第102話 チームB
アンジュ率いる〝チームB〟が挑んでいるのは『牛頭迷宮』と呼ばれるダンジョンだった。
その名の通り、牛頭のモンスター――ミノタウロスが出没するダンジョンである。
個体としての強さで言えば、ミノタウロスはリザードマンよりも遥かに脅威だ。一方で数が少ないため、大半は一体ずつ仕留めていく形になり、その点で『蜥蜴人の洞窟』よりもやや攻略しやすいと言えた。
「ブモオオオオッ!?」
断末魔の声を上げ、ミノタウロスの巨体が倒れ伏す。
今もチームBの元海賊たち四人掛かりで戦い、撃破したのだ。
「ふぅ、どうにか倒せたっす……」
ほっと安堵の息を吐いたのは、スーヤ。
男ばかりの元海賊たちの中では珍しく、まだ十代半ばほどの少女である――というのは見た目だけで、実年齢は二十を超えている。本人は童顔を気にしていた。
「さっきよりも時間がかかったわね! 弛んでるんじゃないの!」
と、そこにアンジュからの叱咤が飛んできた。
「そ、そんなこと言われてもっすね、姐さん……さっきからずっと戦いっぱなしっす……」
スーヤは弱々しく反論した。
一体を倒すのにそれほど苦労しなくなったとは言え、すでに二十体以上も相手しているのだ。
傷や体力は治療薬で回復させることができるが、精神的な疲労はそういう訳にはいかない。だんだんと集中力が欠けてきつつあった。
「気合が足りないのよ、気合が! 気合があればなんでもできるわ!」
それはあなただけっす! とスーヤは思わず心の中でツッコんでしまった。
アンジュの指導はありていに言ってスパルタだった。
恐らくはアマゾネス式なのだろう。
いや、それだけでもないっすね……とスーヤは分析する。
「他のチームに負けるのは許さないんだからっ」
「そうっすよね、姐さん! 最も成果を上げて、ぜひともレイジさんに褒めてもらいたいっすもんね!」
「そうよ! だからあんたたちにはもっと頑張ってもら――って、ななななな何言ってんのよ!?」
スーヤが鎌をかけると、アンジュはあっさりと本音を漏らした。
「べべべ、別にあいつに褒めてもらいたいとか、そんなことこれっぽっちも思ってないんだからね!」
懸命に誤魔化そうとするアンジュだったが、
(((……なんて分かり易いツンデレなんだ……)))
元海賊たち全員が内心でそう苦笑するのだった。
「わ、分かったわよ。じゃあ、少し休憩にするわ」
結局それからしばし迷宮内で休息を取ることにした。
その間に現れたミノタウロスについては、アンジュとメタルスライムのスラじが瞬殺した。
「相変わらず強過ぎっす、姐さん……」
少女のワンパンでミノタウロスの巨体が吹っ飛んでいくという、出鱈目な光景。しかしお陰でスーヤたちは安心して休むことができた。
「でもレイジさんはもっと強いんすよね……」
「ああ。なんたってSランク冒険者だからな」
「俺はあのリヴァイアサンと一対一でやり合ってるところを見てたんだが、正直言って異次元だったぜ……」
「ヤバいっす……。ていうか、レイジさんたちのパーティが本気出したら、ジェパールくらい滅ぼせるんじゃ……」
アンジュ以外にも強力なパーティメンバーがいるのだ。
ジェパールの王女にしてジェパール一の剣士と謳われた刀華はもちろん、二刀流のファンやスライムの従魔たち。それに最近はリヴァイアサンまでも従えていると聞く。
加えて勇者も配下に置いているとかいないとか。
「ジェパールどころか、世界を手中にできるんじゃないっすか……」
「……だな」
やがて休憩を終え、迷宮探索を再開することになった。
「姐さんのためにうちら頑張るっす!」
「ああ、他のチームに負けねぇぞ」
「そうだな」
気合を入れ直すスーヤたち。
「姐さんの〝恋路〟のためにもっと成長するっすよ!」
「だからそんなんじゃないって言ってるでしょうがぁぁぁっ!」
アンジュの怒号が迷宮に反響した。
「……姐さん、早く素直に認めてしまった方が楽っすよ」
「な……」
「ぶっちゃけ、うちら皆とっくに気づいてるっすから。姐さんがレイジさんのことが好きだってこと」
「~~~~っ!」
ゆでだこのように顔を真っ赤にするアンジュ。
かわいいなぁ、とスーヤは思いつつ、
「でも安心してほしいっす! うちら姐さんの味方っすから! 応援してるっすよ! 姐さんの想いはきっと通じるはずっす!」
他のメンバーたちも、うんうん、と頷くのだった。
顔を俯け、アンジュは弱々しい声で、
「べ、別に、す、好きとかじゃ、ないし……。ていうか、そもそもあたし、好きとか、よく分からないし……」
まだ言い張るかと内心で呆れつつも、もうひと押し! とばかりにスーヤは畳みかける。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないっすよ、姐さん!」
「……っ?」
「生憎レイジさんの周りには美人がいっぱいいるっす! 特にシルステルの女王様なんて、あからさまにレイジさんにアプローチしてるじゃないっすか! このままだと本当に取られてしまうっすよ!?」
「うぅっ……」
その将来を思い浮かべたのか、アンジュは悔しげに顔を顰める。
「早いとこ告白するべきっすよ!」
「む、無理よ! そそそ、そんな! 告白なんて! 絶対に無理!」
「姐さん、気合があればなんでもできるっす!」
「気合なんかでどうにかできる訳ないわよっ!」
えー、さっき自分で何でもできるとか言ってたのに……と、スーヤは目を半眼にした。
「…………そ、そもそもあたし、今までそういう経験ないし……」
「誰でも最初はそうっすよ!」
「……でもあたし、ガサツで男っぽいし……」
「何言ってるんすか! 姐さんは女の自分から見てもすごい綺麗じゃないっすか! スタイルもいいっすし、振り向かない男なんていないっすよ! そうっすよね?」
そうだそうだ! と男たちが力強く応じる。
お陰で少し自分に自信が持てたのか、
「こ、告白……あたしが、あいつに……」
「『レイジ……あたし、あなたのことが好きだったの』『俺もだよ、アンジュ』『ほ、本当に?』『ああ。結婚しよう』」
「結婚っ!?」
スーヤが勝手な妄想を口にすると、アンジュが頓狂な声を上げた。
「どどど、どうしよう!? 結婚!? いきなり結婚してって言われてしまったわ!? だけどまだ結婚は早いわよ! ちゃ、ちゃんと然るべき手順を踏んでからって言わなくちゃ! ああでもっ、そしたら断ってるかのように思われてしまうかも!? どど、どうしたらいいの!?」
「お、落ち着いてっす、姐さんっ。そうっすね! 結婚はまだ早かったっす!」
狼狽え出すアンジュを、スーヤは慌てて宥める。
だが次の一言がさらに事態を悪化させた。
「まずはキスからっすね!」
「キス!?」
どうやら〝結婚〟以上のキラーワードだったらしい。
ぼふん! と、アンジュの脳みそが発火。
「い、いやあああああああっ!」
そしていきなり悲鳴を上げて走り出した。
「姐さん!?」
アンジュは迷宮内を全力疾走していた。
「ききき、キスなんて! そんなの無理無理無理っ! 絶対無理よぉぉぉっ!」
「ブモウッ!?」
迷路状のフロアを駆け巡る彼女に、立ちはだかるミノタウロスたちは、哀れ、ほとんど雑魚同然に吹っ飛ばされていく。
やがて広々とした空間へと辿り着いた。
「ブモオオオオオオオッ!!!」
凄まじい雄叫びを轟かせながらアンジュの前に現れたのは、普通のミノタウロスが子供に見えてしまうほどに巨大な牛頭のモンスターだった。
クイーンミノタウロス
レベル:50
スキル:〈怪力+6〉〈突進+6〉〈闘気+3〉〈頑丈+5〉〈統率+2〉〈授乳+3〉
称号:ミノタウロスの女王
このダンジョンのボスである。
出鱈目に走り回った挙句、彼女は単身でボス部屋に突入してしまったのだ。
「キスなんて無理よおおおっ!」
「ブモオオオオオオオオオオッ!?」
アンジュの拳の連打がクイーンミノタウロスに襲いかかる。
牛頭の女王も硬い蹄を振るって応戦するが、今のアンジュの謎の勢いを前に終始圧倒されていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………はっ!?」
ようやく我に返るアンジュ。
そして女同士の一騎打ちに敗れて倒れ伏したボスモンスターの存在に、初めて気が付いたのだった。
「……なに、こいつ?」
アンジュ
レベルアップ:59 → 60
スキル獲得:〈狂戦士化〉
◇ ◇ ◇
アンジュたちチームBを迎えにきた俺に、メンバーの一人であるスーヤが言い辛そうにあることを伝えてきた。
「え? アンジュが行方不明?」
「そ、そうなんす……い、いきなり勝手に走り出してしまって……」
「? 何があったんだ?」
「それは言えないっす! 姐さんの名誉のためにも!」
その後、ファンが高い嗅覚を活かしてにおいを辿っていったところ、彼女はボス部屋で発見されたのだった。
どうやら単身でボスに突撃し、しかも撃破してしまったらしい。
何をやってるんだ……。
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