第84話 女冒険者〝シーナ〟
「「「すいやせんでしたぁぁぁっ!!」」」
海賊たちが一斉に土下座してきた。
必死に床に額を擦りつけ、その身体はブルブルと震えている。
その中には女頭領の姿もあった。
「あ、うん……」
あまりの変わり身っぷりに、俺は当惑してしまう。
いやまぁ、俺とリヴァイアサンの戦いを目の当たりにし、力の差をまざまざと見せつけられたせいだろうが。
ちなみにリヴァイアサンは、散々暴れ回った後、急に海底へと帰っていった。一体何をしにきたのか、さっぱり分からなかったな。
「煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
アクアナが観念したように言う。
しかし彼女たちを裁くのは、被害を受けていたジェパールだ。
俺の任務はこのまま皇都へ連行していくところまでで、後の裁量は女王次第である。
どれだけの被害を出してきたのか知らないが、頭領だった彼女が重刑に処されるのは間違いないだろう。
そんなことを考えていると、アクアナは神妙な面持ちで切り出してきた。
「……だが、一つだけ頼みがある」
なんだろうか?
海賊団の拠点の奥には、ちょっとした集落になっている場所があった。
かなり奥まったところにあったせいで最初に来たときは気が付かなかったのだ。
そこには女性やお年寄り、そして子供たちの姿があった。
「おかしらー」
「あそんであそんでー」
アクアナが姿を見せると、まだ幼い子供たちがわらわらと近寄ってくる。
「悪いな、ちょっとお客さんなんだ」
「えー、つまんなーい」
「また今度遊んでやるから、今は家に入ってな」
「わかった! やくそくだよ!」
子供たちが家――といっても、粗末な小屋のようなものだが――へ戻っていくのを見届けてから、アクアナが教えてくれる。
「ここにいる海賊の大半が自国では生きていけなくなった難民だ」
現在ジェパールの南方諸国は政情が非常に不安定で、そのため大量の難民が発生しているという。この海賊団は、そうした者たちを次々と吸収することによって、ここまで大きくなってきたのだ。
家族を養うためには、海賊に身をやつさざるを得なかったのだろう。
「海賊をしていたのはあたしらだけだ」
そう訴えてくるアクアナの意図は、ここにいた者たちに罪はないため、温情的な処置をしてほしいということだろう。
「なるほど。事情は分かった」
そう頷いてから、俺は集まっている海賊たちに訊いた。
「……ところで、これからまっとうな仕事をして稼ごうという意思はあるか?」
俺の質問が意外だったのか、海賊たちは互いに顔を見合わせたのだった。
「見事だ、レイジよ。まさかこうも容易く〝海蛇〟を壊滅させてくるとは恐れ入ったぞ」
ジェパールの皇宮へと戻った俺は、女王に事の顛末を報告していた。
「どうやら団員たちの多くが、幹部連中が定めた厳しい戒律の下、半ば無理やり略奪行為に手を染めさせられていたようで、幹部の全滅を知るやあっさりと降伏してきました」
「なるほどのう。それで幹部どもの死体は?」
「それが……追い詰められると海へと飛び込み、沈んでしまいましたので……」
「ふむ。捕まるくらいならば海の藻屑になった方がマシ、という訳か。その剛毅さ、さすがは我が国を悩ませていた海賊団の幹部だけはあるのう」
海賊とは言え死者を貶めるようなことはしたくないのか、女王はそんなふうに評する。
まぁ死んだというのは真っ赤な嘘なんだけどね。
不安だったが、とりあえず疑ってはなさそうだ。
すぐに報酬の話へと移行してくれた。
「褒美をやらねばならぬのう」
「実は一つお願いしたいことがありまして」
「ほう? 何じゃ? 申してみい」
俺は捕縛した海賊たちの温情措置を訴えた。
と同時に、ジェパールに冒険者ギルドを作り、彼らをそこで働かせることを提案したのだった。
ジェパールでは罪状によっては、強制労働を課すことも多いという。だが一度にこれだけの数を捕まえたとなると、労働を与えようにもその労働そのものが足りない。監督するのも一苦労だろう。
「海の魔物の討伐や船の護衛など、この国にも十分に需要はあるかと」
「う~む……しかし、それを実現するには幾つか問題点があるのう。一つ、海賊団から被害を受けた者も多く、元海賊の冒険者たちが果たして人々に受け入れられるかどうか。一つ、荒くれ者たちが本当にまっとうに働くのか。一つ、誰がどうやって彼らを監視・監督するのか。一つ、我が国に新たなギルドの支部を作ることは構わぬが、果たしてギルド本部がそれを認めるかどうか」
女王の指摘は、どれも予想していた範疇のものだった。
とりあえず感触そのものは悪くなさそうだ。
「被害者には賠償をします。海賊たちが働き、稼いだ分で賠償金を支払うのです。……当面は私が肩代わりすることになると思いますが。最初は反感を買うかもしれません。ですが、そこは彼らの頑張りで徐々に悪感情を解消していくしかないでしょう。海賊だった彼らがまっとうに働けるのかということですが、それは私が保証します」
「……おんしのことを疑う訳ではないが……」
「その疑問は当然のことでしょう。ですので――」
俺は言った。
「――私がギルド長をやりましょう」
女王が目を丸くする。
「おんし自らが……?」
「はい。私自身が彼らを監視し、更生させます」
あの様子だと俺の言うことなら素直に聞くだろう。リヴァイアサンとの戦いで俺の力は見せつけてやったし、逆らおうとする奴なんていないはずだ。
クランの方はほぼ軌道に乗りつつあるし、シルステルに常駐していなければならない訳ではない。
テレポートも使えるし、両立はできるだろう。
それからクランのメンバーたちをこっちに呼んで、海賊たちを教育してもらうつもりだった。
ギルドの職員も、うちのクランの職員から何人か引き抜いてくればいいだろう。
「ギルドの本部へは私から話を通します」
これについてはやってみないと分からない。
まぁでも、たとえギルドから資金援助等がなくても、俺が私財を叩くと言えば、本部としても断る理由はないんじゃなかろうか。
「あい分かった。他国の者であるはずのおんしにここまで言われては、わらわも否と言う訳にはいくまい。我が国としても全面的にサポートしようぞ」
よし、どうやら上手くいきそうだな。
・紅華:信仰度 5% → 25%
女王の信仰度も上がったようだ。
転移魔法を使って、俺はいったん海賊団の本拠地へと戻った。
「お前たちは死んだことになったぞ」
そこで待機していた五人――アクアナを初めとする海賊団の幹部たちに、俺は女王との謁見が上手くいったことを伝えてやる。
「そしてこれからはシルステルで冒険者をしてもらう」
さすがに彼らが、他の一構成員たちと同じようにジェパールで冒険者をやっていくことはできない。
だからこそ死んだことにして、異国の地で新たな人生をスタートしてもらうことにしたのだ。
アクアナが恐る恐る訊いてくる。
「な、なんで、あたしらにそこまでしてくれるんだ……?」
俺の信者だからです。
・アクアナ:信仰度15%
彼女だけでない。よほどリヴァイアサンとのバトルが衝撃的だったのか、俺の信者になった奴が何人もいた。
しかしそんなことは言えないので、
「俺には人を見る目がある。お前たちはこれからやり直すことができる人間だと判断した」
〈神眼〉というスキルがあるし、嘘ではない。
「それから働くことができない子供や老人たちのうち、交渉して半数はジェパールが面倒を見てくれることになった。残る半数はシルステルに連れて帰って、うちが経営している孤児院に入ってもらう」
もちろん漏れなく俺の信者になってもらう予定です。
「ああ……ありがとう……何から何まで……」
アクアナは目に涙を浮かべ、礼を言ってくる。
「その分、お前たちにはしっかり働いてもらうぞ」
「もちろんだ!」
彼女たち五人にはそのままパーティを組んでもらい、俺のクランの一員になってもらうつもりだ。
念のため名前は変える必要があるだろう。
「そうだな……あたしは……シーナ。シーナと名乗ることにする」
こうして女海賊アクアナは死に、新たに女冒険者〝シーナ〟として生きることになったのだった。
アクアナ → シーナ
信仰度 15% → 55%
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