第97話 レオ=バダルジャン

 観客席は、先日ファンがレアーディと戦った試合以上の満員御礼だった。


 それはそうだろう。

 なんたって、Sランク昇格試験が行われるのは全世界で数年に一度あるかないかといった頻度なのだ。

 しかも試験官を務めるのが、現役のSランク冒険者でもあるこの国の王様だ。忙しい政務の合間を縫っては超難度のダンジョンに潜り、今でも鍛錬を怠らないという。


 貴賓席には評議員たちの姿があった。この日のため、わざわざフロアールから来たのだろう。と言ってもあの爺さんは転移魔法が使えるし、移動は一瞬だろうが。


 バトルフィールドへ入場すると、俺はレオ王と握手を交わした。


「息子が迷惑かけちまって、すまねぇな」

「いえ」

「あいつはオレが直々に更生中だが、何か詫びをさせてくれや」

「ファンと何か約束をしていたみたいなので、それを確実に守らせるようにしていただければ十分です」


 でないと、今度こそあの王子はファンに殺される。


「悪ぃな」


 握手を終えて、俺たちは距離を取る。


「……だが、試験の方は今のと別だ。お前が本当にSランクに相応しいかどうか、公正に確かめてやるぜ」

「もちろんですよ」


 レオ王は昇格試験の試験官だ。もちろん評議会員たちも合否の判定に関わるだろうが、最終的には直接戦った試験官が鍵を握る。


「――だっていうのに興奮を抑え切れねぇぜ。試験うんぬん以上に、久しぶりに全力でやり合えるかもしれねぇ相手だからな」


 レオ王は少年のように目を輝かせて言う。

 俺は改めて、彼のステータスを〈神眼〉で見た。



レオ=バダルジャン 43歳

 種族:獅人族

 レベル:84

 武技スキル:〈体技+10〉〈拳技+7〉〈蹴技+7〉

 攻撃スキル:〈噛み付き+10〉〈鉤爪攻撃+8〉〈飛爪+4〉

 身体能力スキル:〈怪力+8〉〈俊敏+6〉〈集中力+5〉〈動体視力+6〉〈回避+4〉〈自然治癒力+5〉〈頑丈+5〉〈酒豪+3〉

 特殊スキル:〈闘気+6〉〈聖獣化+2〉

 技術スキル:〈統率+6〉〈狩り+8〉

 称号:バラン王国国王 Sランク冒険者



 魔法主体だったジールアとは対照的に魔法は全く使えないものの、武技スキルの〈体技〉がカンストしているなど、その戦闘力は侮れない。各能力値も高く、さすがはSランクといったステータスだ。


 しかし気になるのが〈聖獣化〉というスキルだな。

 その名の通り、聖獣に変身できるスキルだろうが……。


「両者、準備はよいか?」


 雲の魔法生物の上に乗って、評議会会長のジールアが近づいてくる。

 俺たちが頷くと、ジールアが試験開始を宣言した。


「それではSランク冒険者昇格試験を始める!」


 その声は風に乗って闘技場中へと響いた。

 同時に巻き起こる大歓声。


 直後、レオ王が地面を蹴り、巨体とは思えない速さで躍り掛かってきた。

 繰り出された爪撃を俺は刹竜剣で受け止める。重い。火花が散り、甲高い音が轟く。


「ぬんっ!」

「っ……」


 レオ王が強引に腕を振り抜くと、体重の軽い俺はあっさりと吹っ飛ばされた。

 空中で身を捻り、着地する。


「あれ? 王はどこに?」

「ほんとだ、いないぞ……?」


 観客席からどよめきが起こる。

 恐らく〈狩り〉スキルの効果だろう。俺の〈隠密〉スキル動揺、気配を消すことで自分の居場所を相手に悟られにくくしたのだ。+8だけあって、あの巨体を観客たちは完全に見失っているようだ。


 だが俺の〈神眼〉にその手は使えない。

 一瞬どこにいるか分からなくなったものの、すぐに捕捉に成功する。


「〈飛刃〉」

「がっ!?」


 ワザと見失ったフリをしながら俺が闘気の刃を飛ばすと、横合いから接近しつつあったレオ王に直撃した。


「……ちっ、完璧にオレの位置が見えてやがるな」


 舌打ちするレオ王だが、その顔は楽しげに笑っていた。


「面白れぇ! そうこなくっちゃなァ!」


 今度は姿を隠さずに攻めてきた。

 レオ王の爪と俺の剣がぶつかり合い、その度に激しい衝撃波が発生する。


 しかしお互い同じ〈怪力+8〉スキルを持っているのだが、レベルで勝るはずの俺の方が筋力値が低い。恐らく種族の差だろう。お陰で俺は押されていた。パワー勝負では適わないようだ。


 ならば速さで、といきたいところだが、それほど敏捷値に差がない。

 だが『機動力』という点はこちらが上だ。


「テレポート」

「っ!」


 転移魔法でレオ王の背後を取った。王は即座に反応して俺の斬撃を躱したものの、忌々しげに叫んだ。


「クソじじいと同じ転移魔法かッ!」

「誰がクソじじいじゃ。聞こえておるぞ」


 レオ王の悪態に、フィールドの上、魔法生物の特等席で観戦しているジールアが憤る。


「ぐおっ! の野郎っ、出たり消えたりしやがって……っ!」


 俺の転移魔法に翻弄されるレオ王。

 こちらの転移先を予測して対応しようとしてくるが、俺はその予測をさらに予測してレオ王の予測を外す。


 俺の剣を浴びて、もはや巨体が傷だらけだ。

 ……普通なら一撃でも致命傷になっておかしくないのだが、分厚い毛と皮と筋肉、そして闘気の鎧で護られているためなかなか刃が通らないのだ。


「これならどうだッ!」

「っ!」


 レオ王はその剛腕を出鱈目に振るった。

 四方八方に闘気の爪が放たれる。〈飛刃〉――いや、〈飛爪〉か。


 全方位に撃ち出される爪撃。

 レオ王の頭上へと転移した俺に、そのうちの幾つかが飛来する。


 転移魔法で逃げるまでもない。

 俺は刹竜剣を振るって消し飛ばした。

 しかしそれによりできてしまった一瞬の隙を、レオ王は見逃さなかった。


「そこかァッ!」


 フィールドを陥没させる勢いで蹴って跳び上がり、レオ王が迫る。

 交錯するように振るわれる爪。俺もまた二本の剣から斬撃を同時に繰り出して応じた。

 ぶつかり合う剣と爪、そして互いの気迫。


「オレの武器は爪だけじゃねぇんだぜ!」


 直後、レオ王が咢を大きく開いた。

 攻撃スキル〈噛み付き〉。熟練値がカンストしているそれが、激突する剣と爪の間を強引にこじ開けて襲い掛かってくる。


「さぁどう対処するッ!? 如何に無詠唱だろうが、今さら転移魔法を発動しようとしても間に合わねぇぜっ!」


 確かに無詠唱と言えど、普通は完全なノータイムで魔法を発動することはできない。

 特に転移魔法は転移先を指定する必要があるため、集中力を擁するのだ。


「――ッ!?」


 だがレオ王は虚空に噛み付いただけだった。


「生憎、俺はノータイムで転移魔法が使えるんで」


〈並列思考〉スキルのお陰だ。剣に集中しつつも、転移魔法の発動を準備しておくことが可能なのである。


「じょ、冗談じゃねぇっ……」


 俺はレオ王の背中に転移していた。

 完全に隙だらけのその背中へ、俺は斬撃を叩き込む。


「ぐあっ!」


 巨体がフィールドに落下し、跳ね上がった土が飛散した。


「ま、マジかよ……レオ陛下が……」

「完全に押されている!?」

「す、すげぇぞ! あのレイジって野郎っ!」

「間違いなく新しいSランク冒険者の誕生だ!」


 観客席から驚愕の混じった大歓声が爆発する。


「ちぃ……出鱈目にもほどがあるだろ」


 身体中から血を流しながらも、レオ王が立ち上がった。その戦意はまるで衰えていない。どころか、ますます楽しげな笑みを顔に浮かべていた。


「……お互い様です。あれだけ攻撃しているのに、まだピンピンしているなんて」


 頑丈にもほどがある。


「おい、じじい。悪ぃが、後のことは任せたぜ」

「っ!? お主、まさかあれを使う気ではないだろうの!?」


 雲の上に乗ったジールアが慌て出した。


「やめるのじゃ! 自分の国を破壊する気かッ!?」


 すぐに制止の声をレオ王に浴びせかけるが、


「こんな楽しい相手に、全力を出さねぇで負けたらつまんねぇだろうがよぉッ!」


 王は咆えるように叫んでそれを一蹴。

 直後、全身が膨れ上がり、変貌していく。


 やがてそこに現れたのは黄金色の毛並みを持つ巨大な虎だった。


「オオオオオオオオオオオオッ!!!」


 聖獣と化したレオ王が凄まじい咆哮を轟かせた。

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