第98話 聖獣

「オオオオオオオオオオオオッ!!!」


 聖獣と化したレオ王が凄まじい咆哮を上げた。

 大音量が衝撃波と化し、観客席との間に張られた結界が軋む。


「このバカもんが! 戦闘能力が倍増する反面、理性が吹き飛ぶ諸刃の剣を、こんな場所で使う奴があるかッ!」


 評議会会長のジールアが怒鳴った。

 理性が吹き飛ぶ……?



レオ=バダルジャン

 状態:正常 → 狂化



〈神眼〉でステータスを見てみると、各アビリティやスキルが大きく上昇していた。

 一方で、聖獣化によるペナルティとして「狂化」状態になっている。

 恐らく〈聖獣化〉スキルの熟練値が上がっていけば、こうしたデメリットは無くなっていくはずだが……。


「な、何だあの巨大な獣は!?」

「王様なのか……っ?」


 レオ王のあの姿を初めて見たのだろう、観客たちが驚愕している。

 中には悲鳴を上げて逃げ出す者までいた。


「テレポート!」


 ジールアが転移魔法を唱えた。

 次の瞬間、俺たちは見知らぬ荒野へと飛んでいた。


「……ここなら心置きなく戦えるじゃろ」


 溜息交じりにジールアが言う。

 確かにあのまま闘技場で戦っていたら、結界が破壊されて人や街に多大な被害が出ていたに違いない。

 後のことは任せたぜ、というレオ王の発言は、ジールアが転移魔法で安全なフィールドに飛ばしてくれると見込んでのことだったのだろう。


 とんだ戦闘狂だな……。

 息子とは違う意味で面倒な奴だった。


「ガアルアッ!」


 そんなこちらの嘆息などお構いなしに、ほとんど野生の獣と化しているレオ王が喉を鳴らして威嚇してくる。

 まぁでも、理性がないならかえって戦いやすいかもしれない。

 俺はレオ王の頭上へと転移し、その頭に斬撃を叩き込もうとする。


「っ!?」


 その寸前、レオ王の全身の毛という毛が逆立った。

 バチバチと空気が爆ぜる音がし、直後、四方八方へと雷撃が撃ち出される。


「放電した……ッ?」


 レオ王の身体が発電していた。

 聖獣と化したことで解放された能力なのかもしれない。


 これでは剣が触れた瞬間、こちらが電流で黒焦げにされてしまう。

 俺は斬撃を止め、いったん距離を取ろうとする。

 そこへ雷撃が飛来した。

 俺は例のごとく転移魔法で回避。


「っ!?」


 だがまさに転移したその場所目がけ、別の雷が迫っていた。

 ギリギリで再転移し、どうにか避ける。


「またっ!?」


 しかしその場所にも間髪入れずに雷撃が飛んでくる。


 ――読まれているのか?


 一瞬そう思うも、狂化した状態では俺の動きを先読みするというようなマネはできないはず。


「本来なら口出しはいかんのじゃが……」


 ジールアがそう前置きし、教えてくれた。


「雷の獅子と化したあやつは、大気中の電流を完璧に把握しておるのじゃ。そして人間の身体は常に電気的な働きをしておる。ゆえに相手の位置や動きを一瞬で理解し、攻撃できるのじゃ」


 なるほど。

 つまり先を予測している訳ではなく、そう思ってしまうほどの速さで俺の動きを察知しているという訳か。その察知は、動物的な直感に近いものかもしれない。


 それに雷撃は〈飛爪〉よりも攻撃速度が遥かに速いため、俺のノータイムの転移魔法であっても避けるのは容易ではない。というか、〈第六感〉スキルで放たれる寸前に動き、それでも辛うじて回避できているというレベルだ。


 次々と放たれる雷の槍。

 俺は避けることを止め、水の盾を作り出して防御することにした。

 俺の周囲を水が護り、電撃を防いでくれる。


 同時に俺は攻撃魔法を放ち、遠距離からレオ王を狙い撃つ。


「オオオオオオッ!」


 雄叫びを響かせ、レオ王は自ら躍り掛かってきた。

 雷めいた凄まじい速さ。

 気づけばもう目の前にいた。

 その巨大な爪が水の防壁を一瞬で吹き飛ばし、続いて鋭い牙の並ぶ咢が俺に噛み付かんと迫る。


「っと!」


〈天翔〉で咄嗟に上空に逃れる。

 足先を雷が掠めてビリビリした。

 レオ王は空中を蹴り、まさしく雷のごとき動きで追撃してくる。


 しかし雷撃ほどの速さはない。

 俺は転移魔法で突進を逃れると、


「インフェルノ・トルネード」


 火と風の融合魔法を発動した。

 業火が渦を巻きながらレオ王を呑み込む。

 全身を焼かれるも、レオ王は強引に竜巻の中から飛び出してきた。


「おおおっ!」


 その瞬間を狙い、俺は二本の剣を振るって〈飛刃〉を発射する。

 レオ王の雷撃がそれを相殺。

 だが次の瞬間には俺はもう巨体の背後にいて〈飛刃〉を浴びせてやった。

 雷による反撃がくるが、それは水の盾で防ぐ。


 ならばと再び突進してくるレオ王だが、こちらは転移魔法で避け、距離を取ると攻撃魔法で狙い撃ちにする。


「ォオッ……」


 高い生命値と耐久値を有するレオ王だったが、ほぼ一方的に攻撃を受けて、さすがにちょっと動きが鈍くなってきた。


「ふむ。どうやら聖獣と化してもレイジには勝てぬようじゃの」


 ジールアのじいさんが空から眺め下ろしながら言う。


「それを理解しておればいいのじゃが……」

「オオオオッ!」


 じいさんが懸念する通り、あの状態のレオ王が負けを認めるとは思えない。


「叩きのめして意識を奪うしかないか」


 せっかくだし、俺が編み出した必殺技を試してみるかな。


 俺は二本の剣に闘気を集束させていく。

 さらに〈魔法剣〉スキルを使い、それぞれの剣に魔法を纏わせた。


「まさか魔法剣まで使えるというのか!? しかも炎の剣と氷の剣を同時にじゃと……っ?」


 ジールアが目を剥いて叫ぶ。


「俺としても被害の出ない場所に移動してくれて助かったな」


 右手の刹竜剣レッドキールは闘気と炎を纏い、左手の刹竜剣ヴィーブルは闘気と氷を纏う。

 右方向からは凄まじい熱が俺の肌を炙り、左方向からは極寒の冷気が俺の肌を締め付けてきた。


「ガルアァァァッ!!」


 危険を察知したレオ王が猛り声とともに躍り掛かってきたが、まさに飛んで火にいる夏の虫だった。


「喰らいやがれッ! 〝炎氷十字斬〟ッ!」


 繰り出すは炎の斬撃と氷の斬撃。

 十文字を描く赤青二条の剣閃が迸り、迫りくるレオ王に激突した。


 レオ王は咄嗟に前方に激しい雷撃を放出して俺の剣を防ごうとする。

 だが高熱と極寒という相反する属性が闘気を通じて混じり合うことで生み出された超絶エネルギーが、一瞬にして雷を爆散させた。


「……ッ!?」


 雷を剥ぎ取られたレオ王を俺の十字斬りが襲う。

 本来の技であれば、恐らく彼の身体は四つに分割されていたことだろう。

 しかし俺はあえて剣の腹を向けることで威力を抑えていた。


 それでもレオ王の巨体が吹き飛び、背後の岩壁に激突。

 崩れ落ちた岩石の山に埋まってしまった。


 どうやら気を失ってくれたようで、起き上って来ない。

 岩を掘り起こしてみると、中から元の人間型に戻ったレオ王が出てきた。

 息はあるが、火傷と凍傷で酷いことになっていた。

 回復魔法で治してやる。


「生きてはおるようじゃな」


 ジールアが雲に乗って近くまで下りてくる。

 ボロボロのレオ王を覗き見て、やれやれと肩をすくめた。


「まったく、王になっても若い頃とまるで変わっておらんのう、この阿呆は」


 訊けば、若い頃に二人は同じパーティに所属していたことがあるのだという。

 まだ新人冒険者だったレオ王だが、その無茶で無謀な性格から、ジールアたちをよく困らせていたのだとか。


「とにかく、これで昇格試験は終わりじゃ。いったん闘技場に戻るぞ」


 ジールアの転移魔法で闘技場のフィールドへと帰った。


「戦いはどうなったんだ?」

「おい、レオ王が気を失っているぞ?」

「もしかしてレイジが勝ったのか!?」


 ざわめく観客たちに向かって、ジールアが告げた。


「昇格試験の正式な結果は試験官が目を覚ましてからの発表となる……が、これを見れば火を見るより明らかじゃろう。新たなSランク冒険者の誕生じゃ!」


 バランの空に大歓声が轟いた。

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