第88話 新ギルド開設

「ぐぬ、何というタフさじゃ……っ! これだけの熱石を喰らっておきながら、ピンピンしておるとは……っ!」


 俺の攻撃を悠々と躱し、一方的に攻撃を加えているはずの爺さんが、焦ったような声を上げた。


 耐性スキルが充実しているからな、俺は。

 それに〈自己修復〉スキルもあるし、このまま攻撃を受け続けても死ぬことはないだろう。


 対照的に爺さんはかなり息が荒くなっていた。

 これだけの魔法を連発しているのだから当然だろう。魔力はもちろんのこと、体力の消耗も激しいに違いない。


「石弾の数が減ってきてますよ?」

「むぅ、まさかこれだけ連射しても倒せぬとはっ……」


 明らかに当初より数も威力も落ちてきていた。

 これなら剣で防ぎ切るのも余裕だな。


「テレポート」

「て、テレポートっ!」


 転移魔法で逃げるのも必死だ。

 徐々にタイミングが遅れ始め、俺との間隔が詰まってくる。

 魔法生物も懸命に雷魔法を放ってはくるが、こちらも魔力が枯渇してきたのか、最初の勢いはない。


「ひぃ、年寄りはもっと労わる者じゃぞっ」


 107歳だもんな、この爺さん……。全盛期はもっと強かっただろう。Sランクの称号はやはり伊達ではないようだ。


 爺さんはもはや息も絶え絶え。

 だが油断してはならない。こいつはいわゆる狸ジジイだ。何か起死回生の一手を放ってくる可能性もある。


「ふひ~、もうダメじゃ……」


 爺さんが逃げるのをやめた。

 ふわふわと宙に浮かぶ雲の上に乗ったまま、観念したように息を整えている。


「――と見せかけて、テレポート」

「……意外とベタな方法だった」

「ぬおっ!?」


 転移魔法で俺の背後に飛んだ爺さんの手には、怪しげなナイフ。


・昏睡のナイフ:一定の確率で斬り付けた相手を昏睡させることができる。稀少度レア。


 結構やばい武器だった。爺さんの筋力で俺の身体を傷つけられるかは分からないが、下手をすれば眠らされて敗北していたかもしれない。


 だが俺は、爺さんがナイフを閃かせる前に腕を取っていた。

 そのまま雲の上から引き摺り下ろす。


「うぎょっ……こらっ、年寄りは労われとあれほど……」


 その喉首に剣先を突きつけた。


「降参してくださいますか?」

「ぐぬぬ……わ、分かった、降参じゃ」


 なかなか負けず嫌いな爺さんだったが、どうにかこれで決着が付いたぞ。



「「「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」



 割れんばかりの大歓声が弾ける。

 こうして、俺は元Sランク冒険者に勝利したのだった。




   ◇ ◇ ◇




「Sランクへの昇格試験?」

「うむ。お主であれば、十分にその資格がある」


 爺さんとの試合が終わった後、俺は再び評議会の面々に呼び出されていた。

 ジェパールに冒険者ギルドを立ち上げ、俺がギルド長になることについては全会一致で賛成となったのだが、その後、話はSランクへの昇格についての話になった。


「試験って、具体的には何をするんですか?」


 俺の質問に、爺さんは、うむ、と頷いて、


「現在、Sランク冒険者は世界にたった三人しかおらぬ。昇格するための方法は、伝統的に以下の二つじゃ。一つ、評議会員の過半数以上が昇格を認めること。一つ、Sランクの冒険者と模擬戦を行い、勝利、もしくはそれに準じる力を見せること。この両方を果たせば昇格じゃ」


 なるほど。

 なかなかシンプルな試験内容のようだな。


「そのうち一つ目の条件については、すでに満たしておる」


 爺さんが確認を取るように評議会のメンバーたちを見渡すと、全員が頷いた。俺にイチャモンを付けてきたドワーフ族のゼルも、不満そうにしつつも異論はないようだ。


「問題は二つ目じゃ。Sランクの冒険者と模擬戦を行うことは容易ではなくてのう」

「というのは?」

「まず、一人は常に世界中を転々としており、今現在どこにいるのかを誰も把握できておらぬ」


 何とも冒険者らしいな。


「二人目は現在、ダンジョンの最奥で修行中」

「居場所が分かるなら会いに行けばいいのでは?」

「生憎そのダンジョンは、大陸並の広さがあるとまで言われる世界最大のダンジョンなのじゃ」

「……無理だな」


 一人目と同じで見つけようがない。


「最後の一人は一国の王という立場にある。ゆえに、そうそう模擬戦の機会は得られぬのじゃ」


 国王がSランクの冒険者なのか。

 軽く〈神智+2〉で調べてみたが、どうやら獣人族の国として知られるバランという国の王様らしい。


「とは言え、最も可能性が高いのは最後の一人じゃ。儂らからあやつに応じるよう働きかけておこう。強制力はないが、無視はできぬはずじゃ」







 ジェパールでの冒険者ギルド立ち上げの許可を得た俺は、すぐに転移魔法でシルステルへと帰還することにした。


「うぅ~~」

「? どうしたんだ?」


 なぜかディアナの機嫌が悪い。


「……何でもないですぅ~。別に、せっかくの二人きりの海外デートなのに、全然ゆっくりできなかったから拗ねてる訳じゃないですぅ~」


 どうやら拗ねているらしい。

 ていうか、いつからデートになった。


「それに、これでレイジさんがジェパールに行くことが決まっちゃいました」

「転移魔法があるし、どうせシルステルとジェパールを毎日にように行き来する感じになるだろうけどな」

「わたくしはレイジさんほど転移魔法を連続で使えないんですよ!」


 そもそもお城を抜け出す気まんまんなんだが、この王女様。


「ですが、まさかジールア老に圧勝してしまうとは思いませんでした」

「圧勝ってほどでもないだろ。最初は劣勢だったし」

「あのゼルという評議員の悔しげな顔は見物でした! きっと自分だったら手も足も出なかっただろうと悟ったんでしょうね」


 ディアナはちょっと意地悪な顔で笑う。

 まぁ確かにあのドワーフは現役のAランク冒険者とはいえ、爺さんより数段は戦闘能力が劣る。あれほどの激戦にはならなかっただろう。


 それからディアナの希望もあって、二人でフロアールの名物料理を食べてからシルステルのクラン本部へと戻った。


「む、レイジ殿。もう戻られたのか」


 すると一階のロビーで、びっしょりと汗を掻いた刀華に遭遇する。

 ファンも一緒だ。

 どうやら地下の訓練場を使い、二人で鍛錬をしていたらしい。


「ファン殿はやはり物凄く強い。自分がこれまでいかに井の中の蛙であったのか、改めて思い知らされた」

「ん。でも刀華が勝った」


 模擬戦形式で何度か戦い、結果は三勝二敗で刀華が勝ち越したそうだ。

 レベルの方は刀華の方が10くらい高いが、ファンの方がスキルを多く持っているからな。戦えばいい勝負になるようだった。


「そ、そのっ」

「どうした?」


 刀華が何か言いたそうに、口をもごもごさせる。


「い、今は忙しいかと思うが……ぜ、ぜひとも、いずれまたレイジ殿と戦いたいのだがっ……」

「そうだな。時間があるときにやろう」

「本当かっ?」


 刀華は嬉しそうに目を輝かせた。

 なぜか頬が上気している。いや、訓練をしていたせいか。


「むぅ……やはり新たなライバルが……しかも道着越しだというのに、この大きさ……」


 ディアナが後ろで何やらぶつぶつと唸っていた。


 それから俺は、ジェパールにギルドを立ち上げ、そのギルド長に俺が就任することを各所に伝えた。


 それとともに、俺と一緒にジェパールで冒険者をやってくれるという人材を募集した。向こうにいるのは現状、元海賊たちだけだ。冒険者の先輩として彼らを指導できるような者たちはやはり不可欠だろう。

 幸いなことに、期待していた以上の冒険者たちが手を上げてくれた。


 そして海賊団を壊滅させてから僅か一週間。

 俺はジェパールの皇都に新たなギルドを開設したのだった。

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