第94話 再生息吹
王子との一件の後、俺たちはファンの母親――フィナに連れられ、養成所内の応接室へと招かれていた。
「そう……あなたが冒険者にねぇ……」
これまでのファンの歩みを聞いた彼女は、どこか懐かしそうな顔で頷く。
どうやらファンの父親が冒険者だったという。フィナとの間に子供を作ったときは、奴隷に手を出したとかで一悶着あったらしい。
かなり放浪癖のある人物で、元から数年に一度、突然ひょっこりと顔を見せに来たり来なかったりだったそうだが、最後に会ったのはもう十年以上も前になるだそうだ。そういう旦那だからか、もはや心配すらしていない様子。
一方、娘の方は三年ぶりの再会とは言え、片時も忘れることはなかったという。
だからこそ、彼女は語気を強くして訴える。
「今からでも遅くはないわ。王子に談判して、あの約束はなかったことにするべきよ」
「大丈夫。私は負けない」
「あなたはあいつの強さとヤバさが分かってないのよ!」
「ん。理解してる。でも問題ない」
「ああもうっ、何でこんな強情な娘に育ったのよ!」
フィナは頭を抱えてしまった。
……見たところ親子そろって頑固そうだけどな。
「ねぇっ、あなたたちもファンを止めてちょうだい! これはあたしの、いえ、この養成所の問題よ。三年前に辞めたファンにはまったく関係がないわ」
埒が明かないと思ったのだろう、俺たちに助けを求めてくる。
「ファンの好きなようにさせてやってくれ」
「なっ!?」
フィナは驚いたように息を呑んだ。
「心配要らないわよ。ファンは強いもの」
「ファンおねーちゃんはまけないの!」
「皆の言う通りだ。あれくらいの相手に後れを取るようなファンではない」
アンジュ、ルノア、刀華が口々に言う。
あれ? そういえば、いつの間にかレヴィがいないな? ……まぁいいか。
「失礼します」
と、そこへ養成所の職員と思われる女性が部屋に入って来る。
「王子殿下より、試合の日程が決まったとの連絡がありました。三日後の第八回アーノルデ記念闘技会の最終第六試合です」
「もう決まったの!? ちっ、こういうことに関しては仕事が早い奴ね……」
試合を捩じ込むとか言っていたが、王子の権力でゴリ押ししたのかもしれないな。
それにしても、こんな一養成所に対して随分と本気で嫌がらせをしてくるものだ。王子のくせに暇なのだろうか?
「あいつは表面的には好青年に見えるけど、中身は最悪よ。もし王子に生まれていなかったとしたら、とんでもない悪党になっていたでしょうね。剣闘士になったのも、試合中なら人を斬れるからよ。時には殺してしまっても罪には問われない。とりわけあいつが好きなのは、若くて才能のある剣闘士の競技生命を奪い、絶望するのを見ることなの。そうやって、うちの剣闘士が何人も潰されてしまったわ……」
なかなかのゲスだな。
「だからファンにも何をしてくるか分かったものじゃないわ……」
そう訴えるフィナの瞳は切実さで揺れていた。
いい母親じゃないか。
「心配しなくていい」
しかしあっさりと言い切るファン。
こっちは随分とクールだよな。
「あなたは小さい頃からいつもそう言うでしょ! だけど心配しないはずがないのよ!」
「……ん」
「はぁ……もういい、好きにしてよ…………あのとき、あなたを護ってあげられなかったあたしが、今さら母親ぶっても仕方ないわね……」
最後は諦めたように呟き、フィナは項垂れたのだった。
そんな彼女に、俺はあることを頼んだ。
「さっきの視力を失った剣闘士を連れて来てくれないか?」
フィナは胡乱げな目を向けてくる。
「何をするつもりなの?」
「試してみたいことがあるんだ」
訝しみつつも、フィナはその青年を呼んだ。
「治癒術師に看てもらったのですが、治すのは不可能だと言われたんです。眼球そのものが破壊されていたらしくて……」
青年は項垂れながら教えてくれる。
初級の回復魔法がヒールで、中級の回復魔法がグレイトヒール。
そして上級の回復魔法がレメディ。
身体欠損等の修復は、上級の回復魔法であれば可能だ。だが完治には時間がかかり、そのためお金がかかってしまう。回復魔法の使い手は少なく、ましてや上級魔法が使える者となれば引く手あまただからだ。
見たところこの養成所にはそれほど余裕があるようには思えないし、この青年の目を治すために大金を支払うなどという真似はできないのだろう。
「再生息吹(リバイバル)」
俺は青年の目に手を添え、魔法を発動した。
超級の回復魔法だ。
俺の〈回復魔法〉スキルは+6。
どうにか超級の回復魔法を発動できるレベルになっていた。
神々しいまでの光が弾け、ゆっくりと収束していく。
やがて青年が目を開いた。そこには確かに眼球があった。
その顔に驚愕が広がっていく。
「め、目がっ……目が……見えるようになっている……っ?」
「う、嘘でしょっ……い、今のは回復魔法は、まさか超級……!?」
「もしファンの身に何かあったとしても、俺が治してやるから安心してくれ」
そう約束する俺を、フィナは唖然とした顔で見詰めてきた。
これで少しは安心して試合に送り出してくれるだろう。
翌日、俺はこの国の王に会うために王宮へと訪れていた。
「よく来たな。オレがバラン王国国王のレオ=バダルジャンだ」
謁見の間へと通された俺は、思わずその圧倒的な風格に気圧されそうになった。
獅人族のレオ国王は、息子のレアーディよりも一回りも二回りも大きな体躯を、これまた大きな玉座に据えていた。
しかしでっぷりと肥え太ったよくある王様像とは真逆。全身ははち切れんばかりの筋肉で覆われていて、巨体ながらも俊敏さを感じさせる。
「Aランク冒険者のレイジと申します。この度は――」
「堅苦しい挨拶はよせ。オレはそういうのは苦手なんだよ」
国王はデカい手を振って俺の挨拶を遮った。
「話は聞いてるぜ。あのジールアのクソじじいを圧倒したんだってなァ? 最近の若い連中は情けねぇ奴ばかりだと思っていたが、ようやく活きが良いのが出てきたじゃねぇか」
そう言って、国王は鋭い牙を見せながら豪快に笑う。
陰険な息子とは違って、見た目通り武人気質の王様らしい。
「オレとしても楽しみにしてるぜ、お前と戦えるのをよ」
Sランク昇格試験は一週間後、この国最大の闘技場で開催されるそうだ。今までの試験はどれもギルド内で行われてきたが、一般の観客も呼んで興行にするという。
……一応、確認しておいた方がいいだろう。
下手な気遣いは逆に怒りそうなので、俺はあえて不敵に笑って挑発的に訊いた。
「別に俺が勝ってしまっても大丈夫なんですよね?」
もし国王が負けたとなると、国の威信に関わるからだ。
「ハッ、言うじゃねぇか。いいに決まってんだろ。無論、オレが負けることなんざ、万に一つも有り得ねぇだろうがなァ」
ギラギラと目を光らせる国王は、まるで遠足前の少年のように楽しそうに見えた。
◇ ◇ ◇
その頃、同じ王宮内で。
そんな謁見が行われていることとは露知らず、第一王子レアーディは昼間の一件を思い出して一人笑っていた。
「まさか、あいつの娘があんなに綺麗になっているとはねぇ」
三年前にも一度、あの少女のことを見たことがあった。
当時から確かに卓越した容姿をしてはいたが、まだ子供という感じだった。
それが三年が経ち、美しさに磨きがかかっていた。
そして、初めて会った頃のフィナにそっくりで――
「ぜひとも僕のモノにしたい。くくく……」
普段張り付けている王子としての仮面を剥ぎ取って、レアーディは下衆な笑みを浮かべていた。
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