第87話 元Sランク冒険者

 まさか元Sランク冒険者で、ギルドのトップに君臨している相手と試合をすることになるとは思ってもみなかった。


 会場はギルド本部に併設された闘技場。

 つい数時間前にこの試合を行うことが決定したばかりだというのに、五万人以上収容可能な観客席はすでにほぼ満席となっていた。

 どうやら今日も闘技場で何らの試合が行われていたらしいが、それでも急遽決まったこの試合のためだけに新たに入場してきた客が大勢いるという。


「会長が試合をやるんだってよ!」

「マジかよ!? 相手は?」

「勇者を倒したAランク冒険者らしいぞ!」

「うおっ! すげぇ対戦カードじゃねぇか!」


 ジールア会長は生きる伝説と謳われるほどの人物だ。

 大魔導師とも呼ばれ、若い頃に打ち立てた武勲は数知れず。

 すでに現役を引退して久しいが、今でも時々闘技場での試合に出場しては、若い冒険者たちをイジメ――可愛がっているらしい。


「くそったれ! 職権乱用だ、クソじじいが!」


 俺との戦いを横取りされたゼルが悪態を吐いている。

 ……会長にあんな暴言を吐いていいのだろうか。


『お待たせいたしました! それではこれより、本日急遽開催が決定いたしました特別試合を開催いたします!』


 闘技場に響いたアナウンスに、観客たちが一斉に湧いた。


『生きる伝説、元Sランク冒険者、大魔導師ジールアァァァッ!! そして勇者を倒した、歴代最速Aランク昇格者ッ、レイジィィィッ!!』


「頑張ってください、レイジさん!」

「ああ」


 俺はディアナの声援を受け、闘技場のフィールド中央へと歩いていく。


「あれが勇者を倒した男か!」

「お前はどっちに賭けた?」

「さすがに会長だろ。あの爺さん、あの歳で今まで一度も負けるところを見たことがねぇんだぜ」

「俺は大穴でレイジに賭けたぜ!」


 どうやらこの試合、賭けの対象となっているらしい。

 俺が負けると予想している客の方が多いようだな。


「現在のオッズは、1.2対4.7で儂の方が優勢のようじゃな」


 と、反対側からフィールドに入ってきたジールア会長。足腰が悪いのか、杖を突いている。


「しかしやはり勇者を倒した男という触れ込みは大きいのう。いつも以上の金額が賭けられておる。ちなみにこの儲けの一部は、ジェパールのギルド設立の資金にしてやるつもりじゃ」

「それは助かります」


 なるほど、なかなか上手いやり方じゃないか。


「フィールドの周囲には強固な結界を張っておる。遠慮なく全力を出すがいいわい」


 確かにこのレベルの人間同士が本気で激突したら、これだけの広さがあるフィールドだったとしても観客席に多大な被害が出てしまうだろう。

 しかもこの爺さん、元Sランクだけあって魔法系のスキルレベルが異次元だ。



ジールア 107歳

 種族:人間族

 レベル:74

 魔法スキル:〈火魔法+10〉〈水魔法+10〉〈風魔法+10〉〈土魔法+10〉〈雷魔法+8〉〈時空魔法+3〉〈回復魔法+4〉〈召喚魔法+3〉〈重力魔法+2〉

 魔法補助スキル:〈無詠唱+6〉〈高速詠唱+10〉〈魔力吸収+5〉

 防御スキル:〈魔法耐性+7〉

 心理スキル:〈不惑+10〉

 特殊スキル:〈慧眼+5〉〈並列思考+3〉

 称号:冒険者ギルド評議会会長 元Sランク冒険者



 火、水、風、土の四属性はすべてマスターしている。しかも時空魔法、召喚魔法、重力魔法というレアな魔法まで習得していた。

 ちなみに現在の俺の魔法スキルは以下の通りだ。



レイジ

 魔法スキル:〈火魔法+7〉〈水魔法+6〉〈風魔法+5〉〈土魔法+6〉〈雷魔法+6〉〈氷魔法+5〉〈光魔法+4〉〈結界魔法+2〉〈召喚魔法+3〉〈重力魔法+5〉〈黒魔法+5〉〈回復魔法+6〉〈時空魔法+3〉〈闇魔法+4〉



 種類の数こそ相手に勝ってはいるが、俺の方はまだマスターしている魔法が一つもない。


『それでは試合開始ッ!!』


 地鳴りのような大歓声の中、爺さんとの試合がスタートした。


「出でよ、クラウ」


 開始と同時、爺さんが使ったのは召喚魔法だった。

 現れたのは、ふわふわと宙を浮く黒い雲。



クラウ

 種族:魔法生物(ガス状)

 レベル:54

 スキル:〈雷魔法+6〉〈雲飛行+10〉

 状態:召喚



 魔法生物というのは濃密な魔力によって生み出された魔物の一種だ。

 爺さんはその雲形生物の上に乗っかった。

 そして宙を舞う。


「儂は足が悪くてのう」


 召喚した従魔であれば、ルール上、共闘は禁じられていない。

 あれは厄介なペアだな。

 もし俺がただの剣士だったら、攻撃を届かせることすら難しかっただろう。


 雲に乗ってかなり高い位置まで上がった爺さんは、そこで魔法を発動し始めた。

〈無詠唱〉スキルを有しているため、詠唱は必要ない。


「って、おいおい、いきなりとんでもないことしてくるな……」


 爺さんの周囲に、何と数十、いや、百を越えるであろう数の火の玉が出現していた。

 一つ一つは初級のファイアボールだ。しかしあれだけの数となると、ものすごい壮観だ。


「いや、距離があるから小さく見えるだけで、通常のファイアボールより二回りはでかいか?」

「さて、これくらいは軽く処理してもらわねば困るぞ?」


 直後、爺さんが一斉にその大型ファイアボールを放ってきた。

 さながら炎の豪雨だった。


「サイクロン!」


 俺は風の上級魔法を発動し、弾幕のごとく降り注ぐファイアボールを逆に爺さんの方へと押し返してやった。


「ほう! 話には聞いておったが、剣だけでなく魔法にも長けておるようじゃのう! ならば儂はこれじゃ! 神怒暴風(ハリケーン)!」


 って、風の超級魔法か!

 俺のサイクロンがあっさりと押し返された。

 無数の炎弾が渦巻く轟炎と化して迫りくる。


「テレポート」

「ぬおっ!?」


 俺は転移魔法で魔法を回避しつつ、爺さんの背後を取った。

 しかし水平に切り払った剣は空を切る。

 魔法生物が慣性を無視した動きで爺さんと一緒に逃げたのだ。

 恐らく重力魔法を使っているのだろう。


「ほう、転移魔法か。よもやそんなレアな魔法まで使えるとは。じゃが――」


 爺さんの姿が掻き消える。


「――実は儂も、ぬおっ?」


 奇襲のつもりだったのだろうが、あんたが転移魔法を使えることくらい鑑定で丸わかりだ。

 俺は爺さんが背後に転移するのを予測し、後方へと〈飛刃〉を放っていた。

 完全に捉えたかと思ったが、爺さんは何と雲の上でジャンプして闘気の刃を回避する。

 この爺さん、足腰悪くないじゃねーか!


「バレたか。万一こやつが倒された後、油断を誘う作戦だったのじゃがのう」


 随分と策士だな。

 爺さんは悪びれる様子もなく、かかか、と笑うと、今度は周囲に無数の石の塊を出現させた。


「初級の土魔法、ストーンバレットか……」

「いいや、複合魔法じゃ」


 石の塊が次々と赤熱し始めた。

 溶岩と化した石が一斉に飛来してくる。


「テレポート」

「ふむ、やはりそうやって躱すか。ではこれならどうじゃ?」

「っ!」


 爺さんを中心に、大量の赤熱した石の塊が四方八方へと撃ち放たれた。

 これでは転移魔法でどこに移動しようと、回避することはできない。


 俺は身体を回転させるようにして二本の剣を振るった。

 襲来する赤い石塊を弾き飛ばす。


「ほほう! 見事じゃ! しかしどこまで耐え切れるかのう!?」


 石塊の数がさらに増加する。

 この爺さん、一度にどれだけの魔法を発動してやがるんだよ。

 剣では防ぎ切れず、石の幾つかが足や手を掠めていく。

 ……熱いし痛い。

 だが複合魔法とは言え、所詮は初級と初級。それほど大きなダメージではないな。


「おおおおっ!」


 怒涛のごとく襲来する石弾を浴びてしまいつつも、俺は強引に爺さん目がけて突っ込んでいった。


「クラウよ」


 稲光が奔った。

 雷鳴が弾け、俺の身体を電流が駆け抜ける。ライトニングバーストだ。

 くそ、魔法生物もいることを忘れていた。

 赤熱した石弾に加え、雷撃までもが俺を襲う。


「それでも向かって来おるのか!? テレポート!」

「逃がすか、テレポート」


 爺さんが転移魔法で逃げる。

 俺もすぐさま転移魔法を使って距離を詰めた。

 だがイタチごっこだ。

 追ってもすぐに距離を離され、一向に爺さんに近づくことができない。


 ったく、この爺さん、めちゃくちゃ戦い慣れてやがる。

 正直、リヴァイアサンよりも厄介だな。


 観客は俺たちの異次元レベルの戦いに、歓声を上げることも忘れて呆然と魅入っている。

 だがそろそろ決着を付ける頃合いだな。

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