第86話 ギルド本部
フロアールの帝都であるロアナは、冒険者ギルド発祥の地として知られている。
そして冒険者ギルドの本部はこの街にあった。
「でかっ」
その建物を前にして、俺は思わずそんな言葉を発してしまう。
冒険者ギルドの本部がある建物だ。
「闘技場と一体になっているんです」
なるほど、道理でデカい訳だ。
闘技場と言ったら円形のイメージがあったが、これは箱形をしている。
「よく見世物として、冒険者同士、あるいは冒険者と魔物の戦いなどを行っているようです。全部で五万人以上の観客を収容できるとか」
「へえ」
ディアナと一緒に建物の中へと入る。
やはりシルステルのギルドとは広さが桁違いだった。
もちろん受付の数も、冒険者の数も多い。
シルステルのギルド内は、どこも騒ぎ立てる冒険者たちのせいで喧騒に満ちていたが、ここは雰囲気がまるで違うな。
高級ホテルのような内装のせいか、馬鹿笑いする冒険者の姿は見当たらず、パーティメンバーたちで会話をしていても普通のボリュームだ。
清掃も行き届いていて、空気も汗臭さかったりはしない。
「うーむ。これはこれで何か味がないな……」
「それはわたくしも思います」
鑑定してみると、冒険者たちの強さはかなり幅があった。駆け出しから熟練者まで幅広くいるようだ。
「ギルド本部の代表者と話をしたいのですが」
俺は受付嬢に用件を告げた。
新しいギルドを立ち上げるためには、ギルド本部の許可を取らなければならない。
そして本部のトップにいるのが、評議会。それに属する七人の評議員たちだ。
恐らくジェパールに新しくギルドを立ち上げるとなると、その評議員たちの了解を取る必要があるだろう。
となれば、直接、彼らに話を通すのが早い。
「えっと……」
「Aランク冒険者のレイジです」
「同じくAランク冒険者のディアナです」
二人揃ってギルド証を提示する。
Aランク冒険者は稀少だ。
それが二人もいれば、評議員たちと話すことくらい簡単だろう。しかもディアナに至っては、一国の女王でもある。
「か、畏まりましたっ。少々お待ちください」
受付嬢は慌てて奥へと引っ込んでいった。
俺たちが通されたのは広い会議室だった。
テーブルには七人の男女が腰掛けていた。
って、これ評議員が全員揃ってるんじゃないか?
たまたま会議中だったのかもしれないが、まさかギルドのトップに君臨している七人全員と一度に話をすることになるとは思わなかった。
「ふむ。お主がレイジか。噂には聞いておるぞ、過去最速のAランク昇格者よ」
その内の一人、見事な白いアゴヒゲの爺さんが俺たちを見て最初に口を開いた。
目が細く、開いていないのか開いていないの分からないが、一応は見えているのだろう。
ジールア 107歳
種族:人間族
レベル:74
魔法スキル:〈火魔法+10〉〈水魔法+10〉〈風魔法+10〉〈土魔法+10〉〈雷魔法+8〉〈時空魔法+3〉〈回復魔法+4〉〈召喚魔法+3〉〈重力魔法+2〉
魔法補助スキル:〈無詠唱+6〉〈高速詠唱+10〉〈魔力吸収+5〉
防御スキル:〈魔法耐性+7〉
心理スキル:〈不惑+10〉
特殊スキル:〈慧眼+5〉〈並列思考+3〉
称号:冒険者ギルド評議会会長 元Sランク冒険者
うお、レベル高ぇ。
しかも人間族なのに107歳かよ。
武技スキルはまったく持ってないが、魔法スキルの習得具合がすげぇな。特に基本の四属性は完全にマスターしてやがる。
流石は評議会の会長だ。そして元Sランク冒険者。
「そして同じくAランク冒険者のディアナじゃな。久しぶりじゃのう」
「お久しぶりです、ジールア老」
「まさか、お主がシルステル王国の姫君であったとはの。正体を隠しながらAランクにまで上り詰めるとは、さすがはシルステルの血族といったところか」
どうやら二人は面識があるらしい。
「それで、今日はどのような用件じゃ?」
「はい。まずはこのような突然の訪問をお詫びいたします。また貴重なお時間をいただき、ありがとうございます」
そう前置きしつつ、俺はジェパールでの新ギルド立ち上げの許可を欲しいという話をした。
「って、レイジさんがジェパールでギルド長に!?」
その部分は初耳だったらしく、ディアナが驚きの声を上げた。
「絶対にダメです! そんなことをしたらますます一緒にいられる時間が減るじゃないですかっ!」
「お前は俺を味方するために付いてきたんじゃなかったのかよ……」
評議員たちからではなく、まさか味方から反対されるとは思わなかった。
「ふむ。なるほどのう。お主がそこまで言うのであれば、儂からは異論はない。……どうじゃ、他の方々は?」
会長はあっさりと認めてくれた。
その視線が他の評議員たちへと向く。
反対の声は上がらない。
と思いきや、右端に座っていた厳つい顔の爺さんが手を上げた。
見た感じドワーフ族だろうが、背丈は人間と変わらないくらいあり、高齢とは思えないほど身体は頑強な筋肉に覆われている。
「んなことより、オレはそいつが本当に勇者を倒したのかどうかが気になるんだがよぉ?」
何か反論してくるのかと思ったら、まったく関係のない話題なんですけど。
ゼル 73歳
種族:ドワーフ族
レベル:62
武技スキル:〈拳技+4〉〈斧技+10〉
攻撃スキル:〈突進+3〉
防御スキル:〈物攻耐性+4〉
身体能力スキル:〈怪力+8〉〈酒豪+3〉
特殊スキル:〈闘気+5〉
技術スキル:〈採掘+4〉〈鍛冶+5〉〈細工+2〉
称号:冒険者ギルド評議会員 Aランク冒険者
Aランク冒険者か。評議会には現役の冒険者もいるんだな。
「どうせまだ成長前の雑魚勇者だったんじゃねぇのか?」
ゼルはじろりと俺を睨んでくる。
それにきっぱりと反論したのはディアナだった。
「いいえ。そんなことはありません。あの勇者は間違いなく、Aランク冒険者相当……いえ、それ以上の実力がありました」
「ふん、どうだかな。そもそも、そいつの昇格についての情報がどうも腑に落ちねぇんだよ。過去最速記録を三か月以上も更新した、僅か四か月でのAランク昇格。それが登録した時点で、最低でもBランクほどの実力があったというのであればまだ分かる。だが資料を見るに、どうもそいつは登録時点ではせいぜいDランクといったレベルだったって話じゃねぇか」
ただの難癖かと思ったが、この点に関しては確かにゼルの言う通りだな。
普通、四か月でDランクからAランクの実力にまで駆け上がるのは不可能だ。
と言っても、事実は事実。俺が普通じゃないやり方をしたからなのだが……。
「つまり、レイジさんにはAランク相当の実力がないと?」
「はっ、その可能性もあるって話だ。もしそうなると色々と問題が出てきちまう。たとえば、実力の足りない奴をAランクに上げた背後には、シルステル王家の圧力があったんじゃねぇかってな?」
「そんなことはありません!」
「あくまでも可能性の話だ。現に、そいつはシルステルの女王とかなり懇意にしている」
「っ……」
自分が一緒にいることで、図らずも相手の主張を裏づけていることを悟り、ディアナは悔しげに奥歯を噛み締める。
「で、さすがにそんな訳ありをギルド長にする訳にはいかねぇよな? とりわけ今回のそれは、今後ジェパールでギルドを展開していくための重要な足掛かりとなる最初の一歩だ」
こいつの言い分も分からないでもないが、さすがに邪推が酷いな。
それに腑に落ちない。そんな強引な論を展開してまで、反対してくる理由があるのだろうか。見た感じ、このドワーフ以外は会長と同じく賛同しているだし。
「だが、そうした反論を封じ、そいつ実力を認めさせる手っ取り早い方法があるぜ」
ゼルは口端を歪め、心底楽しげに言った。
「オレと戦えッ! お前のその実力、このオレが直々に確かめてやるよッ!」
会長を含む評議員たちが、やれやれ、また悪い癖が出た、などと呆れた様子で呟いている。
なるほど。
つまるところ、この爺さんはただの戦闘狂か。
俺と戦いたいがために、あんな回りくどい話をしてきやがったのかよ。
「別に構いませんが……」
「ひゃっは! そうこなくっちゃなぁっ!」
めちゃくちゃ嬉しそうなんだが……。
ディアナも彼の意図が分かったのか、苦笑いしている。
そうして話がまとまりかけた(?)、そのときだった。
「確かにそれは妙案じゃ。しかし、それは別に相手がゼルではなくても構わぬと思うがの?」
「なにっ?」
驚くゼル。
元Sランク冒険者、評議会会長のジールアは、薄らと開いた蛇のような眼で俺を見つめながら言ったのだった。
「儂が相手をしよう」
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