第99話 ファフニール
レオ王と戦った翌日、俺のSランクへの昇格が正式に決定した。
俺に敗北した後、一度は目を覚ましたらしいのだが、神獣化すると獣人に戻った後にその反動が来るようで、今日は政務を休んで寝込んでいるらしい。……まったく、ディアナといい、国王なのだからちゃんと自重してもらいたいものだ。
「これで現役としてはお主が4人目のSランク冒険者じゃ」
冒険者ギルドのトップであるジールアから、直々に新しいギルド証を手渡された。超希少金属であるオリハルコンでできた特別製らしく、陽光に翳すと七色に煌めいている。
「きれいなの」
「私も欲しい」
ルノアとファンが羨ましそうに見てくる。
そう言えばファンはまだBランクだったな。先日レアーディに圧勝したことからも分かる通り、とっくにAランクになっていてもおかしくない実力を持っているのだが、昇格することに大してメリットがないため忘れていた。
ジェパールでも昇格試験は受けることができるし、何なら俺のギルド長権限で試験無しで昇格させることもできる。だが一応正規のステップを踏んでおいた方が良いだろう。
ちょうど今、バランの首都であるティガの冒険者ギルドにいるし、いい機会だな。
そんなわけで、ジールアたち評議会員たちが転移魔法でフロアールへと帰っていくのを見送った後、ファンの昇格試験の申し込みをしようと受付へ。
「昇格試験、受けたい。Aランクの」
「は、はいっ! 畏まりましたっ!」
俺のパーティメンバーだからか、受付嬢は随分と慌てた様子で応対していた。
「わ、私が試験官を担当させていただきます、ギルド長のガブです」
普通は申し込みをしてからしばらく時間がかかるのだが、俺のSランク効果か、すぐに試験が行われることとなった。しかも試験官はギルド長自ら努めるらしい。
ガブ 38歳
種族:豹人族
レベル:43
武技スキル:〈剣技+4〉〈体技+4〉〈爪技+5〉
移動スキル:〈木登り+3〉〈隠密+6〉
身体能力スキル:〈怪力+5〉〈俊敏+6〉〈集中力+5〉〈動体視力+4〉〈柔軟+6〉
特殊スキル:〈闘気+1〉
称号:ギルド長 Aランク冒険者
豹の獣人のようだ。Aランク冒険者で、実力的にはレアーディと同じくらいだろう。隠密スキルが高く、戦士というより暗殺者タイプかもしれない。
「正直、レアーディ殿下を圧倒された方の試験官ができる者なんて、私の他にはいないんですよ……」
ガブは諦念に満ちた声で教えてくれる。
随分と顔色が悪い。
「ファンおねえちゃん、がんばってなの」
「ん。頑張る」
「あんな奴、ファンなら瞬殺できるわ!」
アンジュが言った「瞬殺」という一言に、ひぃっ、とガブが頬を引き攣らせる。
そして両手を拝むように合わせ、懇願する。
「お、お願いですっ! 手加減してください! まだ死にたくないんです!」
どうやらファンとレアーディの戦いを見ていたらしい。完全に怯えている。
ファンは不思議そうに首を傾げた。
「? 殺しはしない」
「つまり半殺しにはされるんですねっ!?」
ガブはぶるぶると身体を震わせる。ファンのことを殺人鬼か何かだと思っているのだろうか。まぁ実際、王子を殺しかけたしなぁ。
「安心してください。ファンは誰彼構わずにあんなことをするようなやつじゃないんで」
「そ、そうですかっ?」
俺が安心させるように言うと、ガブはホッとしたように息を吐き出した。ギルド長のくせに随分と小心だな。
「ん。ムカつく相手以外には優しい」
ファンがぶっきら棒に呟く。
と言っても、彼女が無表情で無愛想なのはいつものことなのだが。
「ひぃっ! すいません! すいません!」
どうやらファンが怒っていると思ったらしく、ぺこぺこと必死に頭を下げるガブだった。
「ファン、手加減しろよ」
「ん、了解」
結論から言うと、昇格試験は一分ほどで終わった。
最初から〈隠密〉スキルを全開にして逃げ腰のガブに、「馬鹿にしてる?」とファンが憤ってしまい、全力で追い駆けてぶっ飛ばした。
剣を使わなかったためファンなりに手加減はしたのだろうが、ガブは泡を吹いて意識を失ってしまった。
さて。
そろそろジェパールに戻るか。
この期間ちょくちょく転移魔法で帰っていたとはいえ、少々仕事が溜まり気味だ。
その前に養成所に行ってファンの母親に挨拶しておくことにした。
「元気でね、ファン」
「ん」
「時間があるときでいいから、いつでも遊びにきなさい」
「ん」
「……あなたはいつも強がるけど、今は良い仲間たちがいるんだから。たまには甘えてもいいんだからね。それがパーティというものよ」
「ん」
ファンが母親との別れを惜しんでいる。……ようにはあまり見えないのは、いつものように無表情だからだ。
「お母さん」
「なに?」
ファンはフィナに近づいていくと、ぎゅっと彼女を抱き締めていた。
「お母さんこそ、何かあったら言って」
「…………ありがとう」
ファンなりに母親のことを心配しているのだろう。
転移魔法を使えば一瞬だし、これからは時々、連れてきてあげるとしよう。
「レイジさん、娘をよろしく頼むわね」
「ああ」
そうして、ジェパールへと帰ろうとしたときだった。
「れ、レイジさんッ! 大変ですッ!」
突然、血相を変えた豹人族が養成所へと駆け込んでくる。
ギルド長のガブだ。
「どうしたんです?」
「で、伝説のドラゴンがッ……危険度Sの魔物ファフニールがこの街に向かって来ているんですッ!」
なんですと。
ガブに案内された俺たちは、バロンの首都・ティガの街を囲う城壁の上に来ていた。
都市の西部に広がる草原地帯。
〈神眼〉を使って遥か先へと目を向けてみると、濛々とした砂煙を巻き上げながら一匹の巨大なドラゴンがこちらに真っ直ぐ向かって来ているのが見えた。
ファフニール
レベル:99
スキル:〈毒の息+10〉〈噛み付き+10〉〈鉤爪攻撃+10〉〈突進+10〉〈物攻耐性+10〉〈魔力探知+10〉〈人化+3〉
称号:神世の毒竜
おおー、さすがのステータスだな。
「本来、ファフニールはめったに自分の住処から出てくることがないのですがっ……」
ガブが蒼い顔をして教えてくれる。
「でも、ファフニールが集めている宝を奪ったりすると、それを取り返すために我を忘れて巣から出て来るっていう伝説があるわ。そのせいで、過去に国が滅びたこともあるって」
フィナもまた険しい顔をしていた。
そんな中、迫りくる巨大生物を見て、おかしそうに笑っている輩が一人。
「くくくくっ、ファフニールのやつめ、予想通り怒り狂っておるわ。光物に目がないのは相変わらずのようぢゃのう」
リヴァイアサンのレヴィである。
「おい」
「なんぢゃ?」
「あれはお前のせいか?」
「くくく、その通りぢゃ! われが彼奴の巣から最も高価そうな王冠を拝借してやったのぢゃよ!」
「……その王冠は?」
「今はルノアが被っておる」
見ると、いつの間にかルノアが頭にキンキラキンの冠を付けていた。
・王者の冠:身に付けたものにスキル〈王威+10〉を与える。稀少度レジェンダリー。
稀少度レジェンダリーって初めて見た……。
「パパ、レヴィちゃんがくれたの! すごくきれい」
「よ、良かったな、ルノア……」
スキル〈王威+10〉のお陰か、ルノアがとても神聖な存在に見える。本人が喜んでいるようだし、なかなか返せとは言い出しにくい。
どうやら装備によって得たスキルは、〈献物頂戴〉でも俺に反映されないようだ。
気づけばファフニールはすぐそこまで迫って来ていた。
漆黒の鱗に覆われた全長三十メートルを越える巨大なドラゴンだ。
「陛下が寝込んでおられる今、あなただけが頼りなんです!」
ガブが俺に縋ってくる。
そもそも俺の従魔の仕業なんだけどな……ほんと、すんません。
「くくく! 巣の中にいると思う存分戦えぬからの。こうして外まで誘き寄せてやったのぢゃ。さぁて、今度こそ彼奴と――」
「テレポート」
俺は戦う気満々だったレヴィを、転移魔法で強制的に遥か遠くへと飛ばしてやった。
あのドラゴンとは俺が戦う。
やっぱ街の救世主は邪神じゃないとな!
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