第103話 チームC

 刀華をリーダーとした〝チームC〟は『氷晶の洞穴』に挑戦していた。


 洞窟そのものが氷でできており、しかも淡く発光して青く煌めいている。その幻想的な光景に目を奪われない者はおらず、世界で最も美しいダンジョンと言われているほどだ。


 ただし過酷な環境でもあった。

 常に氷点下を大きく下回る極寒の気温。

 足元は氷であるため、当然滑りやすく起動力が大幅に落ちてしまう。

 加えて場所によっては氷が鏡のように目の前の光景を映し出すため、鏡迷宮(ミラーラビリンス)のごとく現在地が分からなくなりやすい。


 出現するモンスターも決して侮れない。

 ホワイトグリズリーや、鋭い牙を有するセイウチのモンスターであるウォルラスなど、狂暴で大型の魔物が多数徘徊している。


 それでも当初は苦戦していた元海賊の冒険者たちも、徐々に力を付けて今では彼らだけでもダンジョンを進むことができるくらいになっていた。


 今もウォルラス数頭の群れに囲まれたが、刀華やスラさんの加勢なしに彼らだけで倒してしまった。


「やりましたぜ、刀華様!」

「うむ。見事だ。この短期間で随分と成長したようだな」

「刀華様の指導のお陰ですぜ!」


 着実に強くなっていく彼らの姿に、刀華は感慨深いものを覚える。


(当初は元々海賊だった連中だからと疑問視していたが、意外と気の良い連中だ)


 自分よりも年上で、しかも粗野な男たちではあるが、素直に教えを乞うてくる彼らに好感を覚えていた。


 近年のジェパールの剣士たちは、流派の伝統やら格式やらにこだわるあまり、流派の壁を超えた革新的な剣術を身に付けた刀華のことをどこか疎んじている風があった。

 しかし目の前の彼らはそうしたことに捕らわれていない。純粋に強さを追及しているのだ。


(それに今まで自分自身が強くなることばかりで人を指導したことなどなかったが、こうした立場に立ってみるのもなかなか悪くない。それもこれもすべてレイジ殿のお陰……)


 刀華は改めて彼の凄さに感嘆させられるのだった。


 ぷるぷるっ!


 そんな刀華の内心を知ってか知らずか、スカイスライムのスラさんが彼女の周囲を楽しそう(?)に飛び回っている。


「……そ、それにしても、相変わらず貴殿は可愛らしいな……」


 本当はもっと巨大なのだが今は身体を小さくしている空飛ぶスライムに、刀華は思わず口元を緩めてしまう。レイジの従魔であるスライムは全部で四体いるが、中でも刀華はこのスラさんが一番のお気に入りだった。

 前に身体に触らせてもらったことがあるが、その感触も素晴らしい。


(ああ……またぷにぷにさせてくれないだろうか……。って、今はそんなことを考えている場合ではない。ここはダンジョン。慣れてきたとは言え、集中せねば)


 ぷるぷる?


 それから彼女たちはさらにダンジョンの奥へと進んでいく。

 やがて辿り着いたのは広大な空間だった。

 しかし地面はある生き物によって埋め尽くされていた。


 刀華の腰くらいまでしかない小柄な身体。

 頭部や背中部分は黒いのだが、腹部は雪のように白くてぷっくらしている。


「か、可愛い……」


 刀華は思わず呻いた。


「こいつらペンギンですぜ。これでも鳥の一種だとか」

「鳥? 確かに翼のようなものが付いているが……」


 身体に対してかなり小さく、どう見ても飛べそうにないのだが、そのことがまた愛嬌と感じられた。

 ひょこひょこと覚束ない足取りでわらわらと集まってくる彼らの愛くるしさに、ついここがダンジョンの中であることを忘れてしまう。


 刀華は近付いてきた一匹に、恐る恐る手を伸ばす。

 柔らかい頭に触れて撫でてやると、ペンギンは嬉しそうにパタパタと翼を振った。


(……ああ、可愛い……このペンギンという生き物、連れて帰ってもいいだろうか……)


 刀華だけでなく、厳つい男たちもまたペンギンの愛らしさに頬を緩めていた。


 ――油断していたと言っても良いだろう。


 ぷるぷるっ! ぷるぷるぷるっ!


「む? どうしたのだ、スラさん?」


 唯一、なぜか落ち着かない様子でぷるぷる震えるスライム。


「もしかして貴殿も頭を撫でて欲しいと……?」


 その警告に気づくことも無く、盛大な勘違いをする刀華。

 次の瞬間だった。


 ガブッ。


「ッ!?」


 突然、さっきまで大人しく頭を撫でられていたはずのペンギンが刀華の腕に噛み付いてきたのだ。

 見ると、嘴の中には鋸のごとく鋭い牙が並んでいた。


 さらに他のペンギンたちも一斉に牙を剥いていた。

 先ほどまでの愛らしさは完全に成りを潜め、今や獲物を狙う肉食獣のごとき凶暴さを露わにしている。


「な、何だこいつらは……っ!?」

「やべっ、まさか罠か!?」


 彼らはただのペンギンではない。

 実はアーミーペンギンという名のモンスターだった。

 その愛くるしい姿で群れの中心にまで獲物を誘い込み、集団で一斉に狩りを行う狡猾な魔物なのだ。



アーミーペンギン

 レベル:20

 スキル:〈噛み付き+3〉〈水泳+4〉〈滑氷+3〉〈俊敏+2〉〈繁殖+2〉〈演技〉



 完全に囲まれていた。

 全部で三百匹以上はいるだろう。

 レベルが低いとはいえ、さすがにこの数は脅威だ。


 ペンギンたちが一斉に躍り掛かってきた。

 しかもさっきまでの愚鈍な動きはフェイクだったのか、かなり俊敏だ。地面を蹴って飛びかかってくる個体もいた。

 刀華たちは円陣を組んで対抗しようとするが、あっという間に怒涛のごときペンギンたちに呑み込まれそうになる。


 ぶよおおおおおんっ!!!


 そのときだった。

 スラさんが空中で巨大化すると氷の上に落下し、何匹ものペンギンを押し潰した。

 さらにそのまま迫りくるペンギンの群れを押し留めてくれる。


「スラさん、助かる!」


 スラさんが壁となって後方を護ってくれたお陰で、格段に戦いやすくなった。


「すまぬっ! 完全に油断していたっ……」

「刀華様だけのせいじゃないぜ!」

「おうよ! 俺たちだって柄にもなくこいつらの可愛らしさに騙されちまってた!」

「だが……」

「今は戦いに集中しましょうぜ!」


 自分がいながらこの失態……と悔やむ刀華だったが、彼らの言葉に気を取り戻す。

 感謝する! と叫び、躍り掛かってくる狂暴なペンギンたちを斬り伏せていった。


「しかし何という数なのだっ……」


 仲間の死体を乗り越え、次から次へとペンギンが押し寄せてくる。

 そんな中、向こうから一際大きなペンギンが姿を現した。


「でかっ!」

「白熊並の大きさがあるぞ!?」


 頭に立派な鶏冠のあるそのペンギンは、他のペンギンたちを薙ぎ倒しながら氷を滑走して迫ってくる。

 実はこのペンギンこそ、このダンジョン『氷晶の洞穴』のボスだった。




   ◇ ◇ ◇




「うお、何だこりゃ……?」


 刀華率いるチームCを迎えにきた俺は、目の前に広がる凄惨な光景を前に思わず呻いた。

 大量の魔物の死体が転がっているのだ。

 その数、ゆうに三百を超える。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「死ぬかと思ったぜ……」


 元海賊の冒険者たちが息を荒らげながら、血で赤く染まった氷の上に寝転がっている。

 どうやらアーミーペンギンと呼ばれるモンスターの大規模な群れを掃討したらしい。

 レベルは低いものの、これだけの数となるとさすがに大変だっただろう。


「でかいのもいるな」



エンペラーペンギン

 レベル:40

 スキル:〈噛み付き+5〉〈滑氷+4〉〈水泳+4〉〈繁殖+4〉

 称号:ペンギン王



 小柄なペンギンたちに交じっていた巨大なペンギンを調べてみる。単体としてのレベルは低いが、どうやらボスモンスターらしかった。


「……ペンギンはもうこりごりなのだ……」


 血塗れになった刀華がそんな風に呻いていた。


 訊いてみると、ペンギンの可愛らしさに釣られて群れの中に深く入り込んだところで、突然牙を剥いて襲いかかって来たのだという。

 ……確かに、ちょっとトラウマになりそうな光景かもしれない。


 と、そんな彼女を慰めるかのように、スラさんが肩の上に乗っかって、ぷるぷる? と震えた。


「ああ、スラさん……やはり貴殿が一番いい……癒される……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る