第96話 むしゃくしゃして殺った。反省はしてない

「っ……???」


 何が起こったのか理解できていないのか、フィールドに倒れたまま目を白黒させていた王子だったが、


「ひ、ひぎゃあああああああっ!?」


 ようやく自分の胴体が真っ二つにされたのだということに気づき、大きな絶叫を上げた。


「か、か、身体がっ……僕の身体がぁぁぁぁぁぁッ!?」


 生命値が物凄い速さで減っていく。


「は、早く治せっ! 治してくれぇぇぇっ!」


 すぐさま医療班が飛び出した。分離した上半身と下半身をくっ付け、上級の回復魔法で治療を試みる。しかし血は零れ続け、レアーディはもはや悲鳴すら上げられなくなった。

 あのままだと王子は死ぬだろう。

 ったく、仕方ないな……。


「君っ、一体何を――」

「再生息吹(リバイバル)」


 俺は観客席を飛び出してレアーディのところへ駆けつけると、治癒術師の制止を無視して超級の回復魔法をかけてやった。


「ちょ、超級の回復魔法だと……っ!?」


 医療班が目を丸くしている中、見る見るうちに絶たれていた肉や骨、皮膚が結合していく。

 失われた血も回復しているはずだし、命に別状はないだろう。……トラウマは残るかもしれんが。


「た、助かった……のか……?」


 レアーディが恐る恐る上体を起こす。

 顔色は悪いが、自分で身を起こせるくらいなら大丈夫だろう。

 それどころかファンを睨みつけ、怒声を響かせ詰め寄った。


「き、貴様ァっ! ぼ、僕を殺す気かッ!? こんなことをして許されるとでも――」


 死にかけたというのに意外と元気だな。


「まだやる気?」

「ひいっ!?」


 しかしファンが軽く殺気をぶつけると、レアーディの顔色が恐怖で塗り潰される。


「次、お母さんに何かしたら首」

「ッ!」

「試合前の約束、守らなくても首」

「わわわ、分かった! 約束する……ッ! だからそれだけは……!」


 ぶんぶんぶんと首を縦に振って、レアーディは懇願するように頷く。見ると、下半身から液体が垂れていた。


 試合は一応、ファンの勝ちとなった。

 相手が死刑囚等である場合を除き、剣闘試合では殺してしまうと負けとなる。普通は医療班では治療不可能な怪我を負わせてしまうと敗北であり、今回は俺が治したため微妙な判断が要求されるケースだったのだ。

 まぁ試合の結果など、どうでもいいと言えばどうでもいいのだが。


「むしゃくしゃして殺った。反省はしてない」


 試合後、ファンはどこかすっきりした様子だった。


 フィールドから退く際、観客からも大きな声援が送られていた。レアーディが試合中に叫んだ暴言が観客席にまで届いていたこともあり、大半が彼女の怒りに共感し、むしろよくやってくれたと絶賛していた。レアーディのファンだった女性たちすらも。


「け、怪我はない!?」

「ん」

「本当でしょうね!? 少しでも違和感があったら、ちゃんと治癒術師に看てもらうのよ?」

「大丈夫」

「あなたは昔から痛くても我慢するでしょ!」

「心配しすぎ」


 フィナがファンの全身をぺたぺた触りながら心配している。

 ファンはちょっとだけ鬱陶しそうだ。


「……本当に、強くなったわね。あの王子をあそこまで圧倒するなんて……ほんの三年前までは、まだまだ子供だったのに……」


 フィナはしみじみと言った。


「ん。だから心配は要らない」


 ファンは頷く。いつもと変わらない抑揚の乏しい声。だがそこには、母親を罪悪感から解き放とうとする、不器用な優しさが込められているように思えた。


 それを感じ取ったのか、フィナは目尻に涙を浮かべて娘を抱き締める。


「……そうね……ありがとう、ファン……強く生きてくれて……」

「……ん」


 そんな母娘の様子を見ながら、母親のことが恋しくなってしまったのか、ルノアが「ママ……」と呟く。俺がルノアの頭を撫でてやると、腰に寄り掛かってきた。


 しかし母親が生きているのなら、もうちょっと早く会いに来てやればよかった。ファンのやつ、普段あまり自分のことを話したりしないからな。まぁでも、これで経営難だという養成所の方もどうにかなるだろう。

 王子が約束を守ってくれれば、だが。


 ……ま、大丈夫か。

 ファンとのやり取りをあの人も聞いていたみたいだしな。




   ◇ ◇ ◇




「許さないッ! 許さないッ! 許さない許さない許さない許さないッ!」


 控室へと戻ったレアーディは荒れていた。


「こんな屈辱があるかッ! この僕はこの国の王子なんだぞッ!? なんであんな元奴隷の小娘ごときにッ!!」


 傷はすでに癒えている。痛みも無い。だからこそ、先ほどの屈辱的な敗北に対する怒りが次から次へと込み上げてくる。


「何が約束だ……ッ! ふざけるな……あんなクソババアのために資金提供なんてッ……」


 だが――守らなければ……

 あのときの恐怖が蘇って、身体中から汗が吹き出す。繋がったはずの腹部と、そして頸部が疼いた。

 あの女は本気だ。


「く、くくく……だが、やりようは幾らでもある……この僕が貴様なんかの思い通りになると思うなよ……」


 その目に昏い光を讃え、レアーディは嗤う。

 そのときだった。


「ほう。ぜひとも具体的に聞かせてもらいてぇところだな、レアーディ。そのやりよう、ってのをよう?」


 不意に背後から聞こえてきた声。


「だ、誰だッ!? 僕の部屋に――」


 咄嗟に振り返ったレアーディは、そこにいた人物を見て息を呑んだ。


「お、おや、じ……っ?」


 この国の王、レオ=バダルジャンだった。

 レアーディよりも一回りも二回りも大きな体躯。なのに、今の今までそこにいることに気が付かなかった。しかしそれは驚くことではない。この男であればそれくらいのことは朝飯前だろう。


 つまりすべて聞かれていたのだと悟り、血の気が引いてレアーディの顔は蒼白になる。


「どうした? 黙ってねぇで、ちゃんと教えてくれよ。なぁ?」

「ひっ……」


 笑みを浮かべながら訊いてくるレオだが、その目はまるで笑っていなかった。

 レアーディが唇を震わせていると、


「このバカ息子がッッッ!!!」


 大音声が弾けた。


「いや、今までお前を信用してきたオレがバカだったッ! オレに隠れて、散々好き勝手してきやがったみてぇだなッ!?」


 蛇に睨まれた蛙状態のレアーディの胸ぐらを掴み上げ、レオは咆えた。


「来やがれッ! その腐った性根をオレが直々に叩き直してやるッ!」

「そ、それだけはっ! それだけは勘弁してくれぇぇぇっ!」


 幼い頃の鍛錬を思い出し、レアーディは悲鳴を上げる。

 獅人族では「我が子を千尋の谷に落とす」ような厳しい試練を子供に課し、教育するというのが伝統なのだが、獣人最強のレオが行うそれは地獄のように怖ろしいものなのだ。


「ひいいいいっ!」


 情けない悲鳴を上げながら、レアーディは地獄へと引き摺られていった。




    ◇ ◇ ◇




 俺のSランクへの昇格試験の日がやってきた。


 この一週間、ずっとこの国でのんびり観光しているという訳にもいかなかったので、俺は転移魔法を使って何度もシルステルやジェパールを行き来しながら過ごしてきた。


 試験会場はファンがレアーディと戦った円形闘技場だ。

 その控室にて、


「まさか、噂の冒険者があなただったとはね……」


 ファンの母親であるフィナが、納得と驚きの入り混じったような顔で呟く。


「だけど、レオ陛下はとんでもなく強いわよ?」

「ん。レイジは勝つ」

「パパはつよいの!」

「うむ、なんたってこやつはわれと互角の実力ぢゃからの!」


 レヴィが偉そうに言った。


「あなたと互角……?」


 レヴィは人化していると、どう見ても子供にしか見えない。フィナは訝しげに首を傾げていた。


「それはそうとレヴィ。ここ最近、あまり見かけなかったけど何してたんだ?」

「うむ。ちょっと古い友をからかいに――――もとい、会いに行っておったのぢゃ」


 リヴァイアサンの旧友か……うん、きっとヤバい奴なんだろうなぁ。


 まぁそれは置いておいて。

 係員に呼ばれ、俺はフィールドへと向かった。

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