらいしてほしいところだが、雰囲気的にそんな状況でもなさそうである。
「何があった?」
「貴殿の嫁だという輩が現れたのだ!」
「……は?」
訳が分からなかった。俺の嫁? もちろん俺は結婚などしていないし、まったく心当たりなどない。
だが直後、今度はアンジュが部屋に飛び込んできて、
「ちょっとレイジ! どういうことなのよ!? あんたが結婚してるなんて聞いてないわよ!」
俺も聞いてない。
「今までずっとあたしたちを騙していたのね! 許さない! 許さないんだから!」
般若のような形相で詰め寄ってくるアンジュ。
「いや、待て。ちょっと落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!」
「そうよ!」
「まず話を聞かせてくれ」
どうにか二人を宥めようとしていると、そこへ転移魔法を使ってディアナがやってきた。
なんてタイミングの悪い……。
「っ!? ついにレイジさんの争奪戦が勃発……っ?」
「違う。そうじゃない。おい、参戦しようとするな。剣をしまえ」
「じゃあ一体何があったんです?」
「レイジが結婚してたのよ!」
「け、結婚!? レイジさん! どういうことなんですか!?」
「俺が訊きたいくらいだ! 身に覚えは一切ない!」
「では一体誰なのだ、あの女の子は! どこかで手を出したのではないか!」
俺はわざわざ転移魔法を使って部屋の反対側まで移動し、詰め寄ってくる三人から逃れた。
「とにかく、そいつは下にいるんだな? 何かの勘違いだと思うが、とりあえず会ってみることにする」
「あっ!」
その少女は俺を見つけるなり、ぱっと顔を輝かせて駆け寄ってきた。
年齢は十代中頃といったところ。長い黒髪を頭の左右にツインテールに結わえている。
その可愛らしい容姿は、一度見れば恐らく忘れないだろう。
生憎、俺にはまったく記憶にない人物だが。
「また君に会えるときをずっと楽しみにしていたんだ!」
なのにそんなことを言いながら、俺の腰に抱き付いてくる。
ここはクラン本部一階のエントランスだ。当然ながら周囲の視線が一斉に集まってくる。
「……レイジさんがまた美少女を増やした……」
「さすがはSランク。女遊びも豪快だな」
「だが、これは修羅場になるぞ……」
「一体、何人の美少女を囲ったら気が済むんだあの人は……」
……俺の評判がおかしな方向へと進みつつある件について。
「……ていうか、どちら様?」
「ボクだよボク!」
誰だよ。オレオレ詐欺かよ。
まあ〈神眼〉で見てみればすぐに分かるだろう。
ファフニール
レベル:99
スキル:〈毒の息+10〉〈噛み付き+10〉〈鉤爪攻撃+10〉〈突進+10〉〈物攻耐性+10〉〈魔力探知+10〉〈人化+3〉
称号:神世の毒竜
「またこのパターンか!?」
リヴァイアサンと同じく人化したドラゴンだった。
「誰なのよ、その女は!」
「こいつはファフニールだ。レヴィと同じく人化したようだな」
「「「ファフニール!?」」」
ツインテール少女が俺の腰に抱きついたまま嬉しそうな声を上げた。
「すごい! この姿でもボクだと分かったんだね! きっと二人の愛がなせる業だよ!」
〈神眼〉のお陰です。
「ほう? 珍しいのう、ファフニール。貴様が巣穴から出てこんなところまで来るとは」
「ふふん! ボクはもう引き籠りを卒業したんだ! これからは愛に生きるって決めたからね!」
旧知の仲らしいレヴィの言葉に、ファフニールがそんな宣言をぶちまける。
「そんなわけで、レイジくん! これからボクらはずっと一緒だよ! 明るい家庭を作ろう!」
「勝手に決めるな」
俺は嘆息した。
「そもそも、そこまで好かれるようなことした覚えないんだが……」
「愛に理由はいらないよ! でも強いて言うなら、君はボクを殺さずに生かしてくれた! 普通、人間はドラゴンを怖れ、隙あらば討伐しようとするっていうのに! あのときボクは知ったんだ! 人間の中にも君のような素敵な人がいるってことをね!」
恋する乙女のような表情をするファフニール。
・ファフニール:信仰度 85%
すでに信仰度が凄いことになってる。
「くくく、そやつはず~~~と自分の住処に引き籠ってばかりおったからの。ほんのちょっとの優しさにも弱いんぢゃろ」
それにしたって、さすがにチョロ過ぎだろ……。
「さあレイジくん! ボクの身も心もすべて君のものだよ! 君が望むのなら子供だって作ってみせる!」
「いきなり現れて何言ってるのよ、あんた!?」
「そうです! いい加減、レイジさんから離れてください!」
「そ、そうだぞ!」
アンジュ、ディアナ、刀華の三人が、俺に抱きつくファフニールを無理やり引っ剥がそうとする。
「嫌だよ! 君たちこそ何なんだよ! ボクとレイジくんの仲を引き裂こうったって、そうはいかないんだからね! ボクらは硬い愛情で結ばれているんだから!」
だが相手はレベル99の怪物。人化したことでステータスが幾らか下がっているとは言え、抵抗されればそう簡単にはいかない。
ていうか、痛い! 俺まで引っ張られている!
「レイジくん、子供は何人欲しい? ボク、レイジくんの子供だったら何人でも欲しいな」
「こんな状況で勝手に家庭計画を進めないでくれないか!?」
「あたしだって欲しいわよぉぉぉっ!」
「わたくしもです! シルステルの未来のためにも、ぜひ優秀な子種が……っ!」
「わわわ私はっ……」
「お前らまで何言ってんだ!?」
子供だって見ているんだぞ。ルノアとか。
「パパ、たいへんそうなの」
「ん。これが修羅場」
そんな中、レヴィがやれやれと肩を竦めながら言った。
「ファフニールよ。残念ぢゃが、貴様とレイジでは子供を作ることはできんのぢゃぞ?」
「っ! 何でだよっ? ボクたちはこんなに愛し合っているんだぞ!」
声を荒らげるファフニール。
勝手に俺まで愛していることにしないでくれませんかね?
続くレヴィの一言が、この場にいた皆に大いなる衝撃をもたらすこととなった。
「だって貴様、雄ぢゃろ」
ファフニールは地面に崩れ落ちていた。
「そんな……男同士だと子供を産めないなんて……」
こいつ、そんな基本的すぎることも知らなかったのか……。
だがそれ以上に驚きなのは、こいつが雄だったことだ。
「女の子にしか見えないんだけど……」
「そうですね……」
「私も女とばかり……」
ファフニールが雄だと知るや、アンジュたちは安堵している様子だった。
しかし考えてみれば、リヴァイアサンだって人化したらこんな幼女の姿になるのだし、雄の毒竜が人化して女の子にしか見えない姿になってもおかしくないのかもしれない。
「ふふん、悔しければ女になって出直してきなさい。無理だと思うけど」
「どうやら嫁というのはただの妄想だったようですね」
勝ち誇る女性陣を、ファフニールがじろりと睨む。
「何を言っているんだい? たとえ子供を作ることができなかったとしても、ボクらが愛し合っている事実は変わらないよ!」
そもそもそんな事実はない。
「まさかレイジ殿には男色の趣味がっ……?」
「ねぇよ!」
刀華に大いなる勘違いをされそうになり、俺は全力で否定した。
「大丈夫さ、レイジくん! ボクらの愛に限界はない! きっといつか愛の結晶が生まれてくるはず!」
ぎゅっと拳を握りしめ、勝手に決意しているファフニール。
いや、百歩譲って愛があったとしても、そんな生物の原則を越えることは不可能だろ……。
こうして俺に新たな従魔(?)ができたのだが、正直言って色々と頭が痛かった。
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