第104話 チームD

 セルカ率いる〝チームD〟はダンジョン『怨念の古城』に挑戦していた。


 ここに出没するのは主にアンデッドモンスターたちだ。

 骨だけのワイトや動く死体レヴァナントなど、悍ましい姿の魔物が次々と襲い掛かってくる様はなかなかに恐怖である。

 しかしさすがは怖れを知らない元海賊、チームDの冒険者たちは果敢に迫りくるモンスターと戦っていた。


「っ! 新手だ!」

「任せてください」


 セルカが放った矢が男たちの頭上を越え、薄暗い通路の向こうから押し寄せてきたワイトたちをまとめて吹き飛ばした。粉砕された骨片が辺りに四散する。


 一通りモンスターを掃討し終わると、彼らは一息ついた。


「しっかしセルカさんの弓の腕前はさすがですや。今なんて一射で四、五体の骸骨野郎を倒しましたぜ」

「いえ、元より弓は得意だったのですが、それでも以前はここまでではありませんでした。このダンジョンに潜るようになって、どうやら私も成長してきたようです」


 セルカの弓技は、風魔法のお陰で威力、命中率ともに元々かなり高い水準にあったのだが、最近になってさらに練度が上がっていた。


(またこうしてパーティを組んでダンジョンに挑戦するときが来るなんて、思いもしませんでした)


 ファースの街のギルド長であるアンジュリーネとパーティを組んでいた頃のことを思い出しながら、セルカは今の状況に改めて驚きを覚える。


 一応Bランク冒険者としての地位はそのままにしていたが、一度は完全に引退したつもりだった。

 そして受付嬢としての仕事にも慣れてきて、これからは冒険者のサポートとして生きていこうと思っていたときに、レイジと出会ったのである。


(ついこの間のことのように思えますね。実際、まだ半年ほど前のことですけど。この僅かな間にギルド長になって、しかもSランクに……確かに出会った当初から凄い方だとは思ってましたけど、まさかここまでとは思いませんでした)


 彼の活躍を聞くうちに、きっとそれに触発されてしまったのだろう。あるいは、心のどこかでまた冒険がしてみたいと思っていたのかもしれない。

 だからこそジェパールで受付嬢ではなく冒険者をやってみないかと言われたとき、迷いながらも頷いたのだ。

 今は決断してよかったと思っている。


「さて、ここはまだ行ったことがない場所ですね」


 探索を再開して薄暗いダンジョンを進んでいたセルカたちは、大きな扉の前で立ち止まった。


「もしかしたらボス部屋かもしれません。覚悟はいいですか?」


 まだ彼女たちはボスに遭遇していないが、すでに他のチームの中にはボス討伐に成功したチームもいるという。このダンジョンのマッピングも八割方済んでいるし、そろそろボス部屋に辿り着いてもおかしくないだろう。


 セルカの問いに、チームのメンバーたちが強張った表情で頷いた。


「ルノアさん、今の私たちだけでは厳しいかもしれませんので、ぜひフォローをお願いしますね。……ルノアさん?」


 最年少ながらチーム最強の少女に声をかけたセルカだったが、なぜか様子がおかしい。人形のように無表情で、まったく瞬きをしていないのだ。


「ルノアはこっちなの」

「え?」


 背後から聞こえた声に振り返ると、そこにもルノアがいた。


「ふ、二人いる!?」

「どういうこった!?」


 メンバーたちも驚きを口にする。


「みなさん、気を付けてくださいっ! ゴーストの中には姿を変えることができる個体もいると聞きます! きっとこれも……」


 セルカは素早く距離を取りつつ、腰からナイフを抜いた。


「ちがうの。スラいちなの」

「……はい?」


 スラいち――と言えば、レイジの従魔であり、このダンジョン攻略にも付いてきているスライムだ。確かに姿が見えないが……


 ぷるぷるっ!


 ルノアと瓜二つの少女がぷるぷると震えた。


「えええっ!? もしかして本当に!?」

「そうなの」

「ほ、本物とまるで区別がつきませんね……」


 ナイフを仕舞ったセルカは、まじまじと偽物のルノアを観察した。

 スラいちは色んなものに擬態することができるとは聞いていたが、果たしてここまで人間そっくりに化けることができるものだろうか。


「びっくりさせてごめんなさいなの。スラいち、もとにもどるの」


 ぷるぷるっと震えてから偽ルノアの身体が崩れ、スライムの姿へと戻った。

 どうやら本当だったらしい。


「と、とにかく。準備はいいですね? 行きますよ」


 咳払いとともに気持ちを切り替え、セルカは扉を開けた。


 舞踏会を開催できるような広々とした部屋だ。

 あちこち朽ちてはいるものの、奥には豪奢な玉座らしきものがあり、恐らくここは謁見の間だろう。

 そして玉座に腰掛けていたのは、禍々しい衣装に身を包む骸骨の王――ワイトキングだった。



ワイトキング

 レベル:50

 スキル:〈氷魔法+7〉〈水魔法+5〉〈黒魔法+5〉〈闇魔法+5〉〈死霊術+8〉〈自己修復+6〉〈高速詠唱+6〉

 称号:不死の王



「っ! 気を付けてください!」


 その骸骨王が立ち上がるや否や、骨だけと化した右腕を前方に伸ばす。

 直後、鋭利な氷の矢がこちら目がけて放たれた。


 セルカは風を纏う矢を放ち、それを相殺。

 だが骸骨王は間髪入れずに今度は複数の矢を放ってきた。

 セルカも負けじと矢を同時に撃ち、そのすべてを破壊する。何本かは骸骨に迫ったが、氷の盾によって阻まれてしまった。


「今だ!」

「おらあああっ!」


 セルカと打ち合いをしている隙に、男たちが左右から骸骨に忍び寄っていた。

 一斉に躍りかかる。

 しかし骸骨王が左腕を上げると、周囲に突如としてワイトの群れが現れた。男たちの奇襲が防がれてしまう。どうやら味方のアンデッドを召喚できるらしい。


「厄介な相手ですねっ……」

「てつだうの」


 セルカたちだけでは荷が重い相手だと判断し、ルノアが動く。

 時空魔法で骸骨王の頭上へ転移すると、間髪入れずに雷撃を放った。


 骸骨王の身体を激しい雷が襲う。

 骨が抉られ、髑髏に穴が開いた。


「っ? 修復されていく……?」


 だが〈自己修復+6〉スキルを有するワイトキングだ。見る見るうちに骨が元通りになっていく。

 並の攻撃では倒せないと分かったルノアは、宙を舞いながら言った。


「スラいち、たのんだの」


 ルノアの首に巻き付いていたスラいちが、ぷるぷるっ! と震えてその姿を変える。

 それは戦鎚(ハンマー)だった。

 ルノアは柄を掴むと、小さな身体を目いっぱい使って、ワイトキング目がけて振り下ろす。

 と同時、普段は亜空間に保存している身体を取り出したスラいちが、そのままの形状で瞬く間に巨大化していった。


「ハイグラビティ」


 加えてルノアは重力魔法を使い、その巨体に何倍もの重力をかける。

 巨大ハンマーが骸骨の王に叩き付けられる。


「スラいちハンマーなの」


 ルノアとスラいちの合わせ技によって、ワイトキングは粉々に砕け散った。

 さらにトドメとばかりにセルカが矢を連射し、大きめの骨片を粉微塵にしていく。

 さすがのワイトキングもこれでは修復不可能だろう。


「ふぅ……やりましたね」

「おつかれなの」


 パチパチパチ、と拍手音が響いたのはそのときだった。


「いやあ、おみごとおみごと。まさか、このダンジョンのボスモンスターをこうもあっさり倒してしまうとはねぇ」


 セルカたちが一斉に振り返った先には、楽しそうに微笑む一人の美青年がいた。だがまるで血が通わぬ死人のように青白い顔をしている。


「……何者ですか?」


 警戒しながら誰何するセルカ。

 見た目は人間だが、嫌な気配がしたのだ。


「リッチ、と言えば分かるかな?」

「っ!? リッチですって……っ?」


 セルカは息を呑んだ。

 リッチというのは、禁呪とされる死霊術を極めたネクロマンサーが、自ら不死者になったとされる存在のことだ。それゆえ高い知性を有しており、また長い年月をかけて恐るべき力を手に入れている場合も多い。

 その危険度は最低でもA。個体によってはSに指定されるレベルである。


「このダンジョンは僕の別荘の一つでねぇ。数年ぶりに来てみたら、偶然にも君たちに出会ったって訳だ。ふふ、それにしても、これほど活きが良い人間は久しぶりだよ」


 見た目こそ優男だが、尋常ではない気配を漂わせていた。

 青年は何でもないことのように言った。


「ぜひ君たちを僕のコレクションに加えたいなぁ」

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