第95話 剣闘試合
ファンがレアーディ王子と戦う剣闘試合の日がやってきた。
「レアーディ様ぁっ!」
「いよいよレアーディ様が登場するわ!」
円形闘技場には大勢の観客が詰めかけているが、血生臭い試合だというのに女性の数が随分と多い。どうやら第一王子がお目当てのようだ。
確かに見た目はイケメンだし、王子でありながら第一級剣闘士でありA級冒険者という肩書きも持っているしで、人気が出るのも当然かもしれない。
ファンが戦う最終試合の直前になると、彼女たちのボルテージは最高潮に。
観客席のあちこちから黄色い声援が飛び交い、男たちが煩そうにしていた。
「あいつがレアーディ様の対戦相手?」
「あんなのが勝てるわけないじゃん」
最初にフィールドへファンが登場すると、女性の観客たちから一斉にブーイングの嵐が巻き起こった。
「いつもこうなのよ、あいつとの試合は。まるで悪役みたいにされて、対戦相手はやりにくくて仕方がないの」
と、フィナが忌々しげに吐き捨てる。
俺たちは彼女と一緒に関係者席に座っていた。
「けど、今日は少し違うようだぞ」
「えっ?」
俺の言葉にフィナが驚いたとき、観客席のあちこちから野太い声が上がった。
「おおおおおっ! ファンちゃんだぁぁぁっ!」
「三年間、ずっと君のことを待っていたぞおおおっ!」
「当時よりさらに綺麗になってるじゃねぇか!」
「やっぱフィナの若い頃に似てるな!」
「「「ファ~ン!! ファ~ン!! ファ~ン!!」」」
男性の観客たちからのファンに対する声援だ。ファンのファンである(ややこしい)。
たった一度しか剣闘試合に出場していない彼女のことを、どうやら今でも覚えているようだ。
さらに初見の観客たちも、それに引っ張られるかのように大きな声援を送り始めた。
「ん」
一方のファンは罵倒にも声援にも無反応だが。
彼女に少し遅れて、レアーディがフィールドへと入ってくる。
煌めく鎧に身を包み、貴公子然とした爽やかな笑みを浮かべながら観客に手を振るレアーディ。
「きゃあああっ! こっちに手を振って下さったわ!」
「目が合った! 目が合ったわ!」
「違うわ! 今のはわたくしを見て下さったのよ!」
黄色い声援がさらに勢いを増した。
そしてファンとレアーディが中央で向かい合う。
……何やらレアーディがファンに話しかけているようだな。
観客の大声援もあって普通なら聞こえないが、俺は〈聴覚+5〉スキルを全開にし、さらには風魔法で風向きを調整して二人のやり取りを聞き取った。
「私が勝てば、お母さんの養成所に資金提供する?」
「そうだ。彼女は資金繰りで苦しんでいるみたいだからね」
「……剣闘士を潰したあなたのせい」
「ははは、それは濡れ衣だって言っているだろう? だけどそれなら、今後もし僕と戦って大怪我を負って剣闘士生命が絶たれるようなことがあった場合、その剣闘士が将来的に稼いでいたであろう額をすべて補償しようじゃないか」
「……ん。それで、そっちが勝った場合は?」
そこでレアーディはニヤリと口端を吊り上げた。
「君が僕の奴隷になる、というのはどうだい?」
「そう。分かった。それでいい」
「っ……」
ファンがあまりにあっさりと受け入れたせいで、逆にレアーディの方が驚いていた。
「随分と簡単にOKするじゃないか?」
「大丈夫。負けない」
「……その過剰な自信、きっと後悔することになるだろう。言っておくけれど、僕の手に掛かればあの養成所を潰すことなど造作もないんだ。だから逃げようとは思わないことだね。いや、それだけじゃない。僕はこれでもAランクの冒険者だ。君のパーティの仲間たちまで路頭に迷わせたくはないだろう?」
「ん、問題ない。それより、そっちこそ約束を守らないと――」
次の瞬間、それまで静かに相手の話を聞いていたファンの全身から強烈な闘気が迸った。
「――どうなっても知らない」
「……っ!?」
気圧され、レアーディが後ずさる。
ファンのやつ、いつになく怒ってるな。
ちゃんと殺さないように手加減できるだろうか……?
ぶっちゃけ俺の心配はそのことだけだった。
そしていよいよ試合が始まる。
「……どうやら威勢だけはいいようだけれど、いつまでその自信が続――――ぐほっ!?」
ファンが一瞬で肉薄し、レアーディの顔面をぶん殴った。って、剣闘試合なのに殴ったよ。いや、ルール上は問題ないんだっけ?
「それはこっちの台詞。自分が強いと思い上がっているのは、そっち」
淡々と、しかし吐き捨てるように断ずるファン。
レアーディは吹き飛んで砂埃を巻き上げながら、フィールドの上を幾度も転がった。
「「「レアーディ様ぁぁぁっ!?」」」
観客席から悲鳴が上がる。
「が……き、きさ、まっ……」
全身を土で汚しながら立ち上がるレアーディ。
その際、口からぽろぽろと歯が抜け落ちた。
「ぼ、僕の歯がっ……」
「まだ試合中。よそ見してる余裕はない」
「っ!」
ファンの接近に気づき、咄嗟に剣を構えるレアーディ。だがファンは蹴りでその柄頭を蹴り上げると、もう一発、顔面に拳を叩き込んだ。
「ひでぶっ!?」
ダサい悲鳴を上げ、鼻血を噴き出しながらまたしても地面を転がるレアーディ。女性客の悲鳴が響き渡り、男性客たちの歓喜の声が轟いた。
「その程度? これが殺し合いなら、もう二回死んでる」
「な、舐めるなぁぁぁっ!」
憤るレアーディは王子らしい態度を捨て、怒声を上げてファンに斬り掛かる。
しかしどんなに渾身の斬撃を繰り出そうと、そのすべてをあっさりとファンが捌いていく。
レアーディのレベルは42。
一方、ファンのレベルは57まで上がっている。
加えて、スキルにおいてもファンの方がレアーディを大きく上回っているのだ。
試合前の下馬評ではレアーディが遥かに有利とされていたが、〈神眼〉を持つ俺からしてみればこうなることは明白だった。
「あの王子が子供のようにあしらわれているぞ!?」
「つ、強ぇっ! 何だあの強さは!?」
最初こそファンの優勢はマグレではないかと疑っていた観客たちも、次第に両者の間に絶対的な実力差があることに気づいていく。
「あ、あれがファンなの……? た、確かに元から才能はあると思っていたけど……」
フィナも唖然として娘の戦いを見ている。
「ば、馬鹿なっ……こ、こんなことがっ……」
レアーディの顔は大量の蜂に刺されたかのように腫れ上がっていた。ファンが何度も何度も顔面を殴ったせいである。
……いいぞ、もっとやれ。イケメンザマァ。
「……レアーディ様……」
不細工な姿になった王子に、幻滅を覚える女性ファンたちも出て来たようだ。
「くそがあああッ!!」
レアーディは完全に我を忘れたようだった。鼻血と唾液と汗を散らしながら、我武者羅にファンに反撃しようとする。
「無駄。弱すぎる」
「黙れ黙れ黙れぇぇぇぇっ! 女の分際でッ! 貴様の母親と言い、どいつもこいつもこの僕をコケにしやがってぇぇぇっ! 女はただ大人しく僕にケツを振っていればいいんだよぉぉぉっ!」
レアーディの怒声が闘技場に響き渡った。
さすがにその声は、耳の良い獣人たちに届いたようだ。
「王子って本当はあんな性格だったの……」
「最低……私たちのこと、あんなふうに思っていたなんて……」
そんな溜息や憤りの声が至るところが聞こえてくる。しかし我を失ったレアーディの耳に、それは届いていないようだ。
「僕は王子だッ! 貴様ごときを奴隷にすることなんて造作もないんだぞッ!? そうだッ! 貴様の母親と一緒に仲良く僕の奴隷にしてやろうッ! そして毎日毎日母娘そろって調教してやるんだッ! あはははははは―――「ん、殺す」―――あ?」
うおっ、ファンのやつ、マジで殺りやがった!?
王子の最大級の暴言にキレたファンが、その胴体を鎧ごと真っ二つに斬り裂いてしまったのだ。
観客たちが一瞬で静まり返る。
そして生まれた静寂の中、
「ひ、ひぎゃあああああああっ!?」
王子が絶叫を轟かせた。
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