第106話 死者簒奪
「ふふふ、君の魂は一際美味しそうだ」
リッチがうっとりした目で俺を見つめてくる。
「ぜひ僕のコレクションにして、永遠に可愛がって――」
「生憎、お前の眷属になる気なんかさらさらねーよ」
俺はリッチが言い終わる前に問答無用で仕掛けていた。転移魔法で背後を取り、背中を斬り付ける。
ざっくりと肉を裂く手応えがあったが、血は一滴も出なかった。すでに死んでいるリッチには血が通っていないのかもしれない。
「あはははっ、いきなり斬り付けてくるなんてなかなか情熱的だねぇ!」
リッチは痛がる様子など微塵もなく、それどころか与えた傷が見る見る修復されていく。〈自己修復〉スキルの効果だ。しかも+10で熟練値がカンストしているため、あっという間に完治してしまった。
「アイスアロー」
無詠唱で氷の矢を放ってくる。
俺はそれを剣で防ぎつつ、こちらも魔法をお返しする。
「インフェルノ」
リッチの足元から地獄の炎が噴き上がり、その身を焼いた。
だが燃え盛る火炎の中で、リッチは平然と笑っている。
「へぇ、魔法まで使えるのかい」
炎から出てきたリッチの身体は、高熱に炙られて肉が溶解し、あちこち骨が露わになっていた。しかしすぐに肉や皮膚で覆われて元の姿を取り戻していく。
「これならどうだ」
俺はリッチの首を剣で両断した。
胴体から離れた頭部が宙を舞う。
「あはははっ! 容赦ないねぇ!」
地面を転がる頭部が大声で笑っていた。異様な光景だ。
直後、その頭部が時間を早送りしたかのように朽ちていったかと思うと、胴体から頭が生えてくる。
「これでも死なないのか」
「僕は不死身だ。どんなに頑張ったって倒せはしないよ」
「もう少し試させろ」
俺はさらに首どころか腕、足、胴体と、次々とリッチの身体を刻んでいった。魔法主体だからか、身体能力自体はさほどではない。いや、そもそも抵抗する素振りすらなかった。
「無駄だよ」
だがやはりすぐに復活してしまう。
「じゃあ、もっと細切れにしてやる。神怒暴風(ハリケーン)」
俺は風の超級魔法を発動した。
乱戦の最中で味方まで巻き込んでしまうような魔法だが、可能な限り風を凝縮させて威力を集中させる。暴風に呑み込まれたリッチの華奢な身体が引き千切れ、粉砕されていく。
リッチは完全に肉片と骨片にまで分解された。
「……これでもダメなのか」
さすがの俺も目を剥いた。
バラバラになった肉片たちが一か所に集まっていき、まるで粘土を捏ねるようにしてリッチの元の身体を作り上げてしまったのだ。
「もう気は済んだかい? 今度は僕の方からいかせてもらうよ」
「っ……!」
突然、頭が割れそうなほどの痛みを覚えた。
視界が揺れる。
「これは……黒魔法か……?」
黒魔法は死や病気、呪いなど関する魔法で、即死魔法なんかも含まれる。
恐らく俺にその即死魔法をかけてきたのだろう。
通常、一定以上の強さを有する相手には効果がないが、こいつの〈黒魔法〉は+10。もし俺に〈魔法耐性〉スキルがなければ、今のであっさり死んでいたかもしれない。
「へえ? 僕の即死魔法が効かないなんてね。これはますます君が欲しくなったよ」
やはりこいつは野放しにしておいては危険な存在だ。
眷属たちも強力で、ファンたちもなかなか苦戦している。
……肉片すら残さないようにすれば倒せるだろうか。
俺は次の手段を講じることにした。
「よし、スラぽん。そいつを喰らえ」
『っ!』
グラトニースライムであるスラぽんが、相手が俺に気を取られている隙に背後に回ってリッチを呑み込んだ。
「っ!? これはっ……」
スラぽんの体内へと閉じ込められたリッチは、外に出ることができない。魔法を発動しようとするも、その魔力をスラぽんがすぐに吸収してしまうのだ。
リッチの身体が溶解していく。修復よりもペースが早い。
やがてリッチは完全にスラぽんに吸収されてしまった。
これなら肉も骨も欠片すら残らない。
『ふふふ、なかなか良いアイデアだったと思うよ』
「……うーん。これでもダメか」
俺の目の前に薄らと身体が透けたリッチが現れた。
どうやらこいつの霊体のようだ。
『言っただろう? 僕は不死身だってねぇ。死霊術を極めた僕の魂は、永遠にこの世界に留まり続ける。身体を再構築させることで何度でも復活できるのさ』
頭の中に直接声が響いてくる。
ん? ちょっと、待てよ。
そもそもこいつ、死んでいるのか、生きているのか?
不死者っていう言葉だけ聞くと、死んでいないように聞こえるが……。
俺が持つ〈死者簒奪〉は、死んだ者からスキルを奪うことができるスキルだ。
だがここでいう死者の定義はなんだろうな?
A:肉体の機能を喪失した者のこと。スキルは霊体と結びついており、その霊体は肉体によって守られている。そのためスキルを簒奪するためには、肉体という〝殻〟を破る必要がある。
〈神智〉スキルで調べてみるとそういうことらしい。
ってことは。
俺はリッチに対して〈死者簒奪〉を使ってみた。
グリオール
スキル消失:〈死霊術+10〉〈黒魔法+10〉〈風魔法+10〉〈水魔法+10〉〈氷魔法+10〉〈自己修復+10〉〈召喚魔法+8〉〈無詠唱+5〉〈高速詠唱+6〉〈魔法耐性+5〉
レイジ
スキル獲得:〈死霊術+10〉
スキルアップ:〈黒魔法+5〉→〈黒魔法+10〉 〈風魔法+8〉→〈風魔法+10〉 〈氷魔法+5〉→〈氷魔法+10〉 〈自己修復+6〉→〈自己修復+10〉 〈召喚魔法+3〉→〈召喚魔法+8〉 〈無詠唱+8〉→〈無詠唱+9〉 〈高速詠唱+5〉→〈高速詠唱+6〉 〈魔法耐性+6〉→〈魔法耐性+7〉
『っ!? な、なんだ、これは……? 存在を、保てないっ……?』
リッチの霊体がどんどん薄くなっていく。
恐らく俺が〈死霊術〉のスキルを奪ったからだろう。
「上手くいったみたいだな」
『一体僕に何をしたっ……? くっ……い、嫌だッ! 僕はまだ消えたくないッ!』
必死に現世にしがみ付こうとしているリッチだが、すでに魂を操る術を失ってしまった以上、足掻くことすらできない。
「じゃあな」
『ああああああああっ!』
リッチは亡者の悲鳴を上げながら消えていった。
◇ ◇ ◇
「……まさか、この私がリッチに操られていたなんて」
リッチの眷属にさせられていたエルフ――アルアが、美麗な顔を顰めて忌々しげに吐き捨てる。
「うむ。儂としたことが一生の不覚じゃったわい」
さらに仙人のような見た目の人間族――シュンファが頷く。
死霊術師が成仏(?)したお陰で、彼らは正気を取り戻していた。
「たすけてくれた。おれい、いう」
頭の上から降ってくる片言は、巨人族のガガグラの声だ。
他の不死者たちも口々に礼を言ってくる。
「だけどあのリッチを倒すなんて。どんなに攻撃しても死なない化け物だったんだけどね」
そう不思議そうに言うのは小人族のレオーサという少年だ。
いや、それは見た目だけで、実際の年齢は100歳を超えている。
彼は元々Aランクの冒険者で、リッチの討伐に行ったものの返り討ちに遭い、眷属にさせられたそうだ。
さて。
どうするかな。俺は〈死霊術+10〉を手に入れたため、彼らを冥土に送ることもリッチのように支配することも自由だ。
さすがに俺はあのリッチのようなことをしたくはないが、これだけの戦力だし、手放すのは惜しい気もする。
「儂らはすでに死んでいる身。冥土に送ってくれれば幸いじゃ」
彼らの願いは総じてすぐに天に召されることだった。
死んでから何年も経っている者も多く、すでに家族や友人などはみんな死んでいるだろうという。
「ちょっと待ちなさいよ! まだあんたとの勝負の決着ついてないんだから!」
と、声を荒らげたのはアンジュである。
仙人みたいな見た目のシュンファが、かっかっか、と笑った。
「威勢の良い嬢ちゃんじゃのう。ふーむ、お主のような若者を見ておると、儂が生前に編み出した技を伝授したくなってきたわい」
本人たちも乗り気ならちょうどいいかもしれない。最近、俺以外のメンバーたちもちょっと強くなり過ぎていて、訓練の相手が限られてきている。
「せっかくだし俺からもお願いします。見ての通り、俺たちはまだ若い。経験豊富な皆さんから学べることは沢山あるでしょう」
「うむ。今さら少々延期しても神様も怒るまい」
そんなわけで、少しの間だけ彼らは地上に留まることになったのだった。
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